17歳のファースト・インパクトから7か月。18歳となった才能が新たに提示するのは、豊かな表現力を持つバラード・シンガーとしての顔と、意識を喪失した人々が彷徨うディストピアへの入り口で……
先行配信された“Newspeak”、その表題に反応したリスナーも多いのではないだろうか。昨年末に発表されたファースト・アルバム『hollow world』から半年と少し、ぼくのりりっくのぼうよみより初のEP『ディストピア』が到着した。〈Newspeak〉とはジョージ・オーウェルが1949年に上梓した小説「1984年」に登場する思考の制限を目的とした架空の言語の名称だが、全体主義の恐怖を描いた同作の顛末と、〈クオリア〉を失った〈哲学的ピエロ〉=意識を喪失した人々が彷徨う『ディストピア』の行く末には、はっきりと重なるものがある。リズミカルなフロウが躍るジャジーなミディアムに、センシティヴなピアノ・バラード――サウンドもヴォーカル・スタイルも前作以上に大人びた18歳は、いま、聴き手にこう促す。〈クオリアを取り戻せ〉と。
物事が考えられなくなる
――今回のEPは、しっかりとしたコンセプトがありますね。
「単純に、やりたいことをやってみたらこうなってしまって」
――最初にあったのはコンセプト? それとも、何か発端となった曲がある?
「どっちが先だったんだろう……同時進行的な感じでもあったんですけど、曲に関しては個別に出来ました。“Newspeak”は言葉が、語彙が減っていって物事を考えられなくなるっていう曲で、“noiseful world”は逆に情報が多すぎて何も考えられなくなる。〈考えられなくなる〉ってところはいっしょなんですけど、そこに至る過程が2通りあるっていう」
――それは常々考えてたことなんですか?
「そうですね。Twitterとか、そういうところから他の人を見てて。あと、自分もそういう側面はあるのかなって思ったり。この2曲をEPっていう形で出すから、コンセプトとしては何かを失う……〈何か〉っていうか、〈感性を失ってしまう〉っていうことを表す作品にしようかなって」
――これは、Twitterで目にする人たちも含め、ぼくりりさんの周辺にいる人の話であり、社会の話でもある?
「はい、〈周辺の人=広義で言う社会〉なので」
――“Newspeak”はタイトルもモロですし、リリックに〈オーウェルみたいな世界になってくよ〉というフレーズもありますけど、ここでぼくりりさんが〈いま〉の状況として描いているものは、「1984年」と重なる部分もありますよね。
「はい、地続きで。“Newspeak”はそのひとつの側面というか、〈あの世界はこういうふうに出来ていくんだろうな〉みたいな感じで作ってみました」
――トラックは“Newspeak”も“noiseful world”もにおさんが書かれてますね。
「めちゃ好きだったのでお願いしました。〈におさんの過去曲のこれっぽいやつ〉とか、“Newspeak”に関しては〈洞窟のなかにいるようなイメージ〉みたいな話をして」
――洞窟?
「最初は洞窟にひとりでいるみたいな、で、ろうそくの灯りだけ点いてるみたいなぼんやりとしたイメージがあったんですけど、そういうことを伝えて、ワンコーラスぶんのラフ版が出来てきて、そこに僕が続きを考えて……みたいな作業をしましたね」
――前回のインタヴューのときにおもしろいなと思ったのは、歌とラップの配分を最初からきっちり決めて作ってるっていう話で。それは今回も変わってない?
「はい、変わってないです」
――では、バラードの“noiseful world”は……。
「その比率を10:0にしてみました。リスナーのなかでイメージが固定されちゃう前に、いろいろやっとこうかなと思って。〈ぼくりりはこういう音でしょ〉みたいなのがあると、良い面もあるんですけど、その反面、もったいなさもあると思うので」
――そんな“noiseful world”の主人公は、“Newspeak”とは逆に、情報が氾濫しすぎて選択が困難な世界にいます。
「そうです。処理しきれなくて、パソコンがフリーズしちゃうようなノリで、僕たちの頭が壊れちゃう。深く考えると疲れちゃうから、サラッと表面だけさらうというか」
――そんな状況ながら、リリックには〈ぼくらはきっと幸せだ〉とあって。これはむしろ怖いですね。
「考えないとそのうち〈幸せ〉っていう概念もわからなくなってしまいますからね。ずっとボーッとしてるみたいなのも、ある種、幸せなのかなと思いますけど」
考えるの楽しいな
――そして3曲目の“Water boarding”ですが、初回盤には同名の短編小説も付いていて。これは小説が先にあった?
「いや、ほぼ同時進行ですね。狭い部屋に閉じ込められて、水が上から降ってきて、最後に死んじゃうよ、っていうアイデアがまずあって、それが曲と小説に分岐したというか」
――そのアイデアはどこから?
