(左から)大塚智之、夏目知幸、菅原慎一、藤村頼正シャムキャッツが6月21日(水)にリリースする新作『Friends Again』を指して、〈何の変哲もないロック・アルバム〉と形容することは、いささか誤解を生むだろうか。では、こう言い換えてみてはどうだろう。4ピースのロック・バンドとしての真髄を突き詰めた、新たな名刺代わりの一枚。そう、巧みなストーリーテリングとメロウネスで確固たる位置を築き上げた連作『AFTER HOURS』(2014年)、『TAKE CARE』(2015年)から早3年近く、溢れんばかりの実験精神を注ぎ込んだ昨年の2タイトル“マイガール”と『君の町にも雨はふるのかい?』を経て遂に完成した同作は、シャムキャッツというバンドの骨子を顕わにしたアルバムだ。
夏目知幸がエレキをアコギに持ち替え、菅原慎一はギターを重ねない――レコーディングを行ううえで、バンドはシンプルな制約をアンサンブルに課したという。その簡素さゆえに、4人が向き合って演奏している姿をありありと思い浮かべることができる。つまり、彼らが〈ファブ・フォー〉と呼ばれる所以のバンド・マジックが全編にわたって込められているのだ。と言いつつも、シングル“マイガール”で彼らが探求したライヴ感溢れるラフなサウンドというわけではない。むしろ、各パートの連なりは、リアル・エステイトを彷彿とさせる数学的とでも言うべき端正さで組み立てられており、熟孝を重ねたうえで、可能な限り丁寧に作られたと思しき作品でもある。
そして、今作における最大の特徴は、夏目知幸が主役を張ったアルバムではないということだ。菅原がメイン・ヴォーカルをとる局面がこれまででもっとも多く、特に今作中もっともアンセミックな楽曲“Riviera”が彼の作品であることは、バンドのそうしたモードをシンボリックに表しているだろう。また、ラヴ・ソングのようであり、友情を綴っているようでもあるリリックには、〈Friends Again〉というテーマが映し出されている。だからこそ、今作は一聴〈何の変哲もないロック・アルバム〉のようでいて、〈シャムキャッツという4人組そのもの〉を音像化したアルバムだ。彼らにしか鳴らしえない音楽をナチュラルなタッチで研ぎ澄ませた同作について、メンバー全員に話を訊いた。
シャムキャッツの強みはメロディーと4人の演奏
――アルバムを聴いて最初に感じたのは、ようやく夏目さんがバンドのプレイング・マネージャーであることを卒業できた作品なのかな、ということでした。
一同「おー」
夏目知幸(ヴォーカル/ギター)「そうそう。わかるもんなんですねー(笑)」
――4人全員がほぼ均等の位置にいて四角形を描いている――そうしたバンドの良い関係性が表れているアルバムだなと。だから、『Friends Again』というタイトルがすごくしっくりきた。夏目さんは前回のインタヴューでも、〈自分たちは友達なんだ、という気持ちで次の作品が作れたら良いなと思っている〉と語ってくれていましたよね。
藤村頼正(ドラムス)「これまでリリースしてくれていたPヴァインを離れ、去年にTETRAという自主レーベルを立ち上げたことで、自分たちでしっかり考えたり話し合ったりしながら、良い作品をどんどん作っていこうという意識を高めたんだけど、それが仕事になりすぎても良くないじゃないですか? そうなるとバンドとしての魅力や今までの感じも失われていっちゃうと思うし、バランスをとるためにも〈友達じゃなくちゃいけないな〉という気持ちが強くなってきたんですよ」
――ビジネスライクな関係になっちゃいそうなムードもあったということですか?
夏目「うーん、そういう感じじゃないんだけど、レーベルをやりつつバンドをやると、表現者として担うソフトの面だけじゃなく、音楽を作る以外の実務的な作業――ハードの部分もやらなきゃいけなくなった。(TETRAの立ち上げ以降は)俺以外のメンバーもそういう仕事をすることが増えたんですね。でも、みんなでハード面を分担していくうえで、ソフトであるべき場所までちょっと硬くなっているな、という感じもあったんです。それが自分としては大きかったな」
――ハード面を上手く回すためには、効率化やコスパを考えなきゃいけない面がある。でも、その考えがクリエイティヴな部分にまで浸みてしまうのは、違うんじゃないかということ?
