アフロ・キューバン・ジャズが盛んに奏でられたビバップの時代から現在に至るまで、メインストリームのジャズの変遷に影響を受けつつも、逆にいつの時代にもシーンの流れに大きな刺激を与えるような逸材を輩出して存在感を示してきたキューバ発のジャズ。ディジー・ガレスピーやチャーリー・パーカーとも共演しながらその礎を築いたマチート楽団や、70年代後半のフュージョン全盛期に強靭なグルーヴと鉄壁なアンサンブルを伴った音で旋風を巻き起こしたイラケレなど――驚異的な演奏テクニックとマンボやルンバからソン、フィーリン、サンテリアなどに至る多種多様なリズムとメロディーに満ちたキューバ音楽のエッセンスを背景に繰り出される自在なサウンドは、ラテン・ジャズの中でもひときわ豊かなインパクトと創造性を放ってきた。

さらには2015年に54年ぶりに米国との国交が回復し、より開かれた新時代到来への期待も高まる中で、このたび近年のキューバン・ジャズを活性化させてきた新旧の逸材ピアニストたちが夏の終わりから秋にかけて相次いで来日。ハイブリッドな新潮流を示す気鋭の若手から、シーンの両横綱と呼べる重鎮同士による夢のようなデュオまで。ジャズの変遷と歴史を語るうえで避けて通ることができない〈もうひとつの王国〉の層の厚さとオリジナリティーの高さを、この機会に再認識したい。

★アロルド・ロペス・ヌッサ公演:9月12 日(火)~14日(木)@東京・丸の内コットンクラブ
★ロベルト・フォンセカ公演:9月18日(月・祝)、19日(火)@ブルーノート東京
★チューチョ・バルデス×ゴンサロ・ルバルカバ公演:10月22日(日)~24 日(火)@ブルーノート東京

 

〈アフロ・キューバン・ジャズ〉最新型、アロルド・ロペス・ヌッサ

まず、その先陣を切って登場するアロルド・ロペス・ヌッサは、83年生まれのニュー・ジェネレーション組。2005年にモントルー・ソロ・ピアノ競技会で優勝して頭角を現し、その後にはオマーラ・ポルトゥオンドのツアーのバックを3年間務めながら、プエルトリコ出身のサックス奏者のダヴィッド・サンチェスやクリスチャン・スコットといったジャズ界の実力派とも共演。そんな彼のキャリア初期の充実ぶりは、今回の来日を前に日本盤仕様でリリースされ入手しやすくなった、オマーラも1曲ゲスト参加して至福の歌声を聴かせる『Herencia』(2009年発表作)、豪快なダヴィッドのブロウが4曲で加わってジャズ色を強めた〈不思議の国〉(2011年)でも改めて窺い知ることができる。

2016年のパフォーマンス映像。今回の公演もこのアリューン・ワド、実弟ルイ・アドリアン・ロペス・ヌッサとのトリオとなる
 

しかし、現在進行形のアロルドはそこからさらなる飛翔を遂げており、ザヴィヌル・シンジケート人脈との共演も多いセネガル出身のベース奏者、アリューン・ワドを2012年に自身のトリオに迎えて以降は、より多国籍的で自由度の高いサウンドを追求。精力的にライヴを重ね、昨年リリースされた3年ぶりのリーダー作『El Viaje』では、アフリカ音楽色の強いチャントやリフなども自在にアンサンブルの中に溶け込ませた斬新なサウンドを提示して、それまでの手堅いイメージを鮮やかに覆してくれた。躍動的なリズムと優美なメロディーに満ちたキューバ音楽の遺産をしっかりと継承した初期を経て、よりハイブリッドでフレキシブルな多国籍グルーヴを確立してきた現行トリオでの音世界は、文字通りに〈アフロ・キューバン・ジャズ〉の最新型だ。

2016年作『El Viaje』収録曲“El Viaje”

 

2000年以降のキューバ音楽の顔役、ロベルト・フォンセカ

続いて、90年代後半に映画の世界的大ヒットによってキューバ音楽の豊かさを改めて広く知らしめたブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのツアー・メンバーとしても活躍し、2009年と2011年にジャイルス・ピーターソンの主導でキューバの若い才人たちにスポットを当てた新感覚のセッション作〈Havana Cultura〉シリーズの2作でも中心的存在として大きく貢献したロベルト・フォンセカ(75年生まれ)は、名実ともに2000年以降のキューバの顔役を担ってきた存在。近年にはマリの新世代を代表する女性シンガー、ファトゥマタ・ジャワラをはじめとするアフリカ勢とのコラボを積極的に展開してアグレッシヴな新境地を示してきた彼だが、昨年に名門インパルスから発表された最新作『Abuc』は、原点に立ち返ってエンターテイメント性もたっぷりにキューバ音楽の多種多様なスタイルを1枚に封じ込め直したような痛快作に仕上がっていた。

