Photo by Don Hunstein (C)Sony Music Entertainment

 

没後30年に甦るエレクトリックベースの革命児

ジャコ・パストリアスのドキュメンタリー映画『JACO』がBlu-rayで登場!

 1970年代半ばから正味10年にも満たない活動期間ではあったが、ジャズファンのみならず多くの音楽ファンを虜にしたエレクトリックベースの革命児、ジャコ・パストリアス。そのジャコ・パストリアスのドキュメンタリー映画『JACO』のBlu-ray DISC(以下BD)がタワーレコード限定でリリースされる。

JACO PASTORIUS JACO〈タワーレコード限定盤〉 トライアングルエンターテインメント(2017)

 本作はアメリカのみならず世界各国で高い評価と数々の賞に輝いた傑作音楽ドキュメンタリーで、日本では昨年12月に東京、大阪、名古屋などの都市部で限定的に上映された。したがって観ることが叶わなかった全国のジャコ・パストリアスのファンも多く、それら熱心なジャコ・パストリアスのファンにとっては待ちに待ったパッケージソフトの発売と言えるだろう。

 映画『JACO』はメタリカのベーシスト、ロバート・トゥルージロが制作総指揮で脚本も担当している。「なぜメタル界のロバート・トゥルージロが制作総指揮を?」と思う方もいるかもしれない。

 本作ではウェザー・リポートやワード・オブ・マウス・ビッグ・バンドでの盟友ピーター・アースキンを筆頭に、ウェイン・ショーターやハービー・ハンコック、マイク・スターン、ヴィクター・ウッテンなど多くのジャズミュージシャンがインタヴューに答えているが、ジャズ界以外からも多くの人物がジャコに対する賛辞や想い出を語っている。ロバート・トゥルージロの他にはレッド・ホット・チリペッパーズのフリーも最も雄弁にジャコを賛美するベーシストの一人であり、他にもスティングやブーツィー・コリンズ、ラッシュのゲディ・リーなどがジャコのプレイから受けた強烈な印象を語っている。本作の最初のほうでは、やはりベーシストでジャコにインタヴューをするジェリー・ジェモットが登場するが、彼は70年代にアレサ・フランクリンやキング・カーティスのバックでドラマーのバーナード・パーディーと共に鉄壁のリズムを担っていたグルーヴマスターである。つまりジャズミュージシャン以外にも、ロックやソウル界のベーシストたちがジャコに対する熱い想いを語っている点が素晴らしい。

 これは本ドキュメンタリーのプロデューサーがロバート・トゥルージロ(ヘビーメタル界のトップベーシスト)で、監督のスティーヴン・キジャックが『ストーンズ・イン・エグザイル ~「メイン・ストリートのならず者」の真実』や、X JAPANのドキュメンタリー『We Are X』を手がけた人物ということも関係しているだろう。ではあっても、ジャズミュージシャンのみならず、あらゆるジャンルのミュージシャンの心にジャコのベースプレイは強烈に響いたということではないだろうか。ジャズミュージシャン以外ではジョニ・ミッチェルの話も興味深かった。ジャコがジョニ・ミッチェルのアルバムに参加していたのは、ジャコのキャリアの絶頂期である1976年から1979年にかけてだが、ジョニが語るジャコ像がまた非常に面白いので、それをぜひ本作を観て確かめて頂きたい。

 本作中でジャコはエレクトリックベースのネックからフレットを取り去って、フレットレスベースを製作した経緯を語っているが、そのシーンで「自分は昔ジャズをやっていたので……」というような話し方をしている。ということは、ジャコはある時期から自分をジャズミュージシャンとは考えなくなったということで、確かにワード・オブ・マウスの頃になるとジャコはあらゆる音楽を自身のビッグ・バンドに反映させている。レゲエ、ジミ・ヘンドリックス、ラテン、カリプソetc. それはジャコ・パストリアスという音楽家を育み、彼の音楽性が開花したフロリダという土地柄が大きく関わっていることが本BDからよく理解できるはずである。

 カリブ海に張り出したフロリダ半島には、カリブ海に点在するいろいろな島国に生まれたカラフルな音楽~ジャマイカのレゲエ、キューバのラテン、トリニダート・トバゴのカリプソやスティールパンによる演奏など多様な音楽が溢れていた。もちろんアメリカのジャズやR&B、カントリーなども盛んに演奏されていたが、ジャコはそれらを分け隔てなく聴いていたことが本作を観るとよく分かる。ジャコは7~8歳の頃にトランジスタラジオから流れてきたキューバのラテン音楽の魅力に取り憑かれた。早速ボンゴを叩きだしたジャコの興味はやがてドラムに移り、腕を骨折してからはベースに転向という流れである。最終的にエレクトリックベースに落ち着いたジャコだが、多分どの楽器を選んでも天才的にプレイしたであろうことは想像に難くない。

