バンド・オブ・ホーセズ(以下BOH)が通算5枚目のニュー・アルバム『Why Are You OK』をリリースした。グランダディジェイソン・ライトルをプロデューサーに迎えた本作では、リック・ルービンがエグゼクティヴ・プロデューサーとして貢献しているほか、デイヴ・フリッドマンがミックスを担当し、ダイナソーJrJ・マスキスがゲスト参加するなど、ある種のリスナーにとって夢のキャストが集結。持ち前のメロディー・センスはそのままに、ビルト・トゥ・スピルあたりにも通じる青臭いギター・サウンドが鳴り響く本作は、青空とビーチを切り取ったジャケット写真よろしく、真夏のサウンドトラックにも打ってつけの一枚だ。今回はバンドの中心人物であるベン・ブリッドウェルの最新インタヴューから、ピュアな想いが詰まった新作の制作背景に迫った。

BAND OF HORSES Why Are You OK Caroline/HOSTESS(2016)

 

幼い娘たちが与えたヒントと制作の背景

昨年にベン・ブリッドウェルと、デビュー時からの盟友であるアイアン&ワインサム・ビームの2人がカヴァー・アルバム『Sing Into My Mouth』を発表し、今年3月にはBOHの傑作ファースト・アルバム『Everything All The Time』がリリース10周年の節目を迎えた。アメリカーナ的とも言える深淵なサウンドスケープを描いてきた彼らだが、活動初期から伝説的なプロデューサーのグリン・ジョンズを迎えた前作『Mirage Rock』(2012年)に至るまで、そのサウンドは作品ごとに変貌を遂げている。それでは、最新作の『Why Are You OK』で掘り下げたかったテーマは何か?

「実は、曲を書くときって、事前に題材やテーマを決めて取り掛かることは滅多にしないんだ。港を出る前に船の舵を切るようなことはしない……そんな感じかな(笑)。ただ今回のアルバムについては、歌詞のセッティングに僕という人間を積極的に関与させたいということだけは、強く意識していたよ。つまり、自分自身について語ることから逃げたくなかった。思えばそれは、『Mirage Rock』で始まった試みでね。それ以前の僕はある意味、自分が書く歌詞と自分自身との間に距離を置いていたから、今回はそこにもっと自分を投影して、深みを与えたかった」。

『Everything All The Time』収録曲“The Funeral”

 

本作でブリッドウェルは、USはサウスカロライナ州チャールストンの自宅にこもって、ガレージを作り替えたスタジオで作曲に勤しんでいたという。〈家族を持って腰を落ち着けた〉と聞いたら守りに入ったと誤解されそうだが、4人の幼い娘たち&愛する妻という女性だらけの自宅で作業することは、アルバムの制作に大きな影響を与えたのだとか。

「まず何よりも、自分の能力を限られた時間内に目いっぱい発揮する術を身に付ける必要があった。夜になって子供たちが寝静まって、妻も自分の仕事に打ち込んでいて……という頃合いを見計らって、〈スタジオで朝まで過ごすぞ!〉と気合いを入れて取り掛かるんだ。家では暗黙の了解というか、音楽の話はしないように心掛けているよ。〈新しい曲が出来たけど聴くかい? どう、気に入った?〉とか言って押し付けたくない。ビジネスのことや音楽にまつわる面倒な話で彼女たちを疲れさせたくないんだよね」。

メンバーの家族も登場する『Why Are You OK』収録曲“Whatever, Wherever”のスタジオ・ライヴ映像

 

「マジでビックリするくらい、娘たちの存在や僕のリアルな家庭生活の断片が、アルバム全編に散りばめられていた」と語るブリッドウェルだが、その好例と言えるのが『Why Are You OK』というタイトルだ。偶然から生まれたデタラメな文字列が、彼にはまるで現代社会への警鐘のように映ったのだという――〈あなたは、どうして大丈夫なの?〉〈どうしたの、あなた大丈夫?〉。

