いま、台湾でフリージャズの新しい動向が盛り上がりを見せている。恥ずかしながら、今回このインタビューを実施するまで、わたしはそのことを捉え損ねていた。もちろん、これまでもノイズや実験音楽、サウンドアートなどに関しては、台湾に独自のシーンがあることを認識していた。フリージャズを演奏するミュージシャンが何人か存在することも把握していた。だがジャズのシーンとなると、いわゆるスタンダードで保守的なものしかないと思い込んでいた。
しかしこれは大きな勘違いだった。台湾には約100年前の日本統治時代まで遡ることのできる独自のジャズの歴史があり、21世紀に入ってからは台湾ならではの要素を取り入れた実にユニークなアルバムも多数リリースされてきている。そして2010年代以降、ノイズのシーンとも交差しながら、台湾のジャズの歴史は新たな段階に入っていたのだ。そうした台湾フリージャズの立役者の一人が、サックス奏者・謝明諺(シェ・ミンイェン/Minyen Hsieh)である。
謝明諺は81年に台湾・台北で生まれた。19歳からプロとして音楽活動を始め、2005年にベルギーのブリュッセル王立音楽院に留学。2011年に帰国すると、台湾を拠点にジャズシーンとノイズシーンを跨ぎながら本格的な活動を展開していった。2014年に最初のリーダーアルバム『Firry Path』を台湾とヨーロッパの混成メンバーからなるカルテットでリリース。コンテンポラリーな曲調をベースに一部楽曲でのみサックスのフリークトーンを聴かせていたが、同年にレコーディングしたピアニストの李世揚(リー・シーヤン/Shih-Yang Lee)とサウンドアーティストの劉芳一(リウ・ファンギィ/Fang-Yi Liu)とのトリオによる『Constellation In Motion』(2017年)、および2017年録音の李世揚とドラマーの豊住芳三郎とのトリオによる『上善若水 As Good As Water』(2018年)では、全面的にフリーインプロビゼーションの手腕を発揮した。
さらに2022年には、台湾の詩人・鴻鴻(ホンホン/Hung Hung)と共同プロデュースしたアルバム『爵士詩靈魂夜 A Soulful Night Of Jazz Poetry』を発表。台湾、香港、マカオと異なる出自を持つ8人の詩人がそれぞれの言語でポエトリーリーディングを行い、そこにミュージシャンたちがメロウな演奏からフリージャズまでを絡ませることで台湾ジャズ史に新たなページを刻んだ。他にも謝明諺は、実験的電子音楽家の音速死馬(ソニック・デッドホース/Sonic Deadhorse)と組んだインプロビゼーションユニット〈非/密閉空間(Non-Confined Space)〉でアルバムを2枚リリース、加えて様々なインプロバイザーやノイズミュージシャンとの実験的セッション等々にも取り組んでおり、ジャズという括りに収まらない旺盛な活動を行っている。そして2023年、最新作としてピアニストのスガダイロー、ギタリストの細井徳太郎、ドラマーの秋元修からなるa new little oneとコラボレートしたアルバム『Our Waning Love』が完成。謝明諺の楽曲を中心に、クセ者揃いのメンバーによる、ジャズからフリーフォームまで自在に行き来するダイナミックな作品を仕上げてみせた。
繊細に揺蕩う音響からビブラートを効かせたアルバート・アイラーを彷彿させる叫びまで、一流の技術でサックスを操る謝明諺。6月の来日ツアーに合わせて実施したこの度のインタビューでは、これまでほとんど日本語で語られてこなかった台湾フリージャズの成立過程についてじっくりと話を訊きつつ、謝明諺またの名をテリーがどのようにフリージャズに触れていったのか、そして新作『Our Waning Love』の制作経緯および〈自由〉と〈即興〉についてまで伺った。
インタビューを終えてあらためて感じたことは、台湾のフリージャズは2020年代の今まさに新たな動向として興隆しつつあること、そしてそのパイオニア的存在の一人が、他でもなく謝明諺その人であるということだった。