ポスト・クラシカル〉と〈インディー・クラシック〉 という2つのムーヴメントを柱とし、21世紀以降のクラシック音楽をフィーチャーする連載〈Next For Classic〉。第3回ではア・ウィングド・ヴィクトリー・フォー・ザ・サレンを取り上げる。今年10月末に開催された初来日公演も好評だった、ポスト・クラシカルを代表する世界的作曲家デュオに、この連載の監修を務める音楽ライターの八木皓平が迫った。 * Mikiki編集部

 

(左から)アダム・ブライアンバウム・ウィルツィー、ダスティン・オハロラン
Photo by Scott Irvine
 

この連載の第1回でも定義したように、ポスト・クラシカルというジャンルの本質が音響表現の徹底的な追求にあるのだとしたら、ア・ウィングド・ヴィクトリー・フォー・ザ・サレン(以下:AWVFTS)のサウンドこそが、その極北だろう。実際に彼らは、ピアノやストリングスといったクラシック的な楽器のみならず、シンセサイザーやギターなども用いて楽曲制作を行い、彫刻のように繊細なポスト・プロダクションを施すことで、類い稀なる美しさを放つサウンドを完成させてきた。

アンビエント~ドローンを代表する伝説的デュオ、スターズ・オブ・ザ・リッドの片割れであるアダム・ブライアンバウム・ウィルツィーと、ピアニスト/作曲家として活躍するダスティン・オハロランという2人のアメリカ人によってAWVFTSは結成。〈この世でもっとも美しいアンビエント〉と評されたデビュー作『A Winged Victory For The Sullen』(2011年)と、イギリス・バレエ界の名門であるロイヤル・バレエ団の常任振付師、ウェイン・マクレガーからの依頼によって制作されたサウンドトラック『Atomos』(2014年)の2作を発表してきた。そして来年1月13日には、映画「イヴ・サンローラン」でも知られるジャリル・レスペール監督による最新作のスコアを元に作られた3作目『Iris』がリリースされる。モジュラー・シンセとオーケストラが大部分を占めた同作は、AWVFTSの新境地を切り拓く一枚だ。

このインタヴューでは、AWVFTS結成に至るまでの経緯や、新作『Iris』も含む3枚のアルバム、アダムのソロ最新作となる映画「Salero」のサウンドトラックについて尋ねている。そして、2人の物語を辿ることで、90年代のドローン/ポスト・ロックの時代から受け継がれてきたアンビエンスへのこだわりや、インディー・ロックに出自を持つ音楽家がクラシカルな手法を採り入れるようになるまで、そこに加えられた現代的なアプローチなど、ポスト・クラシカルの源流と本質を確かめることができたと思う。

ア・ウィングド・ヴィクトリー・フォー・サレンのライヴ映像

 

ただただ長い、静かな音楽を奏でたかった

――まずは2人が、音楽を始めることになったきっかけを教えてください。

ダスティン・オハロラン(ピアノ/キーボード)「ピアノを習いながら、クラシック寄りの音楽を学んでいたのが一番最初かな。そのあと、18歳のときにデヴィックスというバンドを結成して、べラ・ユニオンというイギリスのレーベルから何枚かアルバムを発表した。それまでは一人で勝手にピアノを弾いていたから、まさか音楽を仕事にできるとは思わなかったな。デヴィックスとしてたくさんのツアー経験を積んでからは、自分のソロ・プロジェクトも手掛けるようになって、べラ・ユニオンから2枚のソロ・ピアノ作品を出してもらったよ。そこからまたインストの曲を書いたり、クラシック寄りの音楽に立ち返るようになったんだ」

デヴィックスの2006年作『Push The Heart』収録曲“A Secret Message To You”
 

アダム・ブライアンバウム・ウィルツィー(ギター/キーボード)「子どもの頃は、プロのテニス・プレイヤーになるのが夢だった。音楽をやろうなんてこれっぽっちも思っていなかったよ。16歳で膝を痛めてしまい、悲しみに暮れた時期があって。そのときは何をしたらいいのか悩んだね。でも音楽が好きだったから、ギターを独学で身につけて。そこからはみんなの知っている通りさ」

――アダムが参加しているスターズ・オブ・ザ・リッドは、アンビエントやドローンの音楽を語るうえで欠かせない、大きな意味を持つグループだと思います。

アダム「そうは言っても、ジャーナリズムの世界での語られ方と現実は違う。観に来る人は少ないし、たくさんの人が来てくれる都市も2、3あるけど、だいたいの場所では無名さ。ニッチでカルトな現象だよね。東京でライヴをしたことはないけど、実現したとしてもどれくらいの人が来てくれるものか……〈大きい〉というのは、坂本龍一のような人のことを言うんだよ(笑)」

※Pitchforkが2016年に発表した「The 50 Best Ambient Albums of All Time」で、スターズ・オブ・ザ・リッドの『The Tired Sounds Of Stars Of The Lid』(2001年)が6位、『And Their Refinement Of The Decline』(2007年)が18位にランクインしている

――いやいや(笑)。あのグループは、そもそもどんな音楽をやろうと思ってスタートしたのでしょう?