夏目「そう! さっきプレイング・マネージャーと言われたけど、それまでは俺が〈こうじゃないといけない〉〈こうしたほうがいいんじゃないか〉というのを考えすぎている気がして、それは全部取っ払ったほうがいいよなというのはあった。友達同士ってつまり全員がソフトであること、全員が勝手な個体であることだから」
――実際に〈Friends Again〉というテーマを持つことで、変化していった面は?
菅原慎一(ギター/ヴォーカル)「単純に、その言葉があるだけで結構ラクになれた面はあって。僕の場合は、この2人とは全然違って、もっと前の段階から仕事みたいになっていたんです。それは作業面の話ではなくて、同じ物事を続けていくと、ある程度次に起こることが予想できるようになっていくから。それもあって、僕はむしろ独立できたことが、友達に戻れるきっかけになった。ルーティンじゃなくなったというか」
大塚智之(ベース)「TETRAを作る前から、バンドを続けていくうえではハード面をもっと強固にしていかなければいけないという気持ちは、メンバー全員に多少あったと思うんですよ。実際にそうすべき部分もあったし、それが悪いことではないし。ハードを上手くこなすことでクリエイティヴな部分がやりやすくなった面もあり、逆にハードの部分でも柔軟な考えでやっていくという双方向での良い流れもできた。そのなかで、もっとも自分たちがしっくりくるスタンスが〈Friends Again〉だったんじゃないかな。別に〈友達に戻りたい〉とかそういうことじゃなくて、自然にそこに着いたというか」
――今作は〈Friends Again〉というテーマを言葉とサウンドの双方で具現化したアルバムになっています。そこから逆算して考えると、TETRA以降の2作――“マイガール”と『君の町にも雨はふるのかい?』は、このテーマを表現するやり方を模索していた作品だったのかなとも思えた。
夏目「そうじゃないかな。『AFTER HOURS』と『TAKE CARE』は、僕が理想形を持っていって、みんなにそれをプレゼンしてという流れだったんですよ。そこを経て、もうちょっとバンドとしてロックをやりたいんじゃないかという感触もあって、結構気を使って進めていたんですよね。かつ、周りからの期待にもアンサーを出さなきゃいけないし、何をやったらいいのかがわかんなくなっていた。で、わかんないなりにがんばっていたのが去年かな。自主レーベルでこじんまりとした曲を作っていたら、〈目の前の日常、素晴らしいよね〉というだけのバンドになってしまう気がして、そういう怖さもあったから、ヒット曲っぽいものを出さなきゃいけないというプレッシャーも感じていたし。なるべくハデなものを作らないといけない気がしていたんですよね」
菅原「夏目が〈次はギターを歪ませる〉と言っていたのをメチャメチャ覚えていますね。あと、〈魂を燃やしたい〉とも言っていたな(笑)。僕たちはオーソドックスなフォーマットのバンドじゃないですか? そのうえで、そんな普通のロック・バンドがどういうやり方で攻めていくのかを模索した1年だったと思います。音を歪ませたり、バウンシーなリズムをやってみたり、90年代のバンドをオマージュしたカラフルな絵の具を塗るミュージック・ビデオを作ってみたり。振り返ると、必死だったんでしょうね。独立して、もがき続けながらも足は止められないし、なおかつ良い曲も書かなきゃいけない。そういったところでは、夏目に負荷を担わせていたのかとも思う。個人的には、後に引いていた1年だったな」
藤村「菅原が後に引いていたというのは?」
菅原「うーん、結構バンビ(大塚)に任せていた(笑)。インタヴューもあえて僕は行かなかったし、そのへんの4人のバランスをどうすべきかを考えていましたね。あと、一回みんなにも話したんだけど〈誰に向かってやっているのかがよくわからない〉という気持ちもあった。何をしたいのかもわからないし、リスナーとして好きな音楽と自分が演奏している音楽、周囲から求められている音楽がすべてバラバラで」
夏目「それは俺も一緒だったな」
――それによって追い詰められているような瞬間もあったんですか?
菅原「いや、そうじゃないかな。むしろ、それは楽しかった」
夏目「躁状態っていうか。やれることも技術的に増えているし、やりたいことも増えているし」
――確かに、シャムキャッツが昨年リリースした2作で提示した8曲は、パワフルなロック・ナンバーやリズム面で挑戦した楽曲もあれば、フィル・スペクター的なサウンドを志向したポップソングもあればと、音楽的な方向性は見事にバラバラでした。あの散らかり方を躁状態とは言い得て妙だなと。
夏目「フフフ(笑)。逆に今からあれをやれと言われてもできない」
大塚「ああなったとしか言いようがない(笑)」
藤村「みんなでひたすら掻き混ぜていた感じはあるよね」
夏目「あの作業を経て、あんなに散らばったからこそ、逆にバンドの骨がどこにあるかを掴めたような気がする。ブレないところが見えてきた」
菅原「ブラしまくった結果ね(笑)」
大塚「この柱は大丈夫だった、みたいな」
――その柱とは?
