「全体のテーマはただ〈正直でいること〉だ。誰よりも先に自分自身を曝け出し、自分の過去を語り、自分がどこに向かっているかについて語っているんだよ」。

 昨年の話題作のひとつに数えられる『Imperial』について、デンゼル・カリーはこのように説明する。フロリダはキャロルシティ出身、まもなく22歳になるこのラッパーは、XXL誌の〈2016's Freshmen Class〉にも選出された有望株。同郷の先達にあたるスペースゴーストパープとの共闘やビーフ(現在は解消)でその名を記憶している人もいるだろう。件の『Imperial』は当初ミックステープとして出され、その後(一部の曲を差し替えて)正規アルバムになったもの。その評判を跳ね上げる原動力となったハードな“ULT”は、ある種のリスナーには耳馴染んだビッグ・チューンとなった。

DENZEL CURRY Imperial C9/Loma Vista/HOSTESS(2017)

 そんな旬の男を育んだキャロルシティは、かのリック・ロスを輩出した地。発砲事件を目撃した翌日に学校でその銃撃犯に出くわすような環境に身を置きながらも、一時はデザインを学んでいたというデンゼルは、早くからミックステープを通じて自身のアートをラップに見い出していた。16歳で発表した『King Remembered Underground Tape 1991-1995』(2011年)などの初期作ではスリー6マフィアを無邪気に真似た作法も初々しい。が、少年時代からルーペ・フィアスコナズMFドゥームらの作品に親しんできた彼のセンスは、後にC9(クラウド・ナイン)へ発展する仲間たちや、先述のスペースゴーストパープが率いるレイダー・クランとの活動を通じ、個の尖った表現を急速に開花させていくのだった。

 「マイアミのアート・シーンと、仲間内でいちばん若いメンバーとして友達と遊び回った経験が、俺のクレイジーな生活へ至る奔放な世界の幕開けだったよ」。

 レイダー・クランといえば、2010年代初頭にはLAのオッド・フューチャーやNYのエイサップ・モブと並んで強い影響力を誇ったコレクティヴ。クラウド・ラップ世代なりのサザン・ドープを醸造する持ち味はデンゼルの嗜好にも直結するものだったが、やがてクルーを離れた彼は、C9を組織して初の公式アルバム『Nostalgic 64』(2013年)を完成する。アウトキャストへの憧憬も露わなジャケが示唆する美意識の注ぎ込まれた同作は、「俺はそれまでの時点ですでに明るい面は見ていたんだ。でも、自分の暗い面に本当に焦点を当てるようになってから、俺の音楽は急速に変化していった」と話す通り、芸術的な洗練と同時に内面へ踏み込んだサイケな快作として高い評価を獲得。ロフティ305メトロ・ズーの援護もあって大きく名を広めた彼は、その後のダブルEP『32 Zel/Planet Shrooms』(2015年)でシンセ主体の音作りへ野心的に転換するが、同作に対する低評価への反動が『Imperial』での大爆発に繋がった。

 「『32 Zel/Planet Shrooms』の受け取られ方は、作品に対する人々の判断を曇らせた。俺が言おうとしていることを誰も理解していないように感じたからさ。誰も俺が『Nostalgic 64』を超えられると思わなかったんだ」。

『Nostalgic 64』収録曲“Threatz”
『32 Zel/Planet Shrooms』収録曲“Ice Age”
 

 評価の是非はともかく、ここにきてフィジカル化された『Imperial』の出来映えは、結果的に『Nostalgic 64』を超えるものになった。先述の“ULT”をはじめ、大半のトラックはC9の盟友ロニーJと、ジム・ジョンシンの配下で名を売ったFNZウィズ・カリファエイサップ・ロッキー他)が担当。自信たっぷりの粗削りなフロウと全体を支配するモブいノリに、騒快さで圧倒されながらも力任せな印象を受けないのは、表現の底に醒めたクールネスがドロリと沈殿しているせいだろうか。全体を身内で固めつつ、剛毅な“Knotty Head”ではリック・ロスと渡り合い、“Zenith”では同世代のジョーイ・バッドアスを迎えて伝統的な90年代ヴァイブに浸るなど、自身の影響源が素直に投影されているのも好ましい。

 「俺は自分じゃない何かにはなれなかった。曲の中で嘘をつけば、いずれ誰かが俺のデタラメを見抜くだろう。そんなことを許すつもりはないね。だったら、できる限り率直なままにするほうがいい」。

 先人からの影響と表現への愛を糧にメインストリームへと歩を進める気鋭のアルティメット野郎。“Good Night”に登場しているネルとトウェルヴレンらC9構成員の動きも含め、この先の逞しい飛躍に期待していきたい。

 


デンゼル・カリー
95年生まれ、フロリダはキャロルシティ出身のラッパー。小学生時代にラップを始め、MCバトルなどで活動する。高校進学後の2011年に最初のミックステープ『King Remembered Underground Tape 1991-1995』を公開。スペースゴーストパープ率いるレイダー・クランに加入し、『King Of The Mischievous South Vol. 1』『Strictly For My R.V.I.D.X.R.S.』とミックステープを重ねていく。2013年にリリースした初のオフィシャル作『Nostalgic 64』で脚光を浴び、2015年にはEP『32 Zel/Planet Shrooms』を発表。2016年3月のミックステープ『Imperial』を元にしたセカンド・アルバム『Imperial』(C9/Loma Vista/HOSTESS)を同年10月に発表。このたびその日本盤がリリースされたばかり。