〈点〉から〈線〉や〈面〉の表現へ──常に発明的なサウンドを発信してきた音楽家が、11年をかけて熟成させたメロウなムード。そこには腐食による美にも通じる深い情感が宿っていて……

残ったものはメロウネス

 エディットした音を一音ずつ配置した規則的なパターンを複数組み合わせ、その一致とズレがメロディーと一体になったポリリズミックなグルーヴやトリップ感を生み出してきたCorneliusこと小山田圭吾。サウンドデザインとコンポジションが一体となって紡ぎ出される、世界に二つとないシグネイチャー・サウンドは世紀の大発明と呼ばれるべきものだ。しかし、そのサウンドがあまりに画期的だったがゆえに、さらなる進化を果たしたニュー・アルバム『Mellow Waves』の完成までには、前作『SENSUOUS』(2006年)から11年に及ぶ途方もない歳月が必要だったのだろう。

 「今回のアルバムのファイルを確認したら、一番古いものは2012年に作った“Mellow Yellow Feel”ですね。それ以前に作った曲は、いつの間にかどこかへ消えてました(笑)。いや、ずっと曲は作っていましたよ。ただ、その間に他のプロジェクトが入るたびに中断したり、作ってた曲を提供したりして、残った曲をまとめたのが今回のアルバムなんですよ」。

Cornelius 『Mellow Waves』 ワーナー(2017)

 冗談交じりに〈残りものの寄せ集め〉と語られる本作は、むしろ、極上のモルトウィスキーのように蒸留と熟成を重ねたものだ。

 「何も考えず、ずっと曲を作っているうち、溜まった曲に共通するムードを感じ取ったり、その間にぼんやり考えていたことがなんとなく見えてくるんですけど、多岐に渡る仕事をしながら唯一やってなかったのが〈自分で歌う〉ということだったんです。作っていた曲のなかには、テンポが速かったり、圧が強めだったり、いろんなタイプがあったんですけど、自分のテンションもあって、そうした曲をアルバムから外して他に回していたら、ふるいにかけられたメロウな感じの曲がアルバムのムードに繋がっていったんです」。

 そして、歌に寄り添ったメロウなタッチの本作は、〈点〉の表現であった『POINT』(2001年)や『SENSUOUS』に対し、〈線〉や〈面〉の表現が採り入れられている点にも大きな特徴がある。

 「そう。すべての音を点で捉えることで、音が鳴ってない瞬間、音と音の間を意識させていた以前の作風に、不確定要素の波やうねり、曲線的な要素が含まれているのが今回のアルバムなんですよ。あるタイミングでそれまでに作ってきた曲を並べた時、多くの曲で無意識的に使っていたトレモロの波のようなエフェクトは、そのわかりやすい例ですね」。

 

匂いと体温、死の気配

 作品全編で音の間をエーテルのように漂うエレクトリック・ピアノやギターのトレモロ、その震えるような残響音や、「攻殻機動隊 ARISE」のサウンドトラック収録曲の続編“Surfing on Mind Waves pt 2”のソフト・シンセサイザーによるドローン。それらのサウンドは単に間を埋めるだけでなく、これまで彼が距離を置いてきた情感やエモーショナルな表現を際立たせている。

 「過去2作はミニマルで、匂いやクセがなく、水とか空気のように誰でも抵抗なく接することができる、そんな作品だったと思うんですけど、もうちょっと匂いや体温があるほうが中毒性が生まれて、何度も聴きたくなるかもしれないなって。例えば、子供の頃はクセがあって嫌いだったブルーチーズが、大人になったらそのクセにハマって好きになる、みたいな。そんな感じかな」。

 匂いや体温が醸し出す今作の熟成感や官能性は、〈エロス〉と〈タナトス〉という言葉があるように、新たな名曲“あなたがいるなら”から“未来の人へ”にかけての冒頭の3曲において漂う〈死の気配〉と表裏一体の関係にある。

 「去年は自分が子供の頃から見ていたスターや身の回りの人が何人か亡くなったということもあるし、自分も身体がダルいとか、目が悪くなったりとか(笑)、老化が避けようもなく進んでいて、死を意識するようになったのも自然なことかな、と。“あならがいるなら”は今回2曲の作詞をお願いした坂本(慎太郎)君と話してて、〈ブルース・ロックをやったらいいんじゃない?〉って話からエモーショナルな要素やギターのチョーキングをヒントに作ったものなんですけど、彼に歌詞を書いてもらっていた頃にプリンスが亡くなり、その前にもデヴィッド・ボウイが亡くなっていたことがあって、歌詞も〈なんとなく亡くなったスターたちのことを考えて書いた〉と言ってましたね」。