夏目「うーんとね、その柱だけで作ったのが『Friends Again』なんだよね。家で言うと、骨組みだけで出来ていて、過度な装飾がなされていない状態。各々がどんな演奏をしているかが目に見えて、メロディーがすごく伝わる。柱とはそこのことかな。海外に行った※のも結構デカくて、〈音楽って言葉が伝わらなくても演奏とメロディーだけで十分強いんだな〉とわかった。それが、はっきり出るものを作りたいなというのは、『君の町にも雨はふるのかい?』のツアーをしている最中に思ったんですよね。シャムキャッツの強みはメロディーとバンドでの演奏なんだと気づいた」
※シャムキャッツは2016年10月に台湾と韓国公演を行った
菅原「今回、アンサンブルを作っていくうえでのテーマは、オーヴァーダビングをしないということ。だから、演奏している様子が見える作品になっていると思います。そのぶん、個々のプレイヤーのクセがめちゃくちゃ出ていて、ぱっと見は柱が1本立っているだけに思えても、凝視すると〈この釘の打ち方、めっちゃ独特だわ〉〈このニス塗りはこだわっているな〉とかそういう感じ(笑)。その意識は“マイガール”のときからあったんだけど、まだどこで具材を買ったらいいかをわかっていなくて、〈とりあえずAmazonで買うか〉って状態だったんですよ」
大塚「そのたとえ、わかりやすいの(笑)?」
――ハハハ(笑)。夏目さんが『君の町にも雨はふるのかい?』ツアーの話をしてくれましたが、同ツアーのファイナルにあたる今年2月3日のLIQUIDROOMでのライヴは素晴らしかったです。シャムキャッツのそれまでのタームをすべて包括するパフォーマンスだったと思うし、ようやくこの人たちは前に進めるんだなと思って、すごく感動したんですよ。
夏目「去年は、作品作りにおいてはとっ散らかっていたんですけど、ライヴはずっと充実していた気がする」
菅原「してたね。僕もLIQUIDROOMが終わったとき、今言ってくれたことと同じ感想を持ちました。次も良いアルバムが作れそうだなって、漠然と思えた」
――あの日のライヴでは、オーディエンスから『AFTER HOURS』『TAKE CARE』のシャムキャッツを求められなくなったという印象を受けたんですよ。
一同「あー」
菅原「自分たち自身もしばらく『AFTER HOURS』と『TAKE CARE』に引っ張られていたと思う。それは別に悪い意味ではなく、やっぱりセットリストに“AFTER HOURS”や“GIRL AT THE BUS STOP”は入れたいんですよね。でも、乱暴かもしれないけれど、僕はバンドがやりたいことに毎回お客さんが100%で付いてこなくてもいいとも思っているんですよ」
夏目「俺もそう思う」
菅原「〈シャムキャッツ、また違う感じできたね〉とよく言わるけど、それくらいのペースでやっていくのが健全なのかなって」

めざしたのは、普通のロック・バンドの普通の良い曲
――なるほど。今作の全体像が見えてきたのは、いつぐらいだったんですか?
