クァンティック、ニディア・ゴンゴラによる伝統の刷新

 南米大陸の北西部に位置するコロンビアは東はカリブ海に西は太平洋にそれぞれ面している、それをわかつのはパナマ地峡だが、コロンビア国内にはアンデスに連なる三つの山脈が爪痕のように南北に走る入り組んだ地形をしている――だけでなく、人種構成もさまざまで、メスティーソもムラートもいる。ヨーロッパ系白人の移民の歴史もながいし、日系をふくむアジア系の入植者もすくなくない。アフリカ系住民は大西洋のむこうからの奴隷の末裔で、彼らはカリブ海側の熱帯低地に居住することが多く、ひとくちにコロンビアといっても地域ごとに風土も気質もちがい、したがって音楽もちがう。内陸部にはパンブーコやパシーロといった白人系のリズムがある一方、カリブ海沿岸にはアフリカ由来のリズムがうねっている。もっとも有名なのはクンビアだがこのリズムはどこから来たのか、なにに由来するのか、いまもって定説はない。ムツムツズンドコなクンビアの、ひと昔前ならイナタいというほかない2拍子のグルーヴは10年ほど前の電化をきっかけに、(広義の)ベースミュージックにも似たパーティ兼リスニング・ミュージックにもっさりとうまれかわった。台風の目はアルゼンチンのレーベルZKKだったが、その機運は英国のデーモン・アルバーンやマーラ、サウンドウェイやオネスト・ジョンズなどのレーベルがアフリカや中南米に視点を転じていったのと同調するふしもあった。

QUANTIC, NIDIA GÓNGORA 『Curao』 Tru Thoughts/BEAT(2017)

 クァンティックことウィル・ホランドの15年をその流れに位置づけてみよう。『The 5th Exotic』でデビューしたのが2001年、順調に作品をかさねたこの英国人プロデューサーはおりからのトロピカル志向が昂じて、2007年コロンビア第三の都市カリに移り住むことになる。フラワリング・インフェルノやコンボ・バルバロ名義での作品はその有機的な成果のひとつであり、なかでも2009年の『Tradition In Transition』は非西欧圏の音楽言語をもちいつつラウンジーなダンス感覚をひきだしている。『Curao』は『Tradition~』にも参加したニディア・ゴンゴラを大々的にフィーチャーした、その各論ともいえる試み。ホランドはこのアルバムで、カリの南西に位置するニディアの故郷であるティンビキの伝統音楽クルラオを題材に選んでいる。独唱とマリンバの伴奏とチャント風クワイアが特徴のクルラオを、ホランドはモダーンなプロダクションに混ぜ合わせる。ときにそれは土っぽさを脱臭する反面、デジタル・クンビア的なグルーヴを強調しもする。なにより、スペイン語圏では唯一レゲエと親和性の高いコロンビア音楽のリズムを精確に見抜いているのは耳の研鑽の賜物か。