ジャンルを横断しながらアップデートし続ける、21世紀以降のクラシック音楽をフィーチャーした新連載〈Next For Classic〉がスタート! 〈ポスト・クラシカル〉と〈インディー・クラシック〉という2つのムーヴメントを柱とし、大変なことが起きているクラシック/現代音楽シーンの新たな地殻変動に迫っていきたい。第1回では、この連載の監修を務める音楽ライターの八木皓平が、21世紀に台頭したクラシック音楽における新潮流〈インディー・クラシック〉を解説。カニエ・ウェストやワンオートリックス・ポイント・ネヴァーなど、カッティングエッジな音楽家たちとも共振する凄まじいシーンの現状を体感してほしい。 *Mikiki編集部
Mikikiでのブログ〈八木皓平のエクレクティック・モード〉の第4回、〈大変なことがクラシックの世界で起きている―チェンバー・ミュージックの多様性を象徴する2015年ベスト10選〉という記事を1月末に公開したところ、予想を遥かに上回る反響がありました。皆さんの感想には、〈インディー・クラシックというジャンルが気になる〉という声が多く見受けらたようです。インディー・クラシックについてはこれまでも同ブログ内で何度か言及してきましたが、ジャンルの概要については説明していなかったので、この新連載第1回では、インディー・クラシックの入り口となるガイドを用意することにしました。
インディー・クラシックはどんなジャンル?
シーン隆盛の背景とサウンドの特徴
2000年代に入り、同時代のインディー・ロックなどにおけるDIY精神から刺激を受けたことで、クラシック~現代音楽の教養を積んだ若く有望な音楽家たちは、自分たちでレーベルを立ち上げたり、作品のリリースやイヴェントを主催するなどしながら、独自の活動をスタートさせていきます。いつしか、そのシーンは〈インディー・クラシック(Indie Classical)〉と呼ばれるようになりました。
このシーンが隆盛した背景として、ロック/ポップ・ミュージシャンとクラシック~現代音楽の邂逅は見逃せません。ナショナルのブライス・デスナーやジョニー・グリーンウッド(レディオヘッド)がドイツの老舗クラシック・レーベルのドイツ・グラモフォンから現代音楽のアルバムをリリースしたり、インディー・クラシックの旗手であるニコ・ミューリーが、ビョークやナショナル、グリズリー・ベアなどの作品でストリングス・アレンジを担当したりと、こういった例は枚挙に暇がありません。
ここで気になってくるのは、日本でも人気のあるポスト・クラシカルと、インディー・クラシックとの違いでしょう。実のところ、その線引きは海外でも曖昧なのですが、〈クラシック~現代音楽をどんな音楽ジャンルとミックスさせているのか〉で両者を区別することができます。
ポスト・クラシカルは主にアンビエント/ドローン~エレクトロニカをミックスさせたもので、どちらかと言えばサイレンスが強調されるタイプの音楽であるのに対し、インディー・クラシックはインディー・ロックやヒップホップ/R&B、ジャズなどをミックスさせたもので、ポスト・クラシカルと比べるとリズミカルでテンションが高めの音楽であると言えます。また、ミニマル・ミュージックの影響を強く受けた音楽家が多いのもインディー・クラシックの特徴です。
両者の例として、ポスト・クラシカルを代表する音楽家、オーラヴル・アルナルズと、インディー・クラシックの若手有望株であるフローレン・ジーズの楽曲を聴き比べてみましょう。
刺激的なサウンドはグラミーでも高評価、
他ジャンルともアグレッシヴに交流
このシーンで近年もっとも注目すべき出来事の一つとして、エイス・ブラックバードの最新作『Filament』(2015年)が、先日開催された第58回グラミー賞で〈ベスト・チェンバー・ミュージック/スモール・アンサンブル・パフォーマンス賞〉を受賞したことが挙げられるでしょう。エイス・ブラックバードは、今回の受賞を含めてグラミー賞を計4度も獲得しているシカゴのコレクティヴです。今年で結成20周年を迎える彼らは、ミッシー・マゾリといった若手音楽家からスティーヴ・ライヒなどの大御所まで、幅広くコラボレーションしていることでも知られています。
その『Filament』には、ブライス・デスナーやニコ・ミューリー、(ブログの第1回で取り上げた)サン・ラックス、フィリップ・グラスといった新旧の豪華メンバーが楽曲を提供しており、その卓越した演奏能力が生み出す多彩なチェンバー・ミュージックが魅力です。収録曲の“Doublespeak”では、ミニマルなフレーズが幾重にも重なって層を成す、ニコ・ミューリーならではの至高のアンサンブルを聴くことができます。