大塚「今年の1月頭に夏目と菅原が今作のデモを数曲まとめて持ってきたんですよ。俺はあれがきっかけだと思うな」
菅原「その日までに、夏目は何曲、菅原は何曲みたいに締め切りを設けたんですよね」
大塚「それを、みんなでただ聴く会をして。そのときになんか〈わかった〉って感じ(笑)。みんなで聴いて、〈あ、オッケー〉となったんだよね。腑に落ちたというか。〈Friends Again〉というキーワード自体は、9月くらいから夏目が口に出していたんだけど、俺はベースだし歌詞や楽曲の装飾的な面にはそこまで関与しないから、キーワードだけでは自分が実際にどう弾くべきかまではわからなかった。だけど、デモを聴いたときに、このスタイルは確かに〈Friends Again〉だなと思った」
藤村「2人のデモが良い意味でイメージ通りだったんですよ。夏目の曲に関しては、〈あ、無理してないな〉と思ったな。すごくナチュラルな曲を持ってきたという印象があって、それが良かった。ここから4人で作り上げていけば良いのが出来そうだなって」
大塚「今回のアルバムに、去年のシングルとEPの曲は入ってないじゃないですか? 俺はずっと〈なんで入れないの? 入れようよ〉と言っていたんですよ。それが、2人のデモを聴いたとき〈あ、入れなくて大丈夫〉となれたんだよね。だから、まとめて8曲くらいを一気に聴けたのが良かったのかもね。メンバーが一堂に会してという聴き方も」
菅原「そのやり方も初めてなんですよ。僕にとってもあの発表会は大きかったな。夏目が考えていることが、結構自分と近いなと思った。それまでは、僕がシャムキャッツで曲を作るにあたっては、役割的に夏目がやってないこと、今のバンドに足りないことをやろうという意識が強かったんですよ。今回はスタートラインが同じところから作って、〈あー、一緒だね〉って」
大塚「菅さんも、今回は自分がやりたいことを提示しただけなんだよね」
菅原「そうそう。夏目も僕も普通のロック・バンドの普通の良い曲をめざしていたんだよね。ドラムがあって、ベースがあって、ギターがあって、歌があるという」
――夏目さんの曲は、歌詞も節回しもこれまででもっともソロのパフォーマンスに近い気がしました。彼のファニーな魅力が気負いなく出ている。
一同「うんうん」
――一方で、菅原さんの曲はシャムキャッツの一員としての菅原慎一を打ち出した印象。漢っぽくて格好良い感じ。
菅原「あー、それは嬉しい」
藤村「今回、菅原は強い歌詞を書いてきたよね」
菅原「僕のなかではこれが今回の普通だったし、自然にやれたんですよ。今回は本当にバンドのために書いたかな」
大塚「でも、夏目もそうじゃない? 夏目のソロすぎない曲にはなっているし」
菅原「ただ、夏目は前に〈いままでバンドのためにある程度気を使って曲を作ってきた〉と言っていたんだけど、今回はそうじゃない作り方でやれたのかなという気がする」
夏目「俺は、今回は絶対に何も背負わないと決めたんですよ。ある意味で敗北宣言ですけど、もうシングルとか作るのは無理ってなったんだよね(笑)。そういう作業、実は好きじゃないし諦めちゃおと思ったんです。でも、8曲くらいバンドで出来たときに〈これじゃまだアルバムにならないから〉と、がんばって追加で3曲作って持っていったんですよ。そこで、菅原から〈この3曲を入れると、バンドでせっかく作っていたアルバムなのに、夏目のソロ・アルバムみたいになっちゃうような気がする〉と言われて。俺、最初は意味がわからなくて、〈いやいや、それだったらお前が3曲くらい書いてくればいいじゃん〉と思っちゃったんだよね」
藤村「そこで、珍しく2時間くらい言い合いになってたね」
菅原「この際、思っていることを全部伝えようとなったんですよ」
夏目「そうそう。そこで、菅原に〈夏目が本当に考えていることを口に出していない気がするんだよね〉言われて。俺は〈いや、思ったことを言ってるけどな、バンドにはこれが必要だろうと思ってこれまでも言ってきたのになー〉とちょっとしょんぼりして家に帰ったんですよ」
――うんうん。
夏目「で、家に帰ってちょっと考えていたら、〈あー、俺また最初にやらないと決めていた背負う感じをやっちゃっていたな〉って。菅原の言葉は〈夏目はそういうことをやりたくないんじゃないの? 無理にやってもバンドがおもしろくなくなっちゃうんじゃない?〉というメッセージだなと思った」
菅原「いや、ホントにそうだよ」
夏目「そこで、〈言われてすごく軽くなったわー〉みたいなやりとりがあった」
――実際、今回のアルバムでは、夏目さんはプレイング・マネージャーを降りたどころか、菅原さんに背番号10を譲った印象さえもあって。それくらい、菅原さんの楽曲が強いんですよね。
夏目「うんうん」
菅原「僕、サッカーわかんないからピンとこないや(笑)。ただ、友達感覚で良い感じにやれるようになったという気はしているんだよね」
夏目「でもね、言われたとおりだと思うよ。昔からちょっと逆にコンプレックスというか、なんかやるとなると絶対に代表とかをやらされるんですよ、俺は」
一同「ハハハハ(笑)!」
