先日、group_inouのSoundCloudで公開された“CHOICE”のカヴァーを耳にした人はどれくらいいるだろうか? iPhoneのマイクで録音したような粗い音像が印象に残るピアノの弾き語りをベースに、そこへ多重録音でハーモニーやコーラスを加えた、R&Bのような童謡のような、実に魅力的なカヴァーに仕上がっている。
それを手掛けたのが、本稿の主役・中村佳穂。京都精華大学に入学した20歳から本格的に音楽活動をスタートし、今年の春に卒業したばかりの現在24歳という若さながら、くるりの岸田繁や高野寛らが賛辞を贈り、過去の2作品はほぼ手売りのみで1,000枚を完売。今年はキセルとグッドラックヘイワのツーマン・ライヴでオープニング・アクトを務め、さらに〈フジロック〉や〈ボロフェスタ〉への出演も果たしている。
そして、彼女を現在サポートしているのが、SIMPO RECORDSの小泉大輔だ。くるりと同じ立命館大学のサークル〈ロックコミューン〉の出身で、2000年代はママスタジヲとして活躍。2009年にスタジオシンポを立ち上げ、HomecomingsなどのSECOND ROYAL勢をはじめKONCOSや花泥棒ら多くのバンドのレコーディングに協力。2015年にはレーベル、SIMPO RECORDSを設立し、中村が7月にリリースした最新作『リピー塔が立つ』の他にも、スーパーノアやビバ☆シェリー、ギリシャラブを世に送り出している。
『リピー塔がたつ』のリリースからは少し時間が経ってしまったが、この才能を2016年のうちにしっかりと伝えたいという想いから、ライヴのため来京していた中村に初インタヴュー。Skypeで京都にいる小泉にも参加してもらい、これまでの歩みを振り返ってもらった。
放課後の音楽室に急に天才が現れた、みたいな
――お二人の出会いはいつだったのでしょうか?
中村佳穂「初めてスタジオシンポに行ったのは大学1回生のときで、友達のレコーディングにキーボードで呼ばれて行ったんですけど、それが人生初スタジオでした。私は楽譜が読めないので曲を聴いて覚えて行ったら、途中で〈ここのコードを変えてくれない?〉と言われて。でも私はコードも全然わからなかったから、〈佳穂ちゃん……〉となっているところを小泉さんに見られていた……というのが最初の出会いですね(笑)」
――初めて一緒にCDを作ったのは、2014年のミニ・アルバム『口うつしロマンス』ですよね。
小泉大輔「佳穂ちゃんの曲はYouTubeで動画をチラッと見た程度しか知らなかったんですけど、個人的にいつも録っているようなバンドではなくて、グランドピアノとか生の楽器を録りたいと思っていた時期だったので、そこにタイミングよく佳穂ちゃんが現れた。佳穂ちゃんは僕の先輩にあたるソウル・フラワー・ユニオンの河村(博司)さんなどから〈あの子はすごいよ〉と聞いていたので、河村さんが言うなら間違いないなと思っていました」
――小泉さんは中村さんの音楽のどんな部分に惹かれたのでしょう?
小泉「最初の印象は、〈放課後の音楽室に急に天才が現れた〉みたいな感じでしたね。合唱コンクールのすごく良い曲を、オリジナルで作っているようなイメージ。ただ即興性の高さは昔からで、タイトルと歌詞、メロディーが決まっていても、演奏するごとにアレンジを変えるんですよ。バンドだと決まり事があるけど、1人だといつ良いテイクが出るかわからないので、それを記録することに燃えるというか、そこが楽しいですね。まあ、レコードを作った後のライヴで、お客さんがいっぱいいるときなんかはレコードっぽい感じでやってほしいなと思って観ていますけど(笑)」
――中村さんはなぜ即興に惹かれるのでしょうか?
中村「私、中高は吹奏楽部だったんですけど、放課後はピアノの前に座って、友達にリクエストされた曲を弾くという〈人間ジュークボックス〉をやっていたんです。その頃からパッと聴いたものを弾くのが好きでした。その後ライヴをするようになって、共演した方から〈セッションしよう〉と言われたとき、パッと合わせて弾ける人が世の中にはたくさんいるんだと、すごくびっくりして。セッションできることがとにかく嬉しくて、夜11時から朝9時とかまでずっとやっていたこともあります」
――歌に関しての影響源は?
中村「YouTubeを観るのが好きです。YouTubeが出てきたときに音楽好きの母親が大喜びして、私にいろいろと見せてくれたんですけど、そのなかでいちばんハマったのがアル・ジャロウのライヴ映像。喋りから急に“Take Five”に入っていくのを観て、〈ヤバイ!〉となり、高校のときは何百回と観ました。あと歌じゃないんですけど、フレッド・アステアも大好き」
――小泉さんが中村さんと出会ったのは大学1回生のときとのことですが、その後の中村さんの変化や成長をどのように見ていましたか?
小泉「だんだん作る人としての自我が生まれて、ハイエイタス・カイヨーテとか同時代のライヴァルじゃないけど、そういうミュージシャンに興味を持っていったのは変化だと思います。3年前だったら聴いてないでしょ?」
中村「絶対聴いてない。〈何言ってるか全然わからへん〉みたいになっていたと思うけど、いまは大好きですね。ジ・インターネットとかもすごく好き」
――なるほど。ジャズやR&B、ヒップホップの要素は『リピー塔がたつ』からも強く感じられました。
中村「最近見つけた良い音楽を交換し合う友人がいて、その人が2年前くらいにハイエイタスを教えてくれて、〈めっちゃ良い!〉となったんです。曲を作るときにはそこまで意識してないんですけど、声をかけるバンド・メンバーが黒い音楽寄りになってきたというのはありますね」
――ハイエイタスのどんな部分に惹かれたのでしょう?
中村「ハイエイタスはビビらせ方みたいなのがすごく上手いと思うんです。リスナーが〈こう来るということは、こうなるな〉と思っても、バンドは〈はい、やりませーん〉みたいな。フォークみたいに一定の調子の音楽も好きなんですけど、驚きのあるものはそれ以上に好きで、いまのバンド・メンバーはそれをわかってくれています。1人で活動をしていたときは、〈みんな、即興にどれだけ付いてこられるか〉みたいな気持ちだったんですけど、もともとメンバーと話し合って音楽をやりたかったので、いまはすごく楽しいですね」
――中村さんはこれまで全国各地でいろんな人たちと演奏をしてきたようですが、最近はライヴ・メンバーを固定しているんですか?
中村「私のなかでブームみたいなのがあるんですけど、最近は今年の〈フジロック〉に出たメンバー(スティーヴ・エトウ、深谷雄一、荒木正比呂、RyoTracks)を誘うことが多いですね。10月の〈ボロフェスタ〉にも同じメンバーで出ました」