ここまで挑戦的なパフォーマンスを見せる演奏家たちが、すでにグラミーで高く評価されているという事実はもっと注目されるべきかもしれません。さらに同年には、他にもインディー・クラシックの有名コレクティヴがノミネートされています。それがルームフル・オブ・ティースの『Render』(2015年)です。
〈21世紀における〈歌唱〉の再創造に献身する8人組ヴォーカル・グループ〉を標榜するルームフル・オブ・ティースは、メロディーのみならず、吐息や唸り声、舌音など、人間が口腔から発することができる音の可能性を極限まで追求しながら、ユニークな音楽を作り上げています。このグループに所属する女性ヴォーカリストのキャロライン・ショウは、インディー・クラシック界隈においても極めてボーダーレスな活動を展開している音楽家の一人。ヴァイオリニストとしてMONO『For My Parents』(2012年)やナショナル『Trouble Will Find Me』(2013年)、ヴォーカリストとしてもチューン・ヤーズ『Nikki Nack』(2014年)などのインディー・ロック作品に参加するほか、最近ではカニエ・ウェストのニュー・アルバム『The Life Of Pablo』収録曲“Wolves”で、フランク・オーシャンと共にフィーチャーされています。
https://soundcloud.com/kanyewest/say-you-will
キャロライン・ショウをフィーチャーしたカニエ・ウエスト“Say You Will”。カニエの2008年作『808s & Heartbreak』のオープニング・トラックを再録音したもの(リンク先で視聴可)
インディー・クラシックの音楽家は、このキャロライン・ショウのように、自身の音楽活動と共に、サポート・メンバーとして他ジャンルの作品でも活躍を見せているケースが目立つのも特徴的です。例えば、サン・フェルミンのアルバム『Jackrabbit』(2015年)を見てみると、ここにもキャロライン・ショウが参加しているほか、新世代アンサンブル・yMusicのメンバーも見事なバックアップを見せています。yMusicは(〈2015年ベスト10選〉で1位に選んだ)ベン・フォールズとのコラボ作『So There』を筆頭に、ベックやホセ・ゴンザレス、ダーティ・プロジェクターズらともコラボしており、インディー・クラシックにおける〈他ジャンルとの交流〉を象徴する存在です。
ちなみに補足しておくと、サン・フェルミンとインディー・クラシックの縁は、フロントマンのラドウィグ・レオーネがイェール大学在学中にニコ・ミューリーの仕事をアシストしたところから始まっているそうです。そこで受けた刺激が『Jackrabbit』でのアグレッシヴなバロック・ポップに繋がっているのかもしれません。こちらも素晴らしいアルバムです。
さらに、第58回グラミー賞の〈ベスト・コンテンポラリー・クラシカル・コンポジション〉部門では、ジュリア・ウルフ『Anthracite Fields』(2015年)がノミネートされています。ジュリア・ウルフはインディー・クラシックの土壌を作ったプロジェクト、バング・オン・ア・カンをマイケル・ゴードン、デヴィット・ラングと共に創立した女性音楽家で、『Anthracite Fields』は彼らが立ち上げたレーベル=カンタロープからリリースされています。
カンタロープには先に紹介したフローレン・ジーズや、ウィルコのドラマーで現代音楽のコンポーザーとしても評価を高めているグレン・コッツェ、世界最高峰のパーカッション・アンサンブルであるソー・パーカッション、ポスト・ミニマルの巨匠であるジョン・アダムスなどが所属しています。『Anthracite Fields』はペンシルヴァニアの炭坑作業員たちについてのオラトリオ※作品で、炭坑作業員たちやその家族の語りと共に、クラシック~現代音楽をフォークやロックとブレンドさせて奏でられます。
※オペラと類似した物語性のある楽曲形式ですが、舞台装置や衣装、演技が通常はありません
インディー・クラシックの象徴的レーベル、
ニュー・アムステルダム
インディー・クラシックの重要な発信地としては、NYのニュー・アムステルダムも外せません。先ほど紹介したルームフル・オブ・ティースも所属するこのレーベルは、ジャッド・グリーンシュタイン、サラ・カークランド・スナイダー、ウィリアム・ブリトルという3人の作曲家が集まって、2007年に設立されています。