菅原「でもね、そういう空気になるんですよ。僕はつねに中学のときから夏目の2番目にいたんで。バレーボール部でも生徒会でも(笑)」
夏目「そうなっちゃうと、自分のやりたいことよりも空気を読んでみんながいちばん楽しい方向に行くしかないっていうか。俺はそれを一生やり続けるのがイヤだなと思って、就職せずにバンドをやったんですよ。〈よし、やっと俺は世の中に1つのソフトとして、1個の素材として出て行けるぞ〉ということが自分の気持ちを軽くしてくれたはずなのに、結局なんだかんだやってんなというのが……」
藤村「もうカルマでしょ」
菅原「でも、そうやって注目される才能は素晴らしいと思いますよ」
大塚「メンバー同士でそういうことを言うのはやめようよ(笑)」
菅原「いや、それがフロントマンだと思うし、それに惹かれて僕らも集まってきているわけだしさ」
夏目「バンドの言いだしっぺとして、やらなきゃいけないというのもあったけど、〈これではもうもたないな〉と思っていたんです。そんなことを考えているうちにツアーがあり、いざやってみると〈このバンドで俺がさらっと歌えば、それだけでもうみんなが感動するんだな〉と思ったんですよ。だから、もういいや、それだけやってやれって。〈俺がしっかりしてなきゃ〉とか、〈俺がやらないとおもしろくならないかも〉とか背負っちゃっていたけど、レーベルを立ち上げてみるといろいろ役割分担できるようになっていったし、いまはライヴのセットリストもバンビがほとんど決めているし、〈俺がしっかりしてなくても全然いいや〉となれた」
――実は“マイガール”と“すてねこ”の延長線上で、もっとロック・アルバムになるんじゃないかと思っていたんですね。
夏目「でしょうね」
――それが、意外や意外、非常にフォーキーなアルバムになった。その印象に貢献しているのが、夏目さんがエレキでなくアコギを弾いていること。今回、夏目さんがアコギを持つという雛形になった1つが“マイガール”のリリース時に行ったタワレコ新宿店でのインストア・ライヴなんじゃないかなと思ったんですよ。あの日は夏目さんがアコギを弾いていて、小気味良いリズム感がすごく新鮮だったから。
夏目「確かに、あの日のライヴはちょっとある! アコギでもロックをやれるという手応えがあったからね。どうして自分がアコギになったかというと、菅原との役割分担をハッキリさせたかったから。エレキ2本よりも1人はアコギのほうが、どっちが弾いているかわかりやすいだろうって。そういうのはアコースティック・ライヴで常々感じてきたことで、〈アコースティックだと歌がよく聴こえるね〉とよく褒められていたんですよね。新宿店のインストア・ライヴは楽しかった覚えがあるな」
――なるほど。アルバムの通奏低音として、リアル・エステイトやウッズらとの共振性を持ったオルタナ・カントリーやアメリカン・ルーツ・ロックの要素は感じられるけれど、彼らみたいなサウンドをやろうとしたというよりは、バンドの推しどころを逆算していった結果、そういった音に辿り着いたということなんでしょうね。
夏目「そうそう、まさしく! それをちゃんと言ってくれる人がいて良かった(笑)。何かに憧れてこの方向性に向かったというよりは、自分たちやりたいことを形作っていったときに、この感じは聴いたことがあるなという参照点がいくつか見つかっていき、それが俺としてはサイモン&ガーファンクルやプリティ・シングスの『Parachute』(70年)だったんですよ。そこで、〈なるほど、これだったらやれるかもな〉と。繋がっていると思える音楽がきっかけになったのではなく、あとから勇気をもらったんですよね」
――I.R.S.時代のR.E.M.やリプレイスメンツといった80年代のアーシーなカレッジ・ロックと、それらと同時期にUKで活動していたエコー&ザ・バニーメンやキュアーなどUKのネオ・サイケがサウンドの両輪となっている印象です。
夏目「うんうん、初期のキュアー感をわかってくれたのは嬉しいな。僕は、あんまり明るい作品を作りたくなかったんですよ。なるべく暗い作品を作りたかったんです。結果的に、めちゃくちゃ暗いものにはならなかったけど、作品にどれくらい影を落とすのかでいうとキュアーの初期やR.E.M.は参照点になったし、音の重ね方――装飾をどれだけするのがバンドにとってベストなのかということを考えるうえでの参考にもした。ただ、それに憧れてという態度ではなかった」
――すごくシンプルでオーセンティックなロックなんですけど、今の日本でここまでさらっと音楽をやっているバンドは思い浮かばないし、逆説的にシャムキャッツというバンドの独自性を際立たせた作品になりましたね。
夏目「自分でも完成したものを聴いてたとき、そう思いましたね。どこにもいれない……というか、どこにいるわけでもないけれど、そこらへんに浮いているような作品を作れたと思った。〈これ、めちゃめちゃオリジナルじゃん!〉って感じられたんです。すごくシンプルにバンドで歌モノをやったし、むしろそれ自体は昔の僕がシャムキャッツでいちばん避けていた手法だったはずなのに、結果的には当時思い描いていた、〈どこにも回収されない音楽を作る〉というところに遂に辿り着いたんだなと思った」