「ただただ長い、長い尺の、静かな音楽を奏でたかったんだ。そういう音楽をほかで見つけることができなかったからね。いまはそういうサウンドも増えたけど、90年代初頭に僕らのようなことをやっているバンドはいなかった。人の記憶に残るものと、忘れ去られてしまうものの差は紙一重だけど、なぜ僕らの音楽がそんなに共感を呼んだのかはわからない。もしかしたら、自分のことをあまりにも真面目に受け止めていないのかもしれないな。つい最近だって11公演ものヨーロッパ・ツアーをしてきたところだし、どのショウもソールドアウトになって素晴らしかったよ。23年も活動してきて、いまだにお客さんが来てくれるのは嬉しいことだね」

スターズ・オブ・ザ・リッドの2001年作『The Tired Sounds Of Stars Of The Lid』収録曲“Piano Aquieu”
 

――今度はダスティンに質問です。もともとバンドマンとして活躍していた音楽家が、ソロ・ピアニストとして作品を発表するというのはなかなかユニークな経歴だと思います。どういった経緯があったのでしょう?

ダスティン「音楽への最初のコネクションが、ピアノだったというのが大きかったと思う。ずっと自分とは付かず離れずの存在だったからね。デヴィックスでもいろんなパートを作曲しているんだけど、そこかしこに小さなピアノのパートが挿入されていることからもわかると思う。僕のソロ作については、純粋に自分のためだけにレコーディングしていたもので、最初はリリースする気なんてこれっぽちもなかったんだ。自分のことを才能あるピアニストだと考えたこともなかったし、僕自身を曝け出すことのように感じたから。でも一方では、とても愛着の強い作品たちでもあったから、結局リリースすることにした。そこから、ソフィア・コッポラから映画『マリー・アントワネット』(2006年)のために音楽を作ってほしいと頼まれて。そこでの経験が作曲に対する自信に繋がったと思う」

映画「マリー・アントワネット」サントラ盤に収録されたダスティン・オハロラン“Opus # 17”
 

――ちなみに、好きなピアニストは?

ダスティン「うーん、難しい……。グレン・グールドが一番おもしろいかな。どんなクラシックのピアニストもテクニックに秀でているけど、グレン・グールドは本当にユニークなタッチで弾くよね。あとはキース・ジャレットショスタコーヴィチを弾いている作品があって、こちらも最高だよ」

グレン・グールドによるバッハ〈ゴルトベルク変奏曲〉
ECMからリリースされたキース・ジャレットの2006年作『Dmitri Shostakovich: 24 Preludes & Fugues, OP. 87』収録曲“Prelude and Fugue Nr. 23 in F Major”

 

ミニマリズムはクラシカル的だと思っている

――2人はいつ知り合ったんですか?

アダム「僕がスパークルホースというバンドに参加して、2007年にイタリアをツアーしていたときのことだね。ボローニャでのライヴで、そこに住んでいる友人を招待したんだ。フランチェスコ・ドナデッロという男なんだけど、彼がダスティンをライヴに誘っていたんだよ。それで、終演後にダスティンと初めて会った。その時点で、僕もダスティンもヨーロッパに住むようになってから何年か経っていて、2人共あまりアメリカ人に会っていなくてね。少なくとも僕にとっては、ヨーロッパで初めて友達になったアメリカ人だったよ。そこから始まったのさ」

※アダムはほかにもフレーミング・リップスマーキュリー・レヴアイアン&ワインなどのライヴ/作品にプレイヤーやサウンド・エンジニアとして参加した経験がある

――お互いがどういう音楽をやっているかは知っていましたか?

