決して派手な作品でもなければ、音楽的なトレンドに乗った作品でもない。だが、クァンティックことウィル・ホランドがコロンビア人シンガー、ニディア・ゴンゴラと作り上げた共演作『Almas Conectadas』は、冒険心に溢れた素晴らしい作品である。ラテンとソウルがNYの地で混ざり合い、優美なストリングズを伴いながらヴィンテージな音の世界を描き出すこのアルバムは、20年以上に渡って作品制作に取り組んできたクァンティックにとってひとつの頂点を表すものでもあるだろう。
クァンティックはこれまでにイギリスはブライトンのレーベル、トゥルー・ソウツを拠点にしながら、ヴァラエティー豊かな音楽を創作してきた。ファンクやソウルのふくよかさ、現代のダンスミュージックとしての先鋭性、レゲエ~ダブのディープな味わい。2007年からの数年間はコロンビアに居住し、ニディア・ゴンゴラをパートナーのひとりとしながら彼独自のラテンサウンドを追求してきた。今回リリースされたニディアとの共演作『Almas Conectadas』は、2017年の『Curao』以来、彼女との2作目の作品となる。
そんなクァンティックの作品をこよなく愛してきたのが、ブロードキャスターのピーター・バラカンさんだ。〈派手ではないものの、上質で冒険心のある音楽〉を愛するというピーターさんは、クァンティックの新作『Almas Conectadas』をどう聴いたのだろうか?
QUANTIC, NIDIA GÓNGORA 『Almas Conectadas』 Tru Thoughts/BEAT(2021)
コロンビアの人だったらこういうことはしないだろうというセンス
――クァンティックの作品についてピーターさんはこれまでどういう印象を持っていらっしゃいましたか?
「彼のレコードは好きでラジオでよくかけてます。部外者の立場からコロンビアの土着的な音楽に向き合いつつ、場合によってはレゲエやダブの要素を混ぜている。おそらくコロンビアの人だったらこういうことはしないだろう、という作品を作っていますよね。20年ぐらい前に初めて聴いたゴタン・プロジェクトとちょっとアプローチが近い感じがしました」
――ゴタン・プロジェクトはフランスのグループですよね。
「そうですね。フランスに亡命しているアルゼンチンのミュージシャンと作品を作っていて、ダブの要素もある。当時大好きでした。クァンティック自身はギタリストですよね。コロンビアに行く前にどんな音楽をやっていたのか知らないんです。知っていますか?」
――もともとファンクやソウルをかけてたDJですね。クァンティック・ソウル・オーケストラなど複数の名義でやってますが、ラテン色が濃くなったのはコロンビア移住以降、特にクァンティック&ヒズ・コンボ・バルバロ名義の『Tradition In Transition』(2009年)からだと思います。
「南米のなかでもコロンビアは独特な場所ですよね。彼のレコードを通じて初めてコロンビアのことを意識するようになりました。カリブ海のほうと太平洋のほうで文化が全然違う。そのへんがおもしろくってね。コロンビア音楽のレコードはヨーロッパのいくつかのレーベルからも出てますよね。アナログ・アフリカからはアコーディオン奏者のめちゃくちゃ好きなアルバムがひとつ出ています」
――アニバル・ベラスケスが参加しているアルバム(2010年のコンピレーション『Mambo Loco』)ですね。
「そうです! クァンティックの音はアニバル・ベラスケスと共通するものがありますね。ファンキーで土着的で。
クァンティックのアルバムは作品によってカラーが違いますが、クラブ的なものよりもファンクやレゲエの色が濃いもののほうが好きです。スパンキー・ウィルスンとやった“I’m Thankful”は何よりもラジオでかけてると思います。あの曲はめちゃくちゃ好きですね。
あと、やっぱり『Tradition In Transition』。あのアルバムは本当に好きです。それと、(クァンティック・プレゼンタ・)フラワリング・インフェルノの『1000 Watts』(2016年)。あれに入っている“All I Do Is Think About You”のカヴァー※が大好きで。最近まで誰がオリジナルか知らなかったんですよ。あの曲は誰が歌ってるんでしたっけ?」
※編集部註 オリジナルはスティーヴィー・ワンダー。タミー・テレルの歌唱でも知られる
――アルトン・エリスの息子、クリストファー・エリスですね。
「そうでしたか。すごくいい歌ですよね」
――クァンティックのカヴァーのセンスは、ピーターさんから見てもマニアックなものなんでしょうか。
「そうだと思います。さすがDJだね(笑)。イギリスってラテンが弱いんですよ。少なくとも僕が向こうにいた時代は。暮らしていてもほとんど耳に入らなかった。日本に来てびっくりしたんですよ、ラテンやブラジルの音楽がこんなに人気があるんだって。
ただ、クァンティックがDJをやりはじめた90年代には、イギリスでもラテンが定着していたんでしょうね。それでも、コロンビアの音楽はほとんど聴かれていなかったと思う。クァンティックがどうやってコロンビアの音楽に関心を持つようになったのか、いつか直接会って訊いてみたいですね」