恋愛や友情の枠組みを越えたいろいろな〈愛〉について描く
――リズムのループ感も今作の特徴だと思うんですよね。
藤村「今回は熱量をコントロールしたいと思っていましたね。静かに熱を持っているようなプレイをキープしたくて、そういう意味でもフレーズを組み立てるうえで、段階的に盛り上がりがあってみたいなものは避けました」
――その低い温度感でずっと続いていくようなリズム感が、〈Friends Again〉というテーマともマッチしていると思ったんです。いやおうなく時間は進んで行くし、立ち止まることはできないんだけど、過去と現在と未来に確かな連続性を感じさせるというか。
夏目「〈Friends Again〉というテーマを掲げて作品を作るときに、俺がいちばん怖かったのは、アルバムがバンドのドキュメンタリーになってしまうことだったんです。つまり、俺らはちゃんと大人になっているし、〈Friends Again〉というテーマを掲げたうえで、バンドとして〈作品〉を作ろうと思っていた。だから、自分たちの世代だけじゃなくて、なるべく幅広い年齢層のキャラクターが出てくる曲を作ろうと決めたんです。制服を着ている子らが主人公の思春期的な曲があってもいいし、長く付き合ったカップルが別れる、つまり、もう恋人じゃない=Friends Againという曲があってもいい。そういう連想ゲームをしながら曲を作っていきました」
菅原「逆に、僕ははじめて自分の実体験から曲が出来たんです。だから、自分の状況が夏目のコンセプトとバチコンとはまっていた。去年、久しぶりに『AFTER HOURS』の(舞台になった)団地に行ったら、友達が1日がけで一緒に今の団地を回ってくれたんですよ。そのとき、20年間も住んでいたのに、昔と今では見え方が違うなと思った。そして、最後に14階建の最上階に登って、一緒に夕陽を見たんですよ(笑)」
一同「ハハハハ(笑)」
菅原「屋上から見る夕陽がめちゃくちゃキレイで、すごく感動した。そこで、すぐに引っ越して団地へと戻ってきたんです。屋上から見た景色がリヴィエラみたいで、結果“Riviera”という曲が出来た。僕は昔を賛美したいとは思わないし、できることなら上書きしていきたい。だから、地元に戻ることで自分が感じていたことをどんどん更新していけたらいいなという気持ちで、今回は詞を書きましたね。それは僕がバンドのみんなに思っていることとも共通していると思う」
――実際、このアルバムは特定の世代や年齢だけに聴き手を限定する作品ではない。むしろ思春期的な煌めきや好奇心はどんな年齢であっても消えないものだということを提示してくれる作品に捉えられました。それをシンボリックに表現したのが“Travel Agency”の〈スケベでいたい〉という歌詞なのかなと。
夏目「そうだね。歌詞に関しては、とにかく研ぎ澄ませたいと思っていたの。“GIRL AT THE BUS STOP”や“洗濯物をとりこまなくちゃ”でやったみたいな流暢なストーリーテリングじゃなく、印象的なものを作るために、とにかく手数を減らそうとした」
――一方で、今回の菅原さんの歌詞はちょっと固めな日本語で、煙に巻くような暗喩もあって、文学的な印象です。
菅原「今回、急に頼さんからLINEがきて、歌詞を褒められた(笑)」
藤村「“Riviera”の歌詞がきたときに、すごく良いなと思ったんですよ。エモーショナルで色彩感覚も鮮やかで、めちゃめちゃグッときたんですよね」
――確かに“Riviera”には驚かされました。菅原さんがこんなアンセミックな曲を書いたんだ!って
菅原「へー、自分ではピンとこないんですよ。僕が良い曲を作ろうと思って書いたのは、むしろ“Four O’clock Flower”で、“Riviera”はちょっと悩んでいたんですよ」
――Rivieraは突然変異的なアンセム感がありますね。菅原さんにとっての“Don’t Look Back In Anger”になりえる曲だと思う。
一同「うんうん」
菅原「僕、オアシスわかんないからなー」
――メイン・ヴォーカルじゃない人がここまでアンセミックな曲を歌うことはそうそうないと思いましたよ。
菅原「俺、“Riviera”は最初、夏目に歌ってもらいたかったんですよ。だから、自分が歌わないつもりで作った曲というのも関係しているのかも」
夏目「でも、俺は頑なに断ったんですよ。この曲は絶対俺が歌わないほうがいいって」
――今回は菅原さんのヴォーカル・パートも多いから、このアルバムで初めてシャムキャッツを聴く人はメイン・ヴォーカルが2人いるバンドなのかなと思うかもしれませんね。
夏目「そうそう。良い感じですね。俺はそうじゃないともうやってらんない(笑)」
菅原「マジで?」
夏目「もうメイン・ヴォーカルをやる気ないから(笑)」
――ハハハ(笑)。2人のタッチの違いはあれど、今回の曲の多くはラヴ・ソングとも友愛の歌とも解釈できる。その境界線に位置付けようという狙いはあったんでしょうか?
