Ti Amo――それは愛のメッセージ、楽園の扉を開く合言葉。不安定なヨーロッパ情勢に4人のフランス紳士は甘くダンサブルな音で立ち向かう。最後に勝つのは……?

 フェニックスがニュー・アルバム『Ti Amo』の制作を進めていたここ数年間のフランスと言えば、テロ事件が続いて極右政党が台頭し、大きな試練に直面していた。それでいて彼らがかつてなくエレクトロニックかつダンサブルで、鮮やかな色彩と光が躍るキャッチーなポップソング集を完成させ、怒りでも悲嘆でもなく希望で国内情勢に応えたのは、自然な成り行きだったようだ。4人で音を鳴らしているうちに、いつしかリズムとメロディーを強調した音楽が生まれていたのだ、と。

PHOENIX Ti Amo Glassnote/ワーナー(2017)

 「計画したわけじゃないから、自然なメカニズムが働いたんだと思う。ある意味、僕らにとってこれが抵抗の手段だったんだろうね」(ローラン・ブランコウィッツ、ギター/キーボード:以下同)。

 逆にバンドのキャリアは順風満帆だった。グラミー受賞作『Wolfgang Amadeus Phoenix』(2009年)でフランス出身のロック・バンドとしては例のない世界的な成功を収め、前作『Bankrupt!』(2013年)では各地でチャート記録を更新。そのぶんツアーが長引き、海外で過ごす時間が増えたことから、「毎日暮らしているとなかなか気付かない故郷の美しさ」を感じ、本作ではラテン民族というルーツにも目を向けているのだという。なかでも多くの曲に舞台を提供したのはイタリアだ。

 「これも自然なチョイスなんだけど、弟のクリスチャン(・マザライ、ギター)と僕の父はイタリア人で、子供の頃からよくイタリアで過ごしたんだよね。僕らにとってイノセントな記憶と結び付いている場所だし、映画や音楽の面でも興味深い。イタリアにまつわるさまざまな要素が、僕らのなかに〈失われた楽園〉みたいなファンタジーを形作ったんだ」。

 だからイタリア語で〈I Love You〉を指す言葉をタイトルに選び、歌詞はイタリア語とフランス語と英語をミックス。イタリアにまつわる地名や人名を散りばめながら描く物語は、実にヴィジュアル性が高い。

 「愛とか欲望とか、ごくシンプルでピュアな感情を表現したくて、いままでになくわかりやすい物語を伝えているんだ。だからティーンエイジャーが抱くような感情を扱っているんだけど、シンプルであるがゆえに非常にパワフルなんだよね」。

 そしてそんな物語の数々を縁取るのもやっぱり、ローランが「僕らのDNAの一部」と呼ぶイタロ・ハウスや70年代のフレンチ・ディスコの影響を映した、センティメンタルでヨーロピアンなエレクトロ・ポップ。

 「ああいう音楽には独特の魔力があって、僕らはまさにその魔力に魅入られていた。それを失うまいと意識してアルバムを作っていたんだ」。

 振り返ると、従来の彼らにはヨーロッパ色が希薄だっただけに、ここまでみずからの出自を打ち出したことは少々意外でもあるのだが、ローランの説明は明快だ。

 「僕らはある時点で、自分たちには特別な面があると悟ったんだ。それは僕らがフランス人であり、ヨーロッパ大陸の人間だってこと。このシーンにおいては稀な存在だよね。ここにきてそういう特異性と正面から向き合ってみたら、容易にユニークな作品を作り上げることができたのさ。人々が僕らに求めているのはそれなんだよ。アメリカ人が作る音楽とは、ひと味違う何かを聴きたがっているんじゃないかな」。

 折しも、大統領選挙を経てフランスがまた世界の注目を浴びるなかでカムバックしたフェニックス。少なくとも4人にとっては喜ばしい結果となったわけで、いろんな意味でタイムリーに響く本作は、2017年夏に登場するべくして登場したアルバムなのかもしれない。