時計じかけの退廃した世界から極彩色の哀愁がこぼれ落ちる。じわじわと浸食し、人々の本能を揺さぶるサイケデリックな音の魔法。これは夢か悪夢か、未来なのか過去なのか……
膨らみ続ける創作意欲
ウェイン・コイン(ヴォーカル/ギター)とアーケイド・ファイアの間に一悶着あったり、ボブ・ディランを〈ただの偏屈じじい〉と形容するなど、定期的にタブロイド好みの話題で世間を騒がせているフレーミング・リップス。しかしこの5人組は、口だけでなく音楽でも私たちを驚かせ続けてくれるから偉い。前作『The Terror』(2013年)以降の活動に絞ってみても、ストーン・ローゼズの89年作『The Stone Roses』とビートルズの67年作『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』のカヴァー集をそれぞれ発表し(前者は限定500枚というプレミア盤)、並行してウェインとスティーヴン・ドローズ(ドラムス)はエレクトリック・ワームズなるサイド・プロジェクトを始動。2014年に同ユニットでのファースト・アルバム『Musik, Die Schwer Zu Twerk』をリリースしている。こうした精力的な動きには目を見張るばかりだ。
また、2010年前後から活発化させている他者とのコラボにも、ますます力を注いできた。例えばモービーやファントグラムとは互いの作品に顔を出し合い、2015年にはマイリー・サイラスとミックステープ『Miley Cyrus & Her Dead Petz』を制作。加えて、ダーニ・ハリスン主催によるジョージ・ハリスンのトリビュート・ライヴ(昨年に『George Fest: A Night To Celebrate The Music Of George Harrison』としてCD化)やナショナルが企画したグレイトフル・デッドのリメイク盤『Day Of The Dead』などへも参加している。さらにリップス作品への客演で箔が付き、その後、大きく飛躍したテイム・インパラやフィーヴァー・ザ・ゴースト、フォクシジェンを代表とするサイケ・ロック勢をはじめ、リップスの影響を公言する後輩が増えている事実も見逃せない。もちろんその影響力はここ日本にも及び、それは彼らのライヴではお馴染みのバルーン・パフォーマンスを水曜日のカンパネラが模倣したことからもわかるだろう。
おとぎ話の世界へ

このように、結成から35年が経とうとしているにもかかわらず、〈いまが絶頂期なんじゃ!?〉と言いたくなるほど上昇気流に乗るリップスより、オリジナル作品としては約4年ぶりのニュー・アルバム『Oczy Mlody』が届けられた。プロデュースは90年作『In A Priest Driven Ambulance』からの付き合いとなるデイヴ・フリッドマンだ。本作のサウンドについてウェインはこう述べている(以下、発言はオフィシャル・インタヴューより抜粋)。
「シド・バレットがエイサップ・ロッキーと出会って、未来のおとぎ話のなかに閉じ込められたみたいな感じかな。彼らが偶然出くわすなんてことは、フレーミング・リップスの世界のなかでしか起こり得ないだろう。でもどういうわけか、2人は夜空の穴を通り抜け、混乱しきった、蛍光色の、未来のおとぎ話の世界へ辿り着いたんだ」。
確かにその通り。少々強引に解釈すれば、メロウなグルーヴが目立つあたりはエイサップ・ロッキーっぽく、幻惑的かつドラッギーなリリックはシド・バレット風。そして浮遊感たっぷりのレトロ・フューチャーなサウンドスケープには、〈未来のおとぎ話〉みたいな世界観が見い出せる。総じてアコースティックの要素が少なく、ドリーミーでサイケなエレクトロニック・サウンドを前面に出しているのが特徴だ。随所で確認できる強烈なエコーやリヴァーブからはダブの要素も窺えよう。特にそうした側面が顕著な“Listening To The Frogs”は、〈このまま聴いていると脳が溶けるのではないか……〉と思えてしまうくらいトリッピーな良曲。それこそ、エイサップ・ロッキーのナンバーで言えば“L$D”のような感覚である。ちなみにアルバム・タイトルはポルトガル語で〈若者の目〉という意味らしいが、ウェインはこの言葉から「未来のドラッグの名前をイメージした」とか。
「今回のアルバムで描かれる出来事はすべて、レプリカントの街にある閉ざされたコミュニティーのなかで起こることなんだ。そこには超富裕層が住んでいて、自堕落なサイコ・パーティーが繰り広げられている。そのパーティーではみんなが〈Oczy Mlody〉を飲んで、ユニコーンに乗りながらセックスをしている。痛々しくて感情的なセラピー・セッションも出てきて、そこではあらゆる原始的な本能を剥き出しにすることが許され、奨励されているんだよ」。
〈Oczy Mlody〉というドラッグは「飲んだ人の潜在意識を使って、自分が思い描く完璧な子ども時代の幸せな精神状態に連れて行ってくれる」そうだが、この効用や〈富裕層による自堕落なサイコ・パーティー〉から連想するに、本作はいまの世界をリップス流に反映したアルバムだと言えるかもしれない。彼らが生まれ育ったアメリカは、〈Make America Great Again〉というスローガンを掲げたドナルド・トランプ大統領による新政権がスタートしたばかりだ。トランプは差別的な言動が多いことでも知られ、そうした人物がトップに立つ同国の現在を風刺的な寓話という形で表現したもの、それが『Oczy Mlody』ではないか。過去にも彼らはジョージW・ブッシュや自爆テロを題材にした『At War With The Mystics』(2006年)など、時代の節目に哀愁やシリアスな雰囲気を漂わせた作品を残しているが、その2つのムードが本作でも感じられるのだ。
余談だが、先の大統領選におけるCNNの出口調査によると、年齢層が下がるにつれてヒラリー・クリントンに票を入れた人が多かったという。このことを踏まえて聴くと、『Oczy Mlody』は〈若者たちの目〉から流れた一筋の涙に思えなくもない。
『Oczy Mlody』に参加したアーティストのアルバム。
関連盤を紹介。
時にはダークな、時にはブライトなファンタジーを描いてきたフレーミング・リップスの歩み