 

腐食によって宿る美

 また、“The Spell Of Vanishing Loveliness”には、昨年再結成を果たしたシューゲイザー・バンド、ラッシュのミキ・ベレーニが作詞と歌で参加。10年ほど前、2人がはとこの関係であることがわかって以来親交を深め、今回のコラボレーションに繋がったということだが、この作品ではもう一人の親類──叔父であり、日本を代表する版画家の中林忠良もアルバムのアートワークに作品を提供している。

「中林さんは腐食銅版画の第一人者なんですけど、10年前にそれまでの作品を集めた展覧会で昔の作品を観て、それ以来、アートワークで使わせてもらいたいと思っていたんです。腐食銅版画というのは、銅を腐食させる特殊な液体をかけて、その時間が長ければ長いほど黒くなって、短ければ短いほど薄くなるんですけど、中林さんの作品はモノクロなのに異常にディテールが細かく、濃淡の階層が深いんですね。今回は数ある作品のなかで僕が好きな60年代後半から70年代にかけての作品を選ばせてもらったんですけど、展覧会で観て以来、中林さんの作品が頭のなかにずっとあったので、アルバムが中林さんの作品に自然と寄っていったところもあります」。

〈熟した〉、もしくは〈豊潤な〉という意味でもある〈メロウ〉な音の波と腐食に美が宿る銅版画のアートワークは、経験や気の遠くなるような試行錯誤を重ねることでのみ到達し得る表現の深みを示唆しているようでもある。

 「歳を取って、肉体の衰えを感じたりもしつつ、それでも大人になって楽しめることだったり、わかってくることもあったりして。(先行7インチの)“いつか / どこか”のカップリングに坂本君が歌詞を書いてくれた“悪くない。この感じ”っていう曲が入っているんですけど、まさにそんな感じですね。わからないことはまだまだたくさんあって、それが作品制作の原動力でもある。とはいえ、制作が今回のように11年もかかったら次は(自身の年齢が)60代ですから、さすがにそれはマズい……ですよね」。

 

関連盤を紹介。

 

INFORMATION
【〈MELLOW WAVES TOUR 2017〉開催決定!】

日時/会場:10月9日(月・祝)新潟 LOTS、10月11日(水)仙台 Rensa、10月13日(金)・14日(土)札幌 PENNY LANE 24、10月19日(木)高松 festhalle、10月21日(土)なんば Hatch、10月22日(日)名古屋 DIAMOND HALL、10月25日(水)・26日(木)新木場 STUDIO COAST、10月28日(土)横浜 Bay Hall、11月3日(金・祝)広島 CLUB QUATTRO、11月4日(土)福岡 DRUM LOGOS
*詳細はオフィシャルサイト〈www.cornelius-sound.com/〉へ!

 

前作以降のさまざまな課外活動から辿る、Corneliusの11年間の足取り

【Cornelius:ORIGINAL ALBUM】
前作『SENSUOUS』(2006年)では、2001年作『POINT』のミニマル志向──特に音を同時に鳴らさず、ひとつずつ配置することで豊かな音像を獲得する手法をさらに追求。エレクトロニクスも大いに援用したサウンドスケープは現代音楽のインスタレーションのような趣だが、聴き心地には優雅でポップな愉楽がある。“Fit Song”に顕著なファンクネスも以降のCorneliusに欠かせないエッセンスとなった。いま改めて聴くと、ラストに並ぶメロウな歌モノ2曲から新作へとシームレスに繋がるところが興味深い。また、2010年には97年作『Fantasma』の砂原良徳によるリマスター盤の発表というトピックも。 *澤田

 

【Cornelius:OTHER WORKS】
リミックス/コラボ/ギタリストとしての参加など、Corneliusがさまざまな形で関与する外仕事の数はとにかく膨大。ここではその一部を紹介しよう。まずリミックス曲は〈CM〉シリーズとしてコンパイルされており、『CM3』(2009年)には2000年代半ばあたりのものが並ぶ。なかでも、アコギ弾き語りの音像を解体しまくったキングス・オブ・コンビニエンスや、JB御大の熱量を奪い去ったコールド・ファンクな改編が鮮烈だ。そして『CM4』(2012年)には主に『SENSUOUS』以降のものを収録。とりわけ、ピアノと弦だけで紡がれた三波春夫“赤とんぼ”はインパクト大だろう。

 また、提供曲に目を向けてみると、恐らくもっとも広く聴かれたのはNHK Eテレの子ども向け番組「デザインあ」の音楽では? そのサントラはサウンド・アート的な側面も強いが、なかにはやくしまるえつこが歌う“やじるしソング”のようなチャーミングなポップソングも。