2016年のパフォーマンス映像
 

トロンボーン・ショーティも参加の派手なホーン・アレンジを交えて、レイ・ブライアント作のアフロ・キューバン・ジャズ定番曲“Cubano Chant”で幕を開けると、続いて革命前のキューバにタイム・スリップさせるような“Afro Mambo”でもコーラスにダイメ・アロセナらが参加。その後もブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにも参加したエリアデス・オチョア、優雅なチャランガ~チャチャチャの名門楽団として知られるオルケスタ・アラゴーンのメンバーといった重鎮たちもゲストに迎えて、古き良き多彩なキューバ音楽の遺産を現代にアップデートしたような、あらゆるタイプの音楽をこなしてきた彼ならではのサウンドをゴージャスに展開している。ヒップホップ以降のコンテンポラリーな感覚と、親しみやすいキューバ音楽らしさに満ちたオーソドックスなスタイルも流麗にこなすスキルを持ち合わせたフォンセカのプレイは、キューバン・ジャズ入門にも最適だろう。

2016年作『Abuc』“Afro Mambo”

 

チューチョ・バルデス × ゴンサロ・ルバルカバ、師弟のようであり親子のようでもある2人の至福の共演

そして、キューバン・ジャズ・ピアノの真髄を示した歴史的アクトとして記憶されることになるだろう真打ち的な公演が、チューチョ・バルデス(41年生まれ)とゴンサロ・ルバルカバ(63年生まれ)の両雄が繰り広げる頂上決戦的なピアノ・デュオ。精鋭集団イラケレのリーダーとして70年代以降のシーンを牽引し、90年代以降はブルーノートからもジャズ色を強めたソロ名義作をリリースして衰えを知らないマエストロぶりを発揮してきたチューチョと、チャーリー・ヘイデンとポール・モチアンがバックを固めるトリオで80年代末に衝撃的な世界デビューを飾り、前代未聞の超人的なピアノで聴く者すべてのド肝を抜いたゴンサロ。ともに超絶技巧的なテクニック面の凄さばかりがフォーカスされすぎてジャズ文脈では〈別枠〉として語られがちではあるが、音数を絞ったリリカルでメロウな楽曲でも成熟した巧さを発揮しているのは、近年に発表されてきた両者のピアノ・ソロ作や故チャーリー・ヘイデンとのコラボ音源(2015年作『Tokyo Adagio』)あたりに耳を傾けてみれば明らかなところだ。

イラケレの79年作『Irakere』収録曲“Juana Mil Ciento”
 
ゴンサロがチャーリー・ヘイデン、ポール・モチアンと演奏した89年のライヴ盤『The Montreal Tapes』収録曲“La Pasionaria”
 

最新作においても、チューチョはタイトル通りにイラケレの名曲を含んだキャリア総括的な選曲によるライヴ盤『Tribute To Irakere – Live In Marciac』(2016年)で昨年度のグラミー賞の最優秀ラテン・ジャズ・アルバム部門を制し、ゴンサロもドラムにマーカス・ギルモア、ベースにマット・ブリュワーらの現代ジャズ屈指の精鋭たちを擁してきたクインテット編成で、恩師であるチャーリー・ヘイデンの楽曲を中心に取り上げた美しき追悼作『Charlie』を発表したばかり。長いキャリアの原点に立ち返ったような充実作をともに発表し、ピアニストとしてさらなる深みと高みを示したタイミングで実現した今回の共演は、両者にとっても大きな意義を持つセットとなることだろう。歩んできた道のりもピアノのタッチも異なるが、師弟のようでもあり、親子のようでもあるチューチョとゴンサロ。今年はハバナで開催され全世界に向けて放映されたユネスコ主催〈International Jazz Day〉のグローバル・コンサートでも大きな喝采を集めた至宝のデュオを間近で堪能できるまたとない機会を、どうかお見逃しなく。

2017年の〈International Jazz Day〉でのパフォーマンス映像。演奏はプレゼンテーションの後の2:10頃から

 


Live Information

■アロルド・ロペス・ヌッサ・トリオ
日時/会場:2017年9月12 日(火)~14日(木)東京・丸の内コットンクラブ
開場/開演:
・1stショウ:17:00/18:30
・2ndショウ:20:00/21:00
料金:自由席(テーブル席)/6,500円
※指定席の料金は下記リンク先を参照
★予約はこちら

■ロベルト・フォンセカ
日時/会場:2017年9月18日(月・祝)、19日(火)ブルーノート東京
開場/開演:
〈9月18日(月・祝)〉
・1stショウ:16:00/17:00
・2ndショウ:19:00/20:00
〈9月19日(火)〉
・1stショウ:17:30/18:30
・2ndショウ:20:20/21:00
料金:自由席/8,000円
※指定席の料金は下記リンク先を参照
★予約はこちら

■チューチョ・バルデス × ゴンサロ・ルバルカバ
日時/会場:2017年10月22日(日)~24 日(火)ブルーノート東京
開場/開演:
〈10月22日(日)〉
・1stショウ:16:00/17:00
・2ndショウ:19:00/20:00
〈10月23日(月)、24日(火)〉
・1stショウ:17:30/18:30
・2ndショウ:20:20/21:00
料金:自由席/9,000円
※指定席の料金は下記リンク先を参照
★予約はこちら