名もなき作家と未来をみすえる編集者によってアメリカ文学のベストセラーが生まれるまで
1929年、ニューヨーク。一人の男が雨に打たれながらスクリブナーズ社のビルを見上げている。そのビルの中のオフィスでは、一人の編集者が黙々と原稿に朱を入れている。冒頭、この二人の男が交互に映し出される。オフィスの書棚に並んでいるのは、フィッツジェラルドの『楽園のこちら側』『グレート・ギャツビー』、ヘミングウェイの『日はまた昇る』……。その編集者マックス・パーキンズのデスクの上に、膨大な量の原稿がどさりと置かれる。出版社のビルを見上げていた作家のトマス・ウルフが書いた小説だ。その原稿を帰りの列車の中で読み始めたパーキンズは、妻と娘たちとの夕食後もひたすら読み続け、翌朝の出社途中の車中で読み終える。そして、満足げな微笑みを浮かべる。
本作が映画監督としてのデビュー作となるマイケル・グランデージは、演劇やミュージカルの世界では大きな実績を誇る芸術監督で、音楽担当のアダム・コークも主にミュージカルの世界で活躍してきた作曲家。それだけに、冒頭のシークエンスは10分弱あるが、あたかも小説の朗読とジョージ・ガーシュウィン風の音楽を主体としたミュージカルのように淀みなく、まさしく流れるように繰り広げられる。この演出に加えて、20年代のNYの街並みを再現した落ち着いた色調の映像も見事で、すぐに映画の中に引き込まれる。
『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』は、78年に出版された評伝『名編集者パーキンズ』をもとにして作られた作品だが、この映画ではパーキンズと、37歳で夭折したトマス・ウルフの関係に焦点があてられている。
パーキンズには娘が5人もいるが、息子を欲しがっていた。それだけに彼は、ウルフを手塩にかけて立派な作家に育て上げようとする。パーキンズは、作家トム・ウルフの生みの親であり、父親といえる。だからこそウルフは、やがてパーキンズから離れて、別の出版社と組む。父親を乗り越えて、自立した「男」になる――これはアメリカ文学の大きなテーマだ。『ベストセラー』は、このテーマに基づく哀しくも美しい 「父子の物語」である。