 そして、2015年の『Constellations Of Music』には近年の外仕事を幅広く集約。女性ヴォーカルを中心に据えた坂本慎太郎“幽霊の気分で”のリミックスなどに加えて、軽やかな口笛が導く“Holiday Hymn”といったオリジナル曲も収録している。他にも、ドキュメンタリー「100万回生きたねこ」の劇伴を担当したり、U-zhaan『Tabla Rock Mountain』の1曲でコラボしたり、宮内優里『トーン・アフター・トーン』やsugar me『Why White Y?』などにプレイヤーとして参加したり……続きは各自調査ということで。 *澤田

 

【YOKO ONO PLASTIC ONO BAND】
2008年1月、東京で行われたキメラのショウケース・ライヴで共演したCornelius Groupのステージをヨーコ女史が気に入り、息子のショーン・レノンと復活させたプラスティック・オノ・バンドにメンバーを招聘。その後の2作品はいずれも主役の自由すぎるヴォイス・パフォーマンスを軸に多様なサウンドが展開されているが、2009年作『Between My Head And The Sky』ではCornelius印の音響デザインが美しい“Watching The Rain”や、『CM4』にも収録された“The Sun Is Down!”のエレクトロニックな音使いに耳を奪われる。また、2013年の『Take Me To the Land of Hell』はミニマルなバンド・アンサンブルの楽曲が多く、そのジャーマン・ロック的なアプローチに小山田の符牒が見て取れる。 *澤田

 

【salyu × salyu】
自身の〈声〉の可能性を追求するべく、Salyuが本プロジェクトのプロデューサーに指名したのがCornelius。譜面上で隣接する音を楽器で鳴らすと不協和音になるところ、人の声だと美しい和声になるという考え方/手法=クロッシング・ハーモニーへのトライを発端とする唯一のアルバム『s(o)un(d)beams』(2011年)では、多重録音された歌声がメロディー/フレーズ/リズムと変化しながら万華鏡のようなエクスペリメンタル・ポップを構築している。言葉もサウンドの一つとして捉えた作詞には、坂本慎太郎や七尾旅人、いとうせいこうらを起用。のちにライヴも行い、全国ツアーの他、バルセロナの〈ソナー〉を含む海外公演も開催した。 *土田

 

【攻殻機動隊 ARISE】
2013年の〈border:1〉から2014年の〈border:4〉まで、4作品に渡って公開された劇場アニメ「攻殻機動隊 ARISE」の音楽をCorneliusが担当。『Mellow Waves』で〈pt 2〉がお目見えした冷ややかなドローン“Surfing on Mind Wave”は、そのスコア集で確認できる。そして、2015年には上述の劇場アニメをTV用に再編した〈ALTERNATIVE ARCHITECTURE〉と「攻殻機動隊 新劇場版」でも続投し、その劇伴集と共に、アニメの主役=草薙素子を演じた坂本真綾とのコラボ名義でシングル『あなたを保つもの/まだうごく』を発表。主人公の義体──生身の肉体は失われていることをイメージさせる坂本慎太郎の詞とメロウで官能的な歌/サウンドを持つ両A面の2曲は、『Mellow Waves』の冒頭3曲に通じる部分もあるのでは? また、文頭で触れた〈ARISE〉シリーズ〈border:1~4〉の各エンディング曲にはsalyu × salyu、青葉市子、ショーン・レノン、高橋幸宏 & METAFIVEを招聘。〈攻殻〉は、Cornelius周辺のプロジェクトがさりげなくクロスする外仕事でもある。 *土田

 

【METAFIVE】
高橋幸宏、TOWA TEI、砂原良徳、LEO今井、ゴンドウトモヒコ、そして小山田によるMETAFIVE。このドリーム・チームはそもそも、高橋幸宏が80年代YMO期のレパートリーを披露する一夜限りのライヴのために集結したものだが(その模様は『TECHNO RECITAL』にパッケージ)、断続的なステージを経てパーマネントな活動へと発展。初のオリジナル作『META』(2016年)は、メンバーがそれぞれの作風を自由に発揮しつつ、それらが混じり合い干渉することでユニットだからこその個性が立ち上がるという、真っ当にバンド感のある作品となった。特に、小山田主導で作られたというエレクトロニックなファンク感と生のグルーヴが交錯する“Don't Move”は、METAFIVEのカラーを決定付けた一曲だろう。その勢いに乗り、同作の10か月後には早くもミニ・アルバム『METAHALF』を発表。こちらも総じてダンサブルだが、やはり奔放なスタイルを通した一枚だ。その後、METAFIVEの面々は今年のTOWA TEI『EMO』にも全面的に参加している。 *澤田