大切な果実が腐敗していくなかで音の面の興味を推進した10か月ぶりの新作。コンセプトはなし。だが旧約聖書の如く、〈ノアの方舟〉のあとに続く〈バベルの塔〉には音楽に対する初期衝動にも近い彼の思いが託されていた!
〈人類の淘汰〉をクライマックスに据えたコンセプチュアルな2作目『Noah's Ark』より1年を待たず、ぼくのりりっくのぼうよみが新アルバム『Fruits Decaying』を完成させた。その制作期間は創作意欲にブレーキがかかっていた状態だったという危うい話から始まった今回の取材。だが、そこから脱した彼が強い自信を見せるように、本作はSOIL&“PIMP”SESSIONSとのセクシャルな先行曲“罠”をはじめ、新たな音楽的挑戦が随所に見られる力作に。旧約聖書の「創世記」の如く、〈ノアの方舟〉のあとにはぼくりりの音楽に対する思いを映した〈バベルの塔〉が控えていた。
――新作『Fruits Decaying』のお話の前に、10月の日比谷野外音楽堂でのライヴについて伺いたいんですが。〈これまでの総括〉というツイートをされてましたよね?
「はい、そういうイメージでした」
――それはどういう意味で?
「えーと、その……ちょっと、いろいろありまして。時系列が難しいんですけど、まず、この『Fruits Decaying』。このタイトルがどこから出てきたのかというと、僕の創作意欲とか、〈ぼくりりとしてがんばるぞ〉みたいな気力がなくなってた時期に作ったアルバムだからなんですね。フルーツがディケイングしていっている──僕の意欲が腐っていってるみたいな意味で付けていて。で、アルバムが完成したあとに〈遺失物取扱所〉っていう野音のライヴのタイトルを決めたんですよね。〈遺失物〉というか、僕が昔持ってた〈音楽が楽しい〉〈曲を作っていて嬉しい〉みたいな気持ちを振り返ろう、っていう趣旨でそのライヴを計画していたんですけど、途中でびっくりした事件があって。もうアルバムを作り終わったあとの話なんですけど、知り合いのアーティストの人がリリースした曲を聴いたら、めちゃめちゃ最強トップクラスにダサくて」
――……よっぽどだったんですね。
「普段は聴き流すと思うんですけど、なんというかこんなものがまかり通る世の中じゃいけないと思って。そういう衝撃を受けて、改めて自分のアルバムを聴いたらすごく良いなと思ったんですよね。自分のなかで〈こうしたい〉っていうものはちゃんとありつつ、でもちょっと消極的に作ってたんですけど……」
――音楽に対する熱意が薄れてしまったのはなぜだったんですか?
「ぼくりりを運営していくうえでのストレスが結構あったから、ですかね。特にチームで動いてると齟齬が出てくることもありますし、制作以外の部分にエネルギーを取られることもたびたびあって。それで音楽に対する愛情とか、熱意が若干薄れていってるのかなって思ってたんですけど、でも、それはよく考えたら違ったんですよ。僕は音楽がめっちゃ好きだし、作るものはすごく良い。そこを逆に再認識したんです。それまでは、自分の音楽をどこかで卑下してる部分があったというか……」
――それはなぜ?
「なぜでしょうね? 僕は音楽が好きなんですけど、それを尊いものだとあんまり思っていなかったというか、自分のなかの音楽に対するハードルが高すぎたというか。ハードルが低めのアーティストの人たちを見て、この人たちはこの程度の曲なのに〈これは希望の曲です〉とか言っていてすごいな、〈音楽がホントに好きなんだな(笑)〉みたいに思ってたんですけど、よく考えたら自分のほうが音楽好きだなってことに気付いたっていう。音楽が好きじゃないからほかの人の曲に興味が持てなかったり、ライヴに行きたくなかったりするのかなって思ってたんですけど、めちゃめちゃ音楽が好きだからこそそうなってるんだってことに気付いたって感じですね」
――ダサい曲のおかげで。
「そうなんですよ! 逆説的に。それまでは、〈まあ、こういう音楽で満たされてる人がいるならそれはそれでいいことだよね〉みたいに思ってたんですけど、それは違うなと思って。聴き手がわかんないからって、質の低いもので満たしてしまうのは詐欺じゃないですか。それってやっぱり良くないことだなと思って」
――新作が完成してからそう思ったと。
「そうなんですよ。アルバムの見え方が僕のなかで180°変わったのは、出来たあとの話なんです」
――なんというか、ちゃんと良い作品が出来てて良かったですね。
「まあ、どんな精神状態でも〈音楽はこうあるべきだ〉っていう僕のなかの基準は守るというか。音楽に向かう姿勢ですかね? 音楽に向かってるときは真剣だし、自分の力を100%出してるんですけど、そうじゃない瞬間は〈やりたくないなあ〉って思うことが多かったってことですね」
気持ちの赴くままに
――新作の内容ですが、ガチガチのコンセプトがあった前作『Noah's Ark』に対して、今回そういうものは感じられないですね。
「おっしゃる通りで、今回はサウンド面でやりたいことを1曲ごとにやっていった感じです」
――最初に作った曲はどれですか?