特にジャッド・グリーンシュタインの活動は、インディー・クラシックの隆盛に大きく寄与してきました。作曲家としては、自身も一員であるナウ・アンサンブルをはじめ、yMusicやルームフル・オブ・ティースにも楽曲を提供。さらに、インディー・ロック~ジャズ~クラシック/現代音楽までクロス・ジャンルな顔ぶれが揃った〈エクスタティック・ミュージック・フェス〉のキュレーターも務めており、同フェスには過去にジュリア・ホルターやベッカ・スティーヴンス、ディアフーフなども出演しています。
このレーベルの特徴は、所属アーティストの音楽性がとにかくヴァリエーションに富んでいること。共通して言えそうなのは、クラシック~現代音楽のトレーニングを積んでいる、という点くらいではないでしょうか。その充実ぶりを知ってもらうために、まずは同レーベルが2016年にリリースした最新作を2枚紹介します。
フィネガン・シャナハンは米ニューメキシコ州のアルバカーキで生まれ、ニューヨークのライヘンバッハで育った弱冠22歳のマルチ・インストゥルメンタリスト。彼はヴァイオリンとヴィオラなどクラシックの教養を育むと同時に、フォークやエクスペリメンタル・ミュージックの影響も受けています。本作はそんな彼のデビュー・アルバムで、これを聴けば彼がスフィアン・スティーヴンスやオーウェン・パレット、ニコ・ミューリーに比肩するほどの才能を持っていることがすぐにわかるはずです。
自身が創立メンバーでもある新進気鋭のアンサンブル、コンテンポラネオスと共にレコーディングされた本作は、フリー・フォーク以降のチェンバー・ミュージックを大幅に更新し得る可能性を秘めており、インディー・クラシックにおける現時点での最高到達点の一つでしょう。エレクトロニクスも大胆に導入されていますが、本作のマスタリングを手掛けたのが、かつて(D.A.N.もお気に入りに挙げる)ブックスの片割れとして異形のフォークトロニカを生み出し、現在はザムートとしてエクスペリメンタルなロック・ミュージックを追及しているニック・ザムートであると知れば納得です。
バング・オン・ア・カンやエイス・ブラックバードといったインディー・クラシック勢や、アメリカ交響楽団とのワークス、そしてサン・ラックスやジュリア・ホルターとのコラボレーションなど、極めて幅広い活動を展開しているのがダニエル・ウォールです。共同プロデューサーにポール・コーリー(ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー、ベン・フロスト、ティム・ヘッカーなど)を迎えて2016年の1月末にリリースされた本作は、インディー・クラシックがネクスト・ステージに突入したことを高らかに告げる一枚です。
アルカ以降のインダストリアル・テクノを彷彿とさせるデジタル・サウンドが、現代音楽以降のチェンバー・ミュージックと溶け合うことで形成された緻密なプロダクションは、豊富なテクスチャーと自由度の高いフォルムで形成されています。ダーティ・プロジェクターズのメンバーでもあるオルガ・ベルや、キャロライン・ショウ、バング・オン・ア・カン・オールスターズといったゲスト陣にも注目したいところ。タイトル曲の“Holographic”には、現代音楽から電子音楽に至るアヴァンギャルド・ミュージックの延長線上に花開いた、新時代のエモーションが詰まっています。
この2枚とルームフル・オブ・ティースを聴き比べてみれば、その音楽性が見事にバラバラであることがわかっていただけるでしょう。ニュー・アムステルダムには、〈2015年ベスト10選〉にセレクトしたサラ・カークランド・スナイダーとテッド・ハーンの2組に、yMusicも所属しているジャズと現代音楽をミックスしたビック・バンドのダルシー・ジェームス・アーグス・シークレット・ソサエティー、アーサー・ラッセルの血を色濃く受け継いだエクスペリメンタル・ポップを奏でるコーリー・ダーゲルなど、新しい時代の折衷を体現するようなアクトが目白押しです。
さらに4月末には、ディアフーフとシカゴを拠点にするアンサンブル・ダル・ニエンテのコラボ・アルバム『Balter/Saunier』がリリースされるので、こちらも注目したいところ。ニュー・アムステルダムの作品はいずれもBandcampでフル試聴できるので、気になる方はぜひ掘り下げてみてください。