夏目「うーん、あったようななかったような」
菅原「僕はかなり狙いましたね」
大塚「それはラヴ・ソングと友情の歌に境目がないほうがいいと思っているから?」
夏目「あれ? インタヴュアー(笑)?」
一同「ハハハ!」
夏目「1曲目の“花草”は、男の子2人をイメージして作った曲なんですけど、聴く人によっては男女の歌として聴こえるみたいなんですよ。そういうのはおもしろいと思った。そう考えると、俺は狙ってはなかったな。自分のなかでの物語は出来ているけど、受け手が違ったようにもとれる歌詞に勝手になっていた」
――“花草”や菅原さんの“Four O’clock Flower”には、映画「ムーンライト」(2016年)のムードと近い気がしたんですよ。愛とも友情ともとれる関係性と、そこに漂うイノセンスと官能性も描かれていて。
藤村「俺は今回、夏目にいろんな愛について歌ってほしいと言ったんですよ」
夏目「そうだった。そういう啓示を受けたんだった。テーマは〈Friends Again〉だけど、歌うことを友情に絞ると作品の幅が狭まる気がして、もっといろんな感情と景色を描きたいと思っていました。そんなときに藤村が〈広義の愛についていろんな歌を書いてほしい〉って言ってくれて、〈なるほど、わかったぞ〉となったんです」
――アメリカン・ルーツ・ロック的なアンサンブルと、リズムのループ感、ラヴ・ソングとも友愛の歌ともとらえられる歌詞という点で、自分はこのアルバムに、90年代の小沢健二――しかも、『LIFE』のイメージである王子様モードじゃないオザケン、ファーストの『犬は吠えるがキャラバンは進む』(93年)や、“さよならなんて云えないよ”(95年)、“ある光”(97年)あたりが透けて見えたんですよね。
夏目「へー! 実は真逆なんです。僕としては、なるべく小沢健二から離れたいなと思っていた。〈何かを強く信じようとせずにどう生きていけるかな〉って。オザケンを感じさせる言葉は歌詞のなかにも出てくるとは思うけど、今回は本当に全然狙ってなくて、たまたま。今作の歌詞は、他の作家へのリスペクトやリアクションで書いたものは一つもないんです」
菅原「これがね、ややこしいことに僕は“流動体について”の光っている感じには、めちゃめちゃ影響を受けた。特に“Rivieraの”歌詞においては、かなりのインスピレーション源になっていますね。でも、書いているときに夏目が〈避けようと思う〉と言っていて、ヤベ!って」
夏目「俺が〈神様は似合わない〉と歌っていて、菅原が〈神様にお願いをした〉と歌っているのが対比になっているんだよね。俺はね、今回はとにかく現実は甘くない、神様なんていないし〈明るい未来〉はない、だから自分たちでちゃんとやっていくしかないということを、ひたすら描こうと思ったんです。でも、それがもしかしたら『LIFE』以前/以降の小沢健二に近付くことになったのかもしれないな」
――“Travel Agency”では〈暗闇に手を伸ばせ〉なんて歌詞も出てきますしね。
夏目「〈Friends Again〉は〈友達同士のバンドとして曲を作ろうぜ〉というテーマでもありつつ、もっと最大公約数的な言い方をすると〈いちばん近くの人のことをちゃんと見てみよう〉ということなのかなと思うんです。隣にいる人のことでさえ、何を考えているかわからない時代だから」
菅原「Twitterとか見ているとホントにそう思うな」
夏目「とにかく現実で顔を合わせている隣の人のことくらいは、ちゃんと見よう、見たいっていうのが俺は強かったんだよね。だから、歌詞が友情についてなのか、愛についてなのか曖昧になったというのは、そこが根本にあるからなのかも。描かれている隣にいる人が、誰にとってのどんな存在なのかを言及しないようにしたから。ただ、〈隣の人〉がテーマだった」
――夏目さんが、いま伝えてくれたテーマを描いていると思うバンドはほかにいますか?