アダム「いやー、知らなかったね」

ダスティン「だから、まずは自分たちの作品を送り合ったんだ。僕はアダムの音楽がすぐに気に入ったよ」

アダム「僕もそうさ、ナイスなサプライズだったな」

ダスティン「僕はその頃、『Lumiere』というソロ作を制作していたから、アダムにギターを演奏してもらえないかと考えたんだ。その作品にはピーター・ブロデリックなど、コラボレートしてくれているアーティストがほかにもいたからね。それで、参加してもらった曲はとても美しく仕上がったんだけど、それと同時に、彼にはもっとスペースを持たせたほうがベターなものが出来上がると気付いたんだ。そこから一緒何かやってみることになった」

ダスティン・オハロランの2011年作『Lumiere』収録曲“A Great Divide”
 

アダム「とある週末に、一つの部屋で空間を共有したときのレコーディング・セッションが本当にマジカルな経験だったんだ。いろんなアイデアが、物凄い速さで次から次へと浮かんでくるような感じでさ。以前から相性の良さは感じていたけど、そのときに確信したよ。いまどきの音楽の作り方って、メール経由でファイルを送り合うことが多いけど、同じ空間を分かち合って音楽を作るというのは素晴らしい経験だった」

――AWVFTSをやるにあたって、どういう音楽を作ろうかという話し合いはしましたか?

ダスティン「当初のアイデアは、まず(アダムの弾く)ギターがあって、そこにピアノを……という感じだった。それがベーシックになったけど、やっていくうちに自然とストリングスを入れるようになったんだ。特に狙ったわけではなく、ごく自然に採り入れるようになったね」

アダム「ついこの間映画のサントラ(『Iris』)を完成させたばかりだけど、改めて振り返ってみても、当初のサウンドからはかけ離れているような気がするな。もちろん、いまでもピアノもギターも採り入れているけど、そういうサウンドは随分と減っている。少なくとも僕にはいい意味で、かなり違って聴こえるよ。絶えず変化を続けていくのは楽しいことさ」

ダスティン「あと一つ、AWVFTSの重要なスピリットとして掲げているのは、〈エクスペリメンタルであれ〉ということ。いろいろ試してみようと。音楽制作に取り組むときは、いつもその言葉が念頭にある。それに、一緒に作業をして新しいものを作ろうとするのは、お互いにとって楽しいことさ。僕ら2人だと、それがすごく上手くいくんだよ」

AWVFTSの2011年作『A Winged Victory For The Sullen』収録曲“Requiem For The Static King Part One”
 

――AWVFTSの重要な要素として、クラシック音楽とアンビエントが挙げられると思うのですが……。

アダム「まず先に伝えておきたいのは、君は音楽ジャーナリストだから音楽をカテゴライズしないといけないよね。ただ、僕はそんなにシンプルなものでもないと思っている。例えば日本には、AWVFTSはイレースド・テープスとの繋がりで来日しているけど、北米ではクランキーと契約している。向こうでクランキーとくれば、僕らをポスト・クラシカルという括りと結びつけることはまずない。だから思うに、契約しているレーベルがどこかによっても捉え方が変わっているんじゃないかな。僕がスターズ・オブ・ザ・リッドをやっているときは、ポスト・ロックなんて言われたものさ」

※93年に設立された、シカゴを拠点とするインディー・レーベル。ラブラフォードウェンディ&カールティム・ヘッカーグルーパーといったアンビエント/エクスペリメンタル系を中心に、ディアハンターなど先鋭的なアーティストを多数輩出している

――そうですね。

アダム「時代によって、レーベルやカテゴライズの仕方も変わるよね。それも悪いことではないんだけど、僕らはただの音楽の作り手なんだよ。ジャーナリストが分類してくれるのは一向に構わないけど、僕らは〈クラシカルmeetsアンビエント〉な音楽を作ろうと考えて音楽作りをしてくいるわけではない」

ダスティン「でもね、ミニマリズムはクラシカル的だと僕らは思っている。ミニマリズムはどちらかというとエレクトロニック・ミュージックに近いよね。僕らの音楽でも、反復するあたりは初期のエレクトロニック・ミュージックに影響されているのかな。あとは僕もアダムも、視覚的なアートからインスパイアされることが多いんだ。絵画や建築といった非音楽なものからね。だから音楽について話していても、まるで色や形のことを形容しているような会話になることもある」

――それはすごく頷ける話ですね。個人的に、あるいはAWVFTSに影響を与えたアートを挙げるとしたら?

アダム「アメリカの60年代の日常を捉えた写真家のウィリアム・エグルストン、画家のマーク・ロスコとか。ヒューストンのロスコ・チャペルにも影響されているね。あとは、テニス・プレイヤーのビョルン・ボルグ

ダスティン「作曲家のドミニコ・スカルラッティもね。あとは2人とも、ギャヴィン・ブライアーズの〈タイタニック号の沈没〉というアルバムが大好き」。

※アンビエント提唱前夜のブライアン・イーノが主宰したレーベル、オブスキュアの第1弾作品として75年にリリースされた

ギャヴィン・ブライアーズの75年作『The Sinking Of The Titanic』収録曲“The Sinking Of The Titanic”