「“playin’”ですね。これは『Noah's Ark』のときに同時進行で作ってたやつで。トラックを作ってくれてるLoyly Lewisは友達なんですけど」
――この方、ほかに情報がないのでどういう方かお訊きしたかったんですよ。
「そうですよね。知られていないというか、この名義は僕が彼とサウナに行ったときに適当に付けた名前です」
――音、UKガラージ風で格好良いです。
「ですよね? 音でいろいろしゃべりすぎみたいなところがあるので(笑)、歌詞は音が求めているものに対して素直に応えた感じで。完全に空想です。〈クラブ行ったらこんな感じなんですか??〉って(笑)」
――この曲のアダルトなムードはSOIL&“PIMP”SESSIONSが手掛けた先行曲“罠”でより生々しく表現されてますね。“たのしいせいかつ”と2曲がSOILの提供曲ですが、曲調で何かリクエストはしました?
「SOILとやるとなったら激しいえっちな曲がいいなっていうのは、100人いたら100人そう思うと思うんですけど」
――どうでしょう? 作品によるからなあ。
「僕、取材でこの話を何回かしてるんですけど、全然共感してもらえなくて(笑)。僕のなかのやりたいことリストのひとつに〈えっちな感じの曲もいつかやりたい〉っていうのがあったんですけど、そこでSOILとコラボできることが決まったので、〈じゃあここはその方向でしょ〉って」
――官能的なビッグバンド・ジャズとなりましたが、歌詞は女性目線なんですね。
「決めごとなく書いてたらこうなった、みたいな。次の曲の“朝焼けと熱帯魚”もそうなんですけど、今回はわりと気持ちの赴くままに書こうというのがあって。“罠”に関しては、〈会話が前戯に過ぎない〉とか、書いてくうちに〈この主人公の感性はちょっと女の人っぽいな〉って。僕は女の人の気持ちが一切わからないんで、完全に想像ですけど」
――で、SOILのもう1曲は新作の最後を飾る“たのしいせいかつ”。こちらは哀愁……どころではないダウナーなナンバーで。
「この曲はリファレンスがあって、“嗤うマネキン”という曲なんです。〈こんな感じの暗いやつがいいです〉って伝えたんですけど、結果的に全然違うものになっておもしろい。歌詞は単に〈悲しい日〉をすごく強調/拡大して書いた感じですね。悲しい日っていうか、ホントにやる気出ない日みたいな。〈なんで生きてるんだろう?〉って思う日、って感じです」
――それを〈楽しい生活〉と言ってしまうのがぼくりりさんらしいです。
「そういう人ほどそういうことを言うっていうか。うつろな目で〈いや、俺はたのしいせいかつ送ってるから……〉って。そこは皮肉ではあるんですけど」
――熱量高く始まってとことん沈んで終わるアルバムの構成も〈らしい〉です。
「そうですね。ハッピーエンドは嫌いなんだなっていうのがよくわかりますね(笑)」
――あと、先ほど話に出た“朝焼けと熱帯魚”はササノマリイさんのプロデュースで。これまではアグレッシヴな方面の楽曲を提供されてましたけど、今回はササノさんらしい柔らかなブレイクビーツ曲ですね。
「はい、本人の名義でやってる曲に近いかも」
――こちらも歌詞は女性目線なんですね。
「そうですね。『Noah's Ark』を作り終わってスタッフの人と話してたとき、『Noah's Ark』には〈あなた〉っていう単語、二人称が全然出てこないよねって言われて〈確かに〉と思って。じゃあ二人称をたくさん入れてみるかと思って、この曲はちょっとそこを意識しました。スケール感の違いなんですけどね。描いている世界の規模が大きくなると、個人をフィーチャーしにくくなるというか、『Noah's Ark』みたいな〈人間全体が裁かれる〉〈言葉を失っていく〉的な話だと、主語が大きすぎて個人にフォーカスしにくい。でも、そこに対して〈あなた〉だと、私とあなたの二人、あるいは数人の関係/社会になるので」
――ここに登場する二人は恋愛関係ではありますけど、“罠”同様の空虚さを感じます。
「そうですね。二人は全然本質的な会話はできてないんだろうなって感じがしますね。〈好きだけど話通じないなー〉と思いながら会話してるんだと思います」
――そして続いては、初作『hollow world』に“A prisoner in the glasses”を提供したPATIRCHEVさんの“Butterfly came to an end”。
「これはテーマありきの曲です。〈命を費やして叶えようとしていた夢がパッと実現してしまうと人はどうなるんだろう?〉っていう実験の曲なんですけど、音はあんまり生々しくならないほうがいいなと。むしろ、曲自体としては踊れるというか、気持ち良く聴けるカラッとした曲がいいなと思ったので、R&Bとか、そういう系統はこの人が一番強いだろうと思って」
――R&Bテイストのグルーヴィーな曲ですね。歌詞は設定がだいぶ細かいですが……。
「近くの人を見ていて、〈この人はこうなったらどうするんだろう?〉ってぼんやり思ったことを曲にした感じです」
このチョイス、いいでしょ?