結成時の破天荒なガレージ路線から脱却し、楽曲指向を強めはじめたメジャー進出作。ポップだが、どぎつく悪趣味なアートワークに象徴される通り、だらしないヴォーカルと間抜けなコーラス、弛緩したギターが気持ち悪くも心地良い。 *北爪

THE FLAMING LIPS Transmissions From The Satellite Heart Warner Bros.(1993)
初のシングル・ヒット曲“She Don't Use Jelly”ほか、相変わらずガシャガシャしたローファイ・サウンドながらも、いままでになくメロディーの輪郭が鮮明な輝きを放つメジャー第2弾。キャッチーなのにどこかズレているナンバーだらけだ。 *北爪

前93年作の流れを踏襲したこの奇天烈なバースト・ポップ盤は、ノイジー具合が増すのと共に、なぜか全体のメランコリー度までアップしているから不思議。ヘナヘナ唱法の切なさもここに極まった感があり、油断すると泣きそうになってしまう。 *北爪

通算9作目にして分岐点となる一枚で、変態ギターに代わりストリングスやキーボードが美しくも儚い音響世界を繰り広げていく。捨て曲皆無のなか、とりわけ“Race For The Prize”は90年代USオルタナの末尾を飾る極上のアンセム。 *北爪

〈近未来のSFフィクション〉をテーマに牧歌的なフォーク・ロックとエレクトロニカの融合を試みて、90sオルタナと完全に別れを告げた一枚。初めてグラミーも受賞し、名実共にUSを代表するロック・バンドへと成長する。 *小泉

2000年代のリップスを代表する作品と言えば満場一致でこれでキマリ!? ユーフォリックなギター音を前に出してシューゲイザー・リヴァイヴァル・ブームとバッチリ共鳴。ブッシュ大統領へ向けた〈LSDでもキメとけ〉というリリックも話題を呼ぶことに。 *小泉

実験的なアンビエント曲を挿み、ダークなサイケ・ロック方面へシフト。この頃から外部とのコラボを積極的に行うようになり、本作ではMGMTやカレン・Oを召喚している。こうした変化も評価され、初の全米チャートTOP10入り! *小泉

前作からわずか2か月後に、ウェインの甥が率いるスターデス&ホワイト・ドワーフスやヘンリー・ロリンズ、そしてピーチズとタッグを組んでピンク・フロイドのカヴァー・アルバムをリリース。初期のリップスを思い出させる野蛮なガレージ解釈に唖然! *小泉

エリカ・バドゥやケシャ、ボン・イヴェールほか、豪華メンツを揃えているのに、各ゲストのアクを消し、すべてリップス流のドリーミー・ジャムで包み込んだオレ様コラボ盤。テイム・インパラとの新旧ネオ・サイケ対決も、軍配はもちろん……! *小泉

『Embryonic』の音世界をより暗く深く掘り下げたような出口なしの一枚。ミニマルなプロダクションが特徴的で、ボーズ・オブ・カナダを引き合いに出したくなる〈狂気のなかに潜む美しさ〉には息を呑むばかり。ファントグラムがゲスト参加。 *小泉

ビートルズの〈Sgt. Pepper's〉を、Jマスキスやモービーにフォクシジェン、そして『Oczy Mlody』にも参加しているマイリー・サイラスらと賑やかにカヴァー! トゥー・マッチなほどエコーをまぶして『Yoshimi Battles The Pink Robots』の頃の多幸感を取り戻し、リスナーを虹色サイケな夢の世界へとご招待。 *小泉