夏目「うーん、すごく正直に言えば、僕は自分にとってリアルな表現をしてくれているバンドが日本にはいないんですよ。うん、1つもない。だから、自分がやるしかない。良いバンドはいても、良い曲だなと思うことは全然ないな。相変わらず曽我部(恵一)さんはすげえなと思うけど、それくらい。あ、あとラッキーオールドサンは大好きです」
菅原「なんだかんだ、1つのバンドが装備しているものは限られているし、それには世代も関係していますよね。今メインストリームにいるバンドと自分たちとでは世代も違うから、そりゃあ言っていることもわからないだろうなと思う。だから、気にしないで自分たちのやり方で理想を追い求めるしかない。僕は、共感できない/わからないことは良いことだと思う。楽しいし、逆にラッキーだなって」
夏目「カウンターであろうとすることが曲を作る動機にはならなくなりましたね。本音を言うと、バンドはオルタナティヴな存在じゃないといけないと思うし、シャムキャッツはオルタナティヴでありたい。誰かが何かをやっていたら、別の道を作ろうとするのがバンドだと思うから。それは、主流がこうだからとかではなくてね、なんか他の新しい道。だって道が決められているなんて窮屈だし、誰かと一緒のことはがんばってもできないしね」
――でも、おもしろいことに、これまでシャムキャッツが〈EASY〉で呼んできたヴェテランのバンドはみんなそうですよね。KIRINJIしかりGREAT 3しかりGRAPEVINEしかり。
夏目「そう。ほんとにね、また海外の話になっちゃうんだけど、〈どこに行ってもこの人たちしかいない〉という存在にならないと、この先ないなーと思ったんだよね。シャムキャッツはこういう音楽というのを示さないと生きていけない。長く続けておもしろいことをやっていきたいし、そうなろうとしたときに作ったアルバムがこうなった」
――だからこそ、このシンプルなアルバムを携えて、バンドの状況がドンドン大きくなっていけばいくことを願っています。さっき〈普通のロック・バンドをめざした〉と言っていたけど、これが本流であってほしいし、いよいよ〈フジロック〉のグリーンでやるべきバンドになったと思うので。
菅原「そうですねー。毎年出たくてムズムズしていますよ」
夏目「でも、シャムキャッツは、報われないことにはもう慣れているんだよね。ずっと消えない悔しさがありつつも。なんて言うか、敗者の哲学じゃないけど、決して勝ってこなかった人たちのために歌いたいなと思った。菅原が〈誰に向けて俺たちは曲を作っているのかわからない〉と言ったときに、俺はなんとなくシャムキャッツと音楽性は違うけどエレカシが思い浮かんでさ。エレカシはずっと昔から、なんでもない人たちのために歌っている気がするんだよね。勝ってもないし負けてもない人たちに向けて。だから、俺はそうした人生を送っている人たちのために歌いたいんです」
Live Information
〈シャムキャッツ tour “Friends Again”〉
2017年9月16日(土)千葉LOOK
2017年9月17日(日)愛知・名古屋CLUB QUATTRO
2017年9月18日(祝・月)大阪・umeda TRAD
2017年9月22日(金)石川・金沢vanvan V4
2017年9月23日(土)岡山YEBISU YA PRO
2017年9月24日(日)香川・高松TOONICE
2017年9月30日(土)北海道・札幌COLONY
2017年10月6日(金)新潟CLUB RIVERST
2017年10月7日(土)宮城・仙台CLUB JUNK BOX
2017年10月13日(金)福岡graf
2017年10月14日(土)鹿児島SR HALL
2017年10月15日(日)大分AT HALL
2017年10月21日(土)東京SHIBUYA TSUTAYA O-EAST
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