パンキッシュでワイルドな吸血鬼軍団が帰ってきた! バンドっぽさを取り戻した3人が
新作で鳴らしたもの――それは偉大なる20世紀のNY、移民たちが遺した夢の跡……
溢れ出るパンキッシュなエナジー
ヴァンパイア・ウィークエンド(以下VW)のフロントマン、エズラ・クーニグはある日、ネットで偶然見かけた1枚の写真に目を奪われる。ひとりの男性が電車の壁を垂直に歩くシュールなその写真は、ニュージャージーの解体現場に運ばれ横倒しになったNYの地下鉄の中で撮影されたもので、座席に腰掛ける男性が読む新聞には、こんな見出しが書かれていた。〈Only God Was Above Us(神だけが私たちの上にいた)〉――それは88年4月28日にハワイの空港を飛び立った後、上空で機体の屋根が剥がれて緊急着陸したアロハ航空243便の乗客が発した言葉だったが、本人いわく〈ピンク・フロイドmeetsビースティ・ボーイズ〉なこの写真を一目見て、エズラはそれをVWのニュー・アルバムのアートワーク、そしてタイトルにすることを決めたという。
2019年の前作『Father Of The Bride』は、ハイムのダニエル・ハイムやジ・インターネットのスティーヴ・レイシーといったゲストが多数参加し、実質エズラとプロデューサーのアリエル・レヒトシェイドによるスタジオ・プロジェクトといった様相を呈していた。それだけに、5年ぶりの新作『Only God Was Above Us』のオープニングを飾る“Ice Cream Piano”で、バンドのメンバーであるクリス・バイオのベースと、クリス・トムソンのドラムが鳴り響くのを聴いて、ファンは快哉を叫ばずにはいられないだろう。エズラはそこで、こんなふうに歌っている。〈I scream piano(僕は叫ぶ、弱く)〉。プレス資料ではアルバムの歌詞のほとんどが2019年から2020年にかけて書かれたことが強調され、エズラ自身もロシアのウクライナ侵攻へのリアクションではないことを明言してはいるが、〈戦争〉や〈平和〉といった言葉が飛び交い、ロシア語で〈真実〉を意味する“Pravda”という曲も収録された本作は、彼らから混沌を極める世界に向けられた、静かな悲鳴のような作品だ。
現在拠点を置くLAやNYに加えて、パートナーである女優ラシダ・ジョーンズの撮影に帯同して訪れたロンドンや日本でも、密かにレコーディングを行っていたというエズラ。日本滞在中にテリー・ライリーによるラーガ・レッスンを受けていたことも話題になったが、その頃にはほぼ完成していたという本作には、バンド初期の名曲“Cousins”のような、パンキッシュなエナジーが横溢している。その最たるものが、アルバムからのリード・シングルとして発表された“Gen-X Cops”だ。ジャッキー・チェン製作による同名の香港映画からタイトルを拝借し、世代間の軋轢を歌ったこの曲は、バンド史上初めてエズラがドラマーのクリス・トムソンと共作したもので、ディストーションをかけたスライド・ギターが、聴き手に強烈なインパクトを与えてくれる。カマシ・ワシントン作品で知られるマイルス・モズレーの弾むようなアップライト・ベースの上を、ヘンリー・ソロモンのバリトン・サックスが舞う“Classical”や、ブラッド・オレンジことデヴ・ハインズがドラムを叩き、2本のヴァイオリンが狂想曲を奏でる“Prep-School Gangsters”に、元メンバーのロスタム・バトマングリと共作したダビーな“The Surfer”。どの曲もエレガントでクラシカルなVWのスタイルを保ちつつ、ポスト・プロダクションでアヴァンギャルドな質感を与えているが、古くはフレーミング・リップス、近年ではテーム・インパラやMGMTの作品で知られるデイヴ・フリッドマンの手掛けたミックスが、ノイジーでありながら鑑賞に耐えうるという、絶妙なバランスを兼ね揃えたサウンドメイクに貢献している。