「要は、2番目の娘が(母親の)ケータイに文字をデタラメに打ち込んで、それがオートコレクトで勝手に“Why are you OK”というフレーズに修正されて、たまたま長女の学校の先生に送信されてしまったんだ。それに妻が気付いて、僕に見せてくれたんだけど、〈これってメチャクチャ笑えるぞ!〉と思った。単語の集まり方そのものがおかしくて、句読点も抑揚もないことが、フレーズをミステリアスにしているんじゃないかな。でも、それを今回のジャケットのヴィジュアルに置いてみたら、一つの主張のように感じられたんだ。そう、アグレッシヴに疑問を突き付けるというより、われわれ人間の在り方に言及しているかのように」。

これまでは山々や星空などオーガニックな写真をジャケットに起用してきたBOHだが、『Why Are You OK』のジャケットには、ビーチと一緒に人間の姿も映り込んでいる。先行公開された“Casual Party”に顕著だが、夏に特有の浮かれたテンションと、ほんのり滲むサイケで奇妙なムードも本作の特徴だろう。

「あれはスペインに行ったときのことで、1日オフがあったからみんなでビーチに出掛けて、カクテルを呑みながらのんびりと過ごしていたんだ。それで、ふと海のほうに目をやると、2人の人物がそこに立っていて、まるで瞑想しているかのように見えた。そういう状況って、青空の下の美しくリラックスした雰囲気のビーチには、なんとも不似合いな光景だったんだよね(笑)。深い悲しみに苛まれているみたいで。すごく気になったから、僕はとっさにケータイを取り出して写真を撮りはじめた。2人は目を閉じていて、パパラッチ化した僕に気付かなかったんだけど(笑)。そのあとでアルバムが完成に近付いたときに、この写真とあのタイトルを組み合わせてみたら、深い意味が生まれたように感じたのさ」。

 

〈美と荒涼〉をもたらしたジェイソン・ライトルの貢献

主にセッションを行ったのは、「太平洋を見下ろす本当に美しい場所で、まるでエデンの園だったよ!」とブリッドウェルも語る、カリフォルニア北部のサンフランシスコ郊外のスタジオ。現地でのサーフィンや美しい景色に刺激されながら、2014年の10月をほぼ丸々レコーディングに費やしたという。それから、2015年2月にはニューヨーク州のウッドストックへと移動。レイドバックした環境から一転して、ツンドラ同然の極寒に身を置いている。

「そういう異なる色合いを必要としていたのさ。カリフォルニアの大らかな美しさとは対照的な、孤独感溢れる冬の静寂を。そういったものもアルバムに反映させて、美と荒涼のバランスを見い出さなければならなかったんだよ」。

〈美と荒涼〉というアンビヴァレントな表現は、『Why Are You OK』のサウンドを端的に言い表わしている。厚みがあって変化に富み、ラフな質感を強調しつつも作り込まれたサウンドは、前作『Mirage Rock』とは対照的だ。

「そう、ロックンロールで、ナマっぽくて……うん、まさに反動だった。そもそも『Mirage Rock』は『Infinite Arms』(2010年)へのダイレクトな反動だったしね。『Infinite Arms』は恐ろしく緻密に構築されていて、テクスチャーで実験していて、かなりヘヴィーな部分もあった。僕自身がそうしたくてああいうアルバムになったんだけど、それゆえに『Mirage Rock』は『Infinite Arms』の印象を拭うべくして作ったアルバムだったし、同様に『Why Are You OK』で『Mirage Rock』の印象を払拭したかったのさ。だから今回は、『Mirage Rock』で課した制限から自分たちを解き放つ必要があった。あのアルバムでは(アナログ録音を好む)グリン・ジョンズのアプローチに則って、粗削りでライヴに近い音を鳴らしたかったから、意図的にいろんな制限を設けたんだよ」

『Mirage Rock』収録曲“Knock Knock”

 

そうしたサウンドを実現させるために、ブリッドウェルが声を掛けたのはグランダディのジェイソン・ライトル。お互いのシンパシーについて、「兄弟愛のような繋がりがあるし、お互い同じ耳を持っている」とブリッドウェルは表現しているが、ライトルは他人の作品をプロデュースした経験はほぼゼロだった。しかし、相思相愛でスタートした今回のコラボは、結果的に抜群の成果を残している。