Photo by © Tom Copi

 これもジャコ・パストリアスのファンならばご存知と思うが、1976年に『ジャコ・パストリアスの肖像』でソロデビューするかなり前に既にジャコの驚異的なベース奏法は確立されていた。ジャコの最も古い正規録音とされる1974年リリースの『ジャコ(Jaco)』と、1976年にECMからリリースされたパット・メセニー『ブライト・サイズ・ライフ』を聴き比べても、ジャコのテクニックの凄さは一聴瞭然で、既に両アルバムでしっかり自分の語法でプレイしていることが分かる。この両アルバムにはパット・メセニーも参加しているが、1974年『ジャコ』におけるパット・メセニーのプレイは、誰が弾いているのか分からない普通のギタースタイルなのに対し、1976『ブライト・サイズ・ライフ』になると一聴してパット・メセニーらしさが横溢となる。つまりパット・メセニーが普通の凄腕プレーヤーならジャコは異常なまでの凄腕プレーヤーということなのであろう。

 ジャコは「みんな俺のことを、ジャズをプレイする人間と思って、ロックのレコーディングに呼んでくれないんだよ」と語るのも面白い。ジャコは1976年に元モット・ザ・フープルのイアン・ハンターのアルバム『流浪者(All American Allen Boy)』で全編驚異的なベースをプレイしているが、できればロックやR&B、ラテンといった音楽でももっとジャコのプレイが聴きたかったというのが私の本音だ。

 その後ジャコは持病の双極性障害(躁鬱病)を悪化させて奇行が目立つようになるが、それは単に病気のせいというよりは、自由奔放で純粋なジャコの気持ちを理解しないレコード会社やバンドリーダー(誰とは言わないが)がジャコをドラッグやアルコールに走らせたと考えるのが正しく、このあたりの事情も終盤になると詳しく伝えられる。

 劇場上映バージョンに加えて、映画本編ではカットされた豪華ミュージシャン、アーティスト、関係者たちが集結した特典映像の100分も見応え十分。「既に映画館で観たよ」という方であっても、熱心なジャコのファンならば素晴らしい特典ディスク付の本BDはマストバイである。

 

『1982 NPRジャズ・アライヴ! レコーディング』が素晴らしい音質でのリリース!

 追加情報として、ジャコ・パストリアスのファンならば狂喜乱舞間違いなしの、2枚組ライヴCD(と3枚組のLPレコード)がキングインターナショナルからリリースされることをお伝えしよう。

JACO PASTORIUS Truth, Liberty & Soul-Live In NYC: The Complete 1982 NPR Jazz Alive! Recording Resonance Records/King International(2017)

 『ジャコ・パストリアス/ライヴ・イン・ニューヨーク~コンプリート1982 NPRジャズ・アライヴ!レコーディング』は、ジャコ・パストリアス・ワード・オブ・マウスのNYクール・ジャズ・フェスティヴァルにおける超お宝ライヴアルバムである。演奏はNPRの放送音源だがアナログ24chでマルチトラック録音された極上ハイクォリティ音質というところに驚いて頂きたい。このライヴは放送されたので、既に劣悪なエアチェック海賊盤が出回っていて、演奏に関しては文句なしの折り紙がつけられていることは一部で知られていた。それが今回極上音質で、しかもエアチェック海賊盤よりも40分も長い完全版としてリリースされるのである。ビッグ・バンドの迫力の中に浮かび上がるジャコの超絶技巧。ピーター・アースキン、ランディ・ブレッカー、ドン・アライアス、トゥーツ・シールマンス、そしてオセロ・モリノーのスティールパンと、ワード・オブ・マウス・ビッグ・バンドの魅力が細大漏らさず収められた、後々超名盤と語られるに違いない作品と言って間違いない。BDと共に絶妙のタイミングで登場したこちらのディスクもマストバイである。

 


Jaco Pastorius(ジャコ・パストリアス)[1951-1987]
1970年代半ばに突如現れたエレクトリック・ベース・プレイヤー。1976年に人気ジャズ・フュージョン・グループのウェザー・リポートにベーシストとして加入。同年に発売したファースト・ソロ・アルバム「ジャコ・パストリアスの肖像」が世界中を驚嘆させる。彼の独特な演奏は、単なるリズム楽器だと思われていたエレクトリック・ベース・ギターのソロ楽器としての可能性を広げることとなり、音楽の世界に多大なる影響を与えた。

 


寄稿者プロフィール
和田博巳(Hiromi Wada)

1967年から2年ほど新宿にあったコアなジャズ喫茶「DIG」に勤務。1970年に高円寺にジャズ喫茶、その後ロック喫茶となる「MOVIN’」をオープン。1972年、ロックバンド「はちみつぱい」にベーシストとして加入。その後レコーディングディレクター、プロデューサーとして数多くのアルバムをプロデュース。2000年以降は、オーディオや音楽に関する評論や文章を「ステレオサウンド」他に寄稿。近年は音楽&オーディオ評論家としての活動の外に、SACD/CD、ハイレゾ、アナログレコードの制作、復刻を行う。さらに、復活した「はちみつぱい」のメンバーとしてライヴ、レコーディングにも注力。