田中亮太「Mikiki編集部の田中と天野が、海外シーンで発表された楽曲から必聴の楽曲を紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。この一週間、いろいろなニュースがありましたが、まずはカサビアンが復活、ボーカリストのトム・ミーガン脱退後初のライブを行った、というニュースから……」
天野龍太郎「いやいや(苦笑)。先週はビートルズ関連のニュースが多かったですよね! 11月にDisney+で配信されるドキュメンタリー『ザ・ビートルズ:Get Back』のトレイラーが公開され、どデカい公式書籍も刊行されました。さらに、先週10月15日には『Let It Be』(70年)の50周年記念盤がリリースされたんです」
田中「まさに〈ゲット・バック/レット・イット・ビー祭〉ですね。ビートルズのキャリアの末期、解散に向かっていた時期に行われた、いわゆる〈ゲット・バック・セッション〉は、映画『レット・イット・ビー』(70年)の印象もあり、緊張感のあるギスギスとした雰囲気のものだったと考えられていましたが、今回のトレイラーでは4人が生き生きと楽しそうにセッションしている姿が捉えられていて、それも話題になっています」
天野「そのあたりは昨年12月に公開されたプレビューでもすでに明らかになっていたのですが、『Get Back』を観るのがますます楽しみになりました。あと、『Let It Be』50周年盤で初めて正式にリリースされた、グリン・ジョンズがミックスした69年の『Get Back』や貴重なセッション録音もよかったです。それでは、今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から!」
Adele “Easy On Me”
Song Of The Week
天野「〈SOTW〉は、アデルが6年ぶりにリリースした新曲“Easy On Me”です。これは文句なしでしょう! この一週間の最大の話題曲だったことはまちがいありません」
田中「これまで『19』(2008年)、『21』(2011年)、『25』(2015年)と年齢をアルバムタイトルに掲げながら、その時々のパーソナルな悲しみや喪失感を歌い上げてきた失恋ソングの女王、アデル。ついに6年間の沈黙を破って、新作『30』を11月19日(金)にリリースします。この曲は、同作からのファーストシングルですね」
天野「アデルのファンってここ日本を含めて世界中にたくさんいますから、相当待たれていた新作ですよね。しかも、今回は2019年に報じられて今年5月に成立した元夫、サイモン・コネッキ(Simon Konecki)との離婚を経た作品です。『ヴォーグ』のインタビューでも離婚が新作のテーマのひとつになることは明かしていますが、『というよりも、それは私自身との離婚についてのアルバムになるでしょうね』と笑いながら語っているところがアデルらしいなと思いました」
田中「肝心の“Easy On Me”についてですが、まずはカナダのエッジーな映画作家、グザヴィエ・ドランが監督したミュージックビデオが話題になっています。ドランが前回監督した“Hello”(2015年)へのセルフオマージュも含まれていますね。そして、歌詞はすれちがいつづける2人の関係性や感情を歌い手の視点から描いたもので、まさにアデルの真骨頂というか、面目躍如。ボーカルはもちろん貫禄十分で、圧倒されます」
天野「〈この川には金(gold)なんてない/私が手を洗いつづけてきたこの川には〉というすごく暗喩的で絶望的なファーストラインからして、持っていかれますね。ただ、ハイトーンで歌われるコーラス(サビ)のメロディーはとても美しくて、どこか清々しくもあるんですね。ほとんどピアノとベースだけのバッキングを背負って、堂々とした節回しで歌われる〈私はまだ子どもだった〉〈私に優しくして〉という歌詞には、傷心や不遜さ、強がり、自己憐憫など、いろいろな感情が含まれている気がします。つまり、ただの〈サッドソング〉じゃない。改めて〈歌手アデル〉のすごさを見せつけられた一曲です」
Noga Erez “The “A” In Amazing”
天野「ノガ・エレズの新曲“The “A” In Amazing”。イスラエルのカイサリアで生まれ、エルサレムで作曲を学んだノガ・エレズは、2016年にシングル“Dance While You Shoot”でデビューしたシンガーソングライターです。2017年にファーストアルバム『Off The Radar』をリリース。実験的な電子音楽とポップやヒップホップ、R&Bを融合させた音楽性は、M.I.A.やFKA・ツイッグスと比較されました。その後、今年3月にセカンドアルバム『KIDS』を発表。エレクトロポップの要素を取り込んでポップ化を推し進めた傑作でしたね!」
田中「そんなノガ・エレズの新曲は、イスラエル発のIT系多国籍企業〈Amdocs〉とのタイアップソングのようですね。〈Make it amazing〉というフレーズを繰り返すコーラスが中毒性抜群で、そこに向けてビルドアップされるエレクトロサウンドや、歌や息遣いを重ねたプロダクション、エレズの甘いボーカルもクールですね」
天野「“The “A” In Amazing”は企画の性質上ポジティブでポップな曲ですが、彼女の表現って本来、けっこう複雑なんですよね。イスラエルという政治的に複雑な土地に生まれ育ったことや彼女が抱える感情を率直に表現しているところが、すごくいいんです。ポップスターに上り詰めつつあるいまのエレズの存在感を考えると、今後も要注目のアーティストだと思います」