「もっと広がりと奥行きと解放感を持たせて、テクスチャーを密に作り込みたかった。それで、ジェイソンに共同プロデュースを依頼したんだよ。彼はミニ・シンフォニーを構築する類い稀な才能の持ち主だからね。まずは電話でオファーして、それから2~3日の間、2人で貸別荘みたいなところに滞在してあれこれ意見を交わしたり、音楽を聴いたりして、コラボの可能性を探ってみたんだ」

グランダディといえば、メロディアスで温かみのあるローファイ・サウンドで人気を博した5人組。『Under The Western Freeway』(97年)や『Sophtware Slump』(2000年)など4枚のアルバムを発表して2006年に一度解散しているが、2012年に再結成を果たすと、昨年の秋には解散してから初の新作をレコーディング中との吉報も届いている。2014年にはBOHとのコラボ・シングル“Hang An Ornament”を発表しており、今回の『Why Are You OK』もグランダディ的なサウンドに接近しているわけだが、その裏ではもどかしくも仲睦まじい(?)エピソードがあったみたいだ。

「ジェイソンはグランダディの新作を何よりも作りたがっていたんだよね。ファンとしての僕は、そりゃ興奮したよ。でも一方で、〈僕らのアルバムでコラボしても、一緒に完成させられないかもしれないな……〉とも思った。だけど、一度きりの人生なんだから、僕らが足を引っ張ることなんかできない。だから最初の時点で、〈グランダディのレコーディングを始めるときが来たら、遠慮なくそっちに専念してほしい〉と伝えていたんだ。そんなわけで、ジェイソンは僕らの作品を最後まで見届けることはできなかったんだけど、あとで電話したときに〈グランダディのアルバムに僕らのコラボは影響を与えたのかな?〉と訊ねてみた。そうしたら彼はすごく嬉しそうに教えてくれたよ、〈僕らが一緒にやったことのすべてが、グランダディの新作の出発点になった〉とね!」

グランダディの97年作『Under The Western Freeway』収録曲“A.M. 180”

グランダディとバンド・オブ・ホーセズによる2014年のコラボ・シングル“Hang An Ornament”

 

新作のサウンドを決定付けた、筋金入りのインディー・ロック愛

『Why Are You OK』の制作におけるもう一人のメンター、リック・ルービンとBOHの邂逅は3作目の『Infinite Arms』以来で、今回もたくさんのアドバイスをしてくれたそうだ。さらに本作では、モグワイフレーミング・リップス、近年ではMGMTテイム・インパラも手掛けてきたオルタナ音響の第一人者、デイヴ・フリッドマンがミックスを担当。収録曲の“In A Drawer”では、新作『Give A Glimpse Of What Yer Not』のリリースと〈HOSTESS CLUB ALL-NIGHTER〉出演を8月に控える、ダイナソーJrのJ・マスキスがヴォーカルを披露しているほか、同じく90年代のUSインディーを代表する実力派バンド、アーチャーズ・オブ・ローフエリック・ジョンソンマット・ジェントリングも顔を連ねている。

「今回のコラボレーターに関して何がおもしろいって、とにかくクレイジーなんだ。こんなに幸せなことはないよ、まさに音楽ファンとしての原点に戻った気分さ。僕が〈マスター〉とみなしている人たちが一堂に会して、それぞれの才能がせめぎ合っている。ドリーム・チーム的なシナリオだね。そして、僕ら自身がその中心にいるなんて笑っちゃうよ。それが果たして、バンドとしてのBOHを象徴的に物語っているのか、もしくは単に僕らが礼儀正しくて、人にものを頼むのが巧いだけなのか、僕には判断しかねるね(笑)」

「僕らはある意味でインディー・ロックのリスクを取っていて、ただ楽しく、僕のやり方で曲を作っていった」とブリッドウェルは語っているが、その筋金入りの音楽に対する愛情こそが『Why Are You OK』の肝かもしれない。彼の表現を借りれば〈アマチュアだけど、クソ楽しい〉方法論を、グラミー賞にノミネートされた経験を持つ10年選手のバンドが迷うことなく実践している。その潔いスタンスには、信頼を通り越して感動すら禁じ得ない。