音を言葉に、言葉を音楽に
もののけ、あやかしが跋扈する平安京を舞台に安倍晴明の活躍を描いたベストセラー小説『陰陽師』。シリーズ開始から30周年を迎える今年、作者の夢枕獏と気鋭のジャズ・ピアニスト、スガダイローとのコラボレーションが実現した。夢枕が書き下ろした短編〈蝉丸〉にスガが音楽をつけ、それらを中心に収録したCDブックが登場。おふたりに話を聞いた。
夢枕「ダイローさんの演奏をはじめて聴いたのは、この企画が立ち上がってからでした。彼のピアノは、音をポロンと鳴らしただけで、そこに最初から終わりまでの物語があるんですよ。次の音が鳴るまでの中間に“なにか”がいる感じがする。音楽芸術には“間(ま)”というものがありますが、音楽とは、その“間”に棲んでいる生き物を召還する作業だと思うんですね」
スガ「僕はこれまで『陰陽師』を読んだことがなかったのですが、読みはじめたら止まらなくなって。〈蝉丸〉を読んだときは、ああ、この小説自体が音楽だなと思いました。これをもう一度、音楽に戻してみたいなと」
そう、『陰陽師』に登場する盲目の琵琶法師を主人公にした小説〈蝉丸〉には、虫の声や風の音、大地の響き、精霊のささやき、そして蝉丸の奏でる琵琶の音……あらゆる音が描き込まれている。それらはすべて夢枕の感性というフィルターを通して言語化された表現であり、スガの音楽は、その言葉をふたたび音へと戻す試みだといえる。
夢枕「いろんな人の解釈を経て、形を変えていくところが面白い。そこにあるものをそのまま忠実に表現するのではなく、ある程度の適当さや勘違い、それに美しい誤解がないと(笑)。どこかで合っていて、どこかで外れていることが大切なんです」
小説〈蝉丸〉において、もうひとつの重要なキーワードが“縄文”である。
夢枕「ダイローさんのピアノと辻(祐)くんの太鼓を聴いたとき、ふっと縄文のイメージが浮かびましてね、それに触発されて今回の〈蝉丸〉のストーリーを思いつきました。縄文時代はすべての事物に神や霊が宿っていると考えられていましたが、それらの神を呼び出す作業が芸能、なかでも音楽です。いちばん元になるのは心臓の鼓動のようなリズム。大きな石を持って地面をゆっくり同じリズムで叩いていると、まず大地の神が出てきます。それが木に伝わって、次に山へ、川へ、虫へ、動物へ……森羅万象あらゆる神々が目覚めていくにつれて、だんだん音楽も複雑になっていく。そして最後には、すべての神が現れてお祭りをする。そういった縄文の祭祀をイメージしながら〈蝉丸〉を書きました」
それをもとに書かれた楽曲《蝉丸》は、琵琶の音を模したベースから龍笛へと、シンプルなメロディが引き継がれていく美しい音楽である。小説〈蝉丸〉に登場するオノマトペをそのまま実際の音に変換した《しのびよる森の神々》も、読みながら聴くとじつに面白い。
スガ「《蝉丸》はすごくシンプルな単音のメロディに、少しずつ和音が入っていって、景色が変わっていくような曲にしようと思いました。暗闇から彩りのある世界へと、いろいろなものが集まってきて、調和していくようなイメージで」
今回のプロジェクトでは、ピアニストよりもコンポーザーとしてのスガが前面に出ているように感じられる。
スガ「安倍晴明という人はシュッとスマートで、僕みたいなのとはほど遠いじゃないですか(笑)。まずその時点で距離感があったので、《晴明》という曲も静かで穏やかなイメージで書きました。ピアノで暴れたのは《道満》の曲くらいかな」
夢枕「ダイローさんは蘆屋道満のイメージにぴったりだよね(笑)。ああいうのは、計算して暴れるの?」
スガ「いや、まったく……」
夢枕「小説も勢いに任せて一気に書き進むことがあるんだけど、やっぱり計算したら面白くなくなっちゃうよね」
『陰陽師』をめぐるジャズと小説のコラボレーションはライヴでも実現するとのこと。そちらも楽しみだ。
LIVE INFO.
『陰陽師』30周年記念
夢枕獏×スガダイローcdブック『蟬丸』発売記念コンサート
○10/19(水) 19:30 開演
会場:求道会館
出演:夢枕獏(朗読) スガダイロー (p)東保 光(b) 辻 祐(太鼓) 松尾 慧(龍笛)
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