さまざまな意味を受け取りながら、意味もなく口ずさみたくなる〈さみしい夜のおまじない〉。進化を重ねて深化した植田真梨恵の最新ドキュメンタリーは、新たなファンタジー世界の入口でもある……
作りたいものに向き合った
次のアルバムが大きな飛躍の一枚になるという兆しは、すでにあった。2016年初頭のツアー〈Live of Lazward Piano“Old-fashioned.”〉での、ピアノとアコギだけで聴かせた気迫漲る激唱。一夜限りの真夏のワンマン公演〈PALPABLE! BUBBLE! LIVE!〉での、劇的な演出を加えた完成度の高いショウ。そして直近のシングル“夢のパレード”で聴かせた、かつてない豊かな包容力と痛切なエモーション。積み重ねてきたそれらのステップが全13曲に結実した、期待以上の傑作――メジャーでのファースト・アルバム『はなしはそれからだ』から1年10か月ぶり、植田真梨恵のニュー・アルバム『ロンリーナイト マジックスペル』の登場だ。
「『はなしはそれからだ』のテーマは〈歌〉だったと思いますね。メジャーでの1枚目として、植田真梨恵はこんな音楽をやるんだという初期衝動が詰まっていて、新しい居場所を作ろうとした作品だったと思います。そして今回は〈夢〉がテーマになっているんですけど、ひたむきに自分が作りたいものに真正面から向き合って、さらに歌を煮詰めていったアルバムになりました」。
“夢のパレード”“僕の夢”“悪い夢”“I was Dreamin' C U Darlin'”など、タイトルにも〈夢〉の溢れる曲がずらり。これまでも植田真梨恵の曲には〈夢〉というワードが頻繁に出てきたが、今回は特に意識して使っているという。
「小学校4年生の時に〈好きな言葉は何ですか?〉と聞かれて、色紙に書いたのが〈夢〉という言葉だったんです。なぜかというと、私はその頃から歌手になりたいと明確に思っていて、オーディションを受けたりして、自分は夢に向かって走っているってすごく意識していたから。いまだに大事な言葉なんですね。それと、歌手になるという夢以外に私自身が持っている人間としての夢が、幸せな家庭であったり、恋人と添い遂げることであったり、長く続く夢にすごく憧れているので。例えばメジャー・デビュー・シングルの“彼に守ってほしい10のこと”の歌詞が〈ずっとそばにいてください〉で終わるのもそういうことで。歌手としても人間としても、〈長い夢を見る〉ということは、ずっと意識していることなんですね。今回の『ロンリーナイト マジックスペル』にはいままで蓄積してきたものが特に凝縮されて、私の26年間の、子供の頃から育ってきた環境や、見てきた夢が詰まったアルバムになったと思います」。
夢は約束じゃない
もうひとつ、アルバムのキーワードになっているのが〈ファンタジー〉。それは“夢のパレード”リリース時のプロモーションやインタヴューを通じて、〈植田真梨恵の曲はドキュメンタリーでありファンタジー〉ということに、彼女自身が気付いたことをきっかけとしている。
「〈ファンタジー〉はずっと持っていた言葉ではあるんですが、単なるファンタジーにはあんまり惹かれなくて。何かを表現しようとする人間にとっては、生まれてからずっと生きてきているなかでのその時点でのドキュメンタリーが、作品が出来ることによってファンタジーになるという、そういうフィルターみたいなものを自分に感じたんです。それはたぶんみんなにとってもそうなんじゃないか?と思うんですよね」。
意味深なモールス信号が鳴り響くイントロダクションは、これから始まるドキュメンタリー/ファンタジーの世界への入り口。軽快やフォーク・ロック調の“WHO R U?”では怖い夢を〈目覚めたらあなたに聞いてほしい〉と歌い、ミッドテンポのギター・ロック“悪い夢”では、君といた日々を〈醒めるな、つながったまま〉と願う。アルバムの中でも特に寂しく美しいバラード“ダイニング”では夢見る幸せな家庭像を描き、可愛らしいピアノのループを活かしたポップな“パエリア”では、一生を添い遂げるカップルの夢をロマンティックに表現する。どれもカラフルでキャッチーな曲調に、〈夢〉というワードが持つ明るさと切なさの両面と、いくつもの要素が絡み合って強く感情を揺さぶる曲ばかりだ。
「私の中で〈幸せな家庭〉というものは永遠の夢なので。“ダイニング”はそんなところを想像しながらコーンフレークを食べているひとりの朝、みたいな曲です。“パエリア”は結婚式でも歌えるような、不吉な要素の入らない歌にしたんですけど、〈こうなったらいいのにな〉とずっと思っている感じがして、逆にすごく切なく思えたりもしますね。見ている景色は、“夢のパレード”“ダイニング”“パエリア”もそんなに変わらないような気がしているんですよ。〈夢〉というもの自体が、約束じゃないし、叶うかどうかわからないことなので」。
歌にあるふたつのパワー
〈夢〉という文脈の中で新しい価値を得たシングル曲“ふれたら消えてしまう”“スペクタクル”を経て、夢を見続けることの難しさを、ため息と自省のスパイスを効かせつつ前向きに締めくくるラスト・チューン“犬は犬小屋に帰る”まで。これはきっと聴き手の感情によって形を変える、心を映す鏡のようなアルバムだ。
「歌というものが、何もないところでも口ずさめるものなので。おまじないのように思い出して口ずさんでもらえるアルバムになればと思ったんですね。そこに私はいっぱい意味を込めてますけども、別に何の意味もなくただただ口ずさんでくれるだけでもいいなと思います。その両方のパワーを持っているのが、私が歌が好きな理由なので。皆さんの〈さみしい夜のおまじない〉みたいな一枚になればと思っています」。
年が明けて1月11日には、先述のワンマンがライヴDVD「PALPABLE! BUBBLE! LIVE!-SUMMER 2016-」としてリリースされ、1月13日からは久しぶりのバンド形態による全国ツアーがスタート。大きな飛躍の次にある力強い第一歩を、ライヴ空間でもぜひ体感してほしい。
「ライヴDVDは全編通して顔に昂揚感がありますね。PALPABLE BUBBLE=〈ふれられる泡〉という言葉がとても象徴された作品なので、ぜひ皆さんにもふれてみてほしいです。そしてツアーは、みんなと夢を見られるようなライヴになるかなと思っています。前回の〈UTAUTAU〉ツアーとは全然違ったものになるし、楽しんでいただけたらと思います」。
それでは最後にひとつ質問を――真梨恵さん、いまのあなたの夢は何ですか?
「その答えはずっと変わらないですね。歌手としてずっと歌い続けていくこと、幸せな家庭を作ること。死ぬまで約束を守り続ける、歌い続ける……〈○○し続ける〉ということが私の夢だと思います」。
『ロンリーナイト マジックスペル』からの先行シングルを紹介。