「これはポンと浮かんできた感じで。トラックを作ってる(bermei.)inazawaさんと打ち合わせしたとき、急に降ってきて」
――そもそもトラックをinazawaさんにお願いしたのはなぜ?
「『ひぐらしのなく頃に』っていうアニメの“対象a”っていう主題歌がめっちゃ好きで。テイストは“Water boarding”とわりと近いんですよね、穴のなかにいる感があって。水に閉じ込められて、っていうのはたぶん、そういうところから出てきたのかも」
――それにしても、重くて不条理なリリックですね。
「小説もそうですよね(笑)」
――小説はよりいっそう(苦笑)。ただ、この短編小説を読むと本作のラストに“sub/objective”のリミックスが入ってるのは意図的であることがわかりますよね。自己嫌悪が〈主観〉〈客観〉の視点で書かれた“sub/objective”の主人公は、小説の主人公と重なるところがあって。
「そうですね。各曲のモチーフを小説で回収しようと思って」
――小説と楽曲を行き来することで発見があっておもしろかったです。
「ありがたいです。いろんな人がそういう体験をする機会になればいいなと思って。要は〈考える〉ってことなんですけど、〈そういう機会がなくなってる〉ってことだけ言って終わりだと、ちょっと言い逃げみたいですし(笑)。そこは次のアルバムとも結構リンクしてて、合わせて聴いてもらえるとよりいろんな伏線を回収できる。それで〈考えるの楽しいな〉みたいな場を提供できれば、って勝手に思ってて。押しつけるんじゃなくて、〈できるよね?〉ぐらいの感じなんですけど」
――この曲のリリックに〈罪の痕〉って出てくるじゃないですか。この〈罪〉は思考が停止している状態のこと?
「というよりは、人間の原罪みたいな。聖書とかに出てくるものがあるじゃないですか。最初から背負ってる罪というか……僕たちは弱いというか、すぐ感情に負けちゃうし、面倒臭くなって何も考えなくなるとかあるじゃないですか。そういう罪、ですね。要は考えなくなることを罪と言ってもいいんですけど、どちらかというと、そこに至る過程のことですね」
乗ればわかる
――あと、今作の裏ジャケにはまた別のコンセプトがあるんですよね?
「はい、CDの遺影が」
――〈時が流れるにしたがってさまざまなものが生まれたり消えたりしていくこと〉の象徴をCDの終焉にしたのは?
「単純に宣戦布告っていうか。なんか、新入社員とかで〈この会社はおかしい! 俺が変えてやる!〉とか思っても、2年ぐらい経ったらもう慣れてるみたいな。あのノリで、(音楽業界に)入ってきたばっかだから言えることがあるのかなと思ってて、じゃあ〈CDの時代は終わりだ!〉って言っちゃお、って感じでしたね。そのほうが楽しそうじゃないですか。賛否両論ありそうだし」
――ちなみにCDがなくなったあとはどうなると思ってるんですか?
「いろんな方法はあると思うんですけど、いずれにしても、お金の尺度が正しく機能するようになるんじゃないかなって。好きの度合いに応じて支払う価格が変わるのが本来のあり方だと思うので。例えば絵画は、オークションとかするじゃないですか。一枚の絵に300万円出す人もいれば3000万円出す人もいる。だから、例えば仮にですよ? 僕の音源に100万円払いたい人がいるとして、それに対して僕側から正当な対価というか、他の人より多めなリターンを受け取れる、そういう環境を整備するっていうのが僕のやりたいことです。いまはフィジカルで出すのであれば、ってことでいろいろ試行錯誤してますね。その一環で、今回は小説を付けて」
――初回盤には次作のアイデア・ノートも付いてますね。
「はい。セカンド・アルバムに関してなんですけど」
――タイトルが仮で『Noah's ark』。〈聖書のストーリーと同じことがいま、形を変えて起きていると思っていて、そういう問題提起を兼ねています〉とありますけど……。
「いまの社会を突き詰めると、そういう方向にゆるやかに進んでるのかなあと」
――それを音楽作品で表現してみようと?
「っていうのと、その状況に対して、僕のアルバムを聴くと救われます、みたいな。宗教家みたいになってきた(笑)」
――(笑)これまでは〈ある状況〉に対する言及はあっても、その先への誘導はなかったじゃないですか。次はあるということ?
「ないんですけど、〈乗ればわかるよ〉的なノリというか。入り口は開いてますよ、ぐらいの感じです。他人に強制するのは好きじゃないので」
――そちらも楽しみですけど、ともかく今回のEPは、現時点でやりたいことがギュッと詰め込まれた一枚になりましたね。
「だいぶ凝縮されてますね(笑)。アイデアは出し惜しみなし、って感じで」
――その姿勢は次作にも続いていると。
「(即答で)そうです!」