――それと、もうひとつの新曲“For the Babel”はsasakure.UKさんが手掛けていて。今回が初手合わせですよね?
「はい、もともとファンで」
――ということは、sasakureさんの曲でリファレンスが?
「“タイガーランペイジ”(2012年作『幻実アイソーポス』に収録)っていう曲があって、それを参照してもらったという感じですね」
――起承転結のある物語性の高い作風だけに、sasakureさんの楽曲は曲調もさまざまですよね。
「そうです、そうです。sasakureさんはすごくいろんな曲を作れる人で。“カムパネルラ”とか、“ワンダーラスト”“ハロー、プラネット”もそうかな(3曲とも2010年作『ボーカロイドは終末鳥の夢を見るか?』収録)? そういう落ち着いた曲調が多いっていうか、そういう曲もできるし、あとエレクトロ系の激しい曲もできるし、ジャズとかラテン寄りのものもできるし、ササノマリイ氏同様、非常に幅の広い優秀な作曲家というか、引き出しがいっぱいある人ではあるんですけど、そのなかからこの引き出しを選んだ自分、みたいな。このチョイス、いままでにない方向でいいでしょ?っていう。たぶん、このアルバムをぼんやり流して聴いてると、この曲でびっくりすると思うんですよ。僕も聴いてて、いまだに〈おお~〉ってなるんで」
――ベースの暴れ方が凄まじいなと思いましたけど、サウンドは言うなればエレクトロニック・フュージョン? ぼくりりさんの曲ではもっともアグレッシヴな部類で。
「もう、バチバチにバトろうぜと。トラックも主張強いし、歌と場所を空け合うみたいな感じではない。むしろ密度が高めで、そういう意味ではある種、“playin'”とちょっと近いのかなと思いますけど」
――この曲は歌詞もハードです。
「これはまあ、インターネット上で何も考えず、とりあえず人の創作物をディスることでひとかどの人物になった気になってる人が主人公なんですけど」
――コンプレックスの裏返しか。
「そうですね。何もできない自分が嫌だなと思いつつ、何かする気にもなれず、どうすればいいのかもわからず、代替手段として人を傷つけることを選んだ人の歌ですね。それが1番で、2番ではその人がやっとやりたいことを見つけて歩き出すんですけど、そこは戦場なので、銃で撃たれまくる。で、その〈戦場〉を〈創作活動〉っていうフィールドに置き換えて考えると、作品が悪意に満ちたレヴューであったりとか、そういうものにさらされて、なかには撃たれて死んでしまう人もいるし、それを乗り越えて先に突き進める人もいるみたいな。自分が石を投げてた側、安全なところから銃で撃ってた側としては、実際戦場に行ってみると想像以上にそういうものが降ってくるわけじゃないですか。つらいけど、でもそれを、〈あの頃の自分〉を乗り越えて、バベルの塔を登っていくみたいな。〈バベルの塔〉ってカルチャー自体のことなんですけど、それを高くしていかなくちゃいけない」
――ですが、バベルの塔は〈不可能に近いもの〉という意味もあります。
「そうですね。ないほうが幸せだったりするみたいな」
――でも、ぼくりりさんはそこを高めていきたい。
「そうです。高めないほうが楽なんですよね。言語が統一されないほうが、っていう意味で。神話ではそうでしたけど……やっぱ、おんなじ言葉を使う人たちががんばって積み立てていけば、結構簡単に実現できるんじゃないかと思っていて。でも、言葉がなかなか通じない。この場合の〈言葉〉っていうのは、感性とかそういうものだと思うんですけど。だからこそ塔が、作られては壊され、作られては壊され、みたいなことを繰り返してるのかなって」
――その〈感性〉というのは、先ほどのお話で言うところのハードルの設定にも関わるところですよね。ちなみに、ぼくりりさん自身はいろんな意見にさらされてどうなんですか? そこはあんまり動じない?
「いや、動じないという雰囲気を出しつつ、意外と傷つくみたいな。でも、さっき話しためちゃめちゃダサい曲を聴いてアレして以来、わりと大丈夫」
――アレして以来(笑)。でも良かったです。
「はい(笑)。今は〈音楽をがんばるぞ〉っていう思いが強くなってるところですね」
ぼくのりりっくのぼうよみの作品。