いい音楽は決してファッションに終わらない

 ここ数年来の“カセットテープで音楽を聴く”というブームを受けて、現在タワーレコードの一部の店舗では、アナログ盤レコードと同じようにカセットテープが扱われている。また、この記事が掲載されている「intoxicate」の最新号が発行されたときにはすでに終了しているが、8月初旬~中旬にかけて、渋谷の某百貨店で『大ラジカセ展』が開催された。そして今秋には、60年代に日本で初めてラジカセを作ったAIWA(アイワ)のブランドが復活するし、“CASSET STORE DAY JAPAN 2017”もスタートする。これらの現象を支えているのは、カセットテープに触れて育ったわけではない世代の若者たちだ。

 1970年代後半から80年代前半にかけては、“カセットテープで音楽を聴く”ことが常識的だった。なにしろ当時は、FM番組をエアチェックしてカセットテープに録音するためにもラジカセは必需品だったし、当初は8トラックのテープだったカーステレオもこの時期にカセットテープに切り替わった。そして何より大きかったのが、79年7月に第一号機が販売されたSONYのウォークマン――ヘッドホン付きの携帯カセットテーププレーヤーである。山下達郎の、“カセットテープ”版『COME ALONG』は、こうした時代を集約したようなアイテムだった。

 “カセットテープ版”とわざわざことわったのには、理由がある。もともと『COME ALONG』はプロモーションのために制作されたLPで、レコード店のみに配られ、店頭で流された。内容は、『CIRCUS TOWN』(76年)から『MOONGLOW』(79年)までの既発アルバムから選ばれた山下達郎の曲を、小林克也がA面を当時のディスコのDJ、B面はハワイのラジオ・ステーションのDJ風にノンストップで紹介していくというもの。このLPの発案者は、当時山下が所属していたRCAレコードのスタッフだった。

 『COME ALONG』はあくまでもプロモーション用に制作された非売品だったが、前述したようなユニークな企画盤だったことから、正式発売の要望がファンからレコード会社に数多く寄せられた。しかし、山下本人は、選曲やミックスなどに直接関わっていなかった。だから当初山下達郎は、『COME ALONG』を正式なカタログとして発売することに難色を示したが、結局のところ、80年3月にカセットテープのみという条件で商品化された。その後、84年には、『MOONGLOW』(79年)から『FOR YOU』(82年)までの曲を小林克也とカマサミ・コングのDJを挟んでノンストップで繋げていくシリーズ第2弾『同 2』がLPとして発売され、同年4月には『COME ALONG』もLP化された。さらに『COME ALONG』と『同2』は86年9月にCD化された。ただし、山下はどちらのアイテムにも直接関わっていなかったため、本人監修のリマスタリング版の発売が望まれてきたが、前者は02年にRCA/エアー時代のカタログがリイシューされた際、全作品購入者への特典としてリマスタリングが施されて、公認アイテムとなった。そしてこのほど『COME ALONG 2』は初めて本人監修のもとでリマスタリグされたので、ようやく公認アイテム扱いとなった。

 これまで述べてきたように『COME ALONG』のキーワードは、“カセットテープ”と“FM” 、“ディスコ”、そして“夏”である。

 『COME ALONG』の幕開きを華々しく飾るのは、ファンク調の《BOMBER》。『GO AHEAD!』(78年)から選ばれた《BOMBER》は、大阪のディスコから人気に火が付いた曲で、このディスコでの好反響によって山下達郎の人気は上昇気流に乗った。『COME ALONG』のジャケットのイラストは、鈴木英人の作品。鈴木英人は、のちに山下達郎の『FOR YOU』(82年)のジャケットも手がけることになるが、そもそも鈴木が知られるきっかけとなったのは、若者向けのFM情報誌『FM STATION』だった。鈴木は81年に創刊され、最盛期には他の競合誌をおさえて最大の部数を売り上げを誇っていた 『FM STATION』の表紙を、創刊時の81年から手がけていたが、同誌には彼のイラストを用いたカセットテープのインデックスカードが付いていて、この付録も売り物だった。『COME ALONG』のシリーズのイラストの舞台は、アメリカ合衆国全土とカナダ、およびメキシコの一部の都市を結ぶグレイハウンドバス。おそらくこの長距離バスは、カリフォルニアに向かっているのだろう。このように『FM STATION』の表紙と同じく、『COME ALONG』のジャケットのイラストの舞台はアメリカ西海岸であり、季節は夏である。

 アメリカ西海岸は、70年代前半~80年代における日本の若者にとって憧れの場所だった。その憧れを激しくかき立てたのが、76年に創刊された『POPEYE』だった。『POPEYE』は70年代後半のアメリカ西海岸におけるファッションやライフスタイル、サブカルチャーをいち早く紹介したメディアで、日本でのサーフィンやスケートボード、フリスビー、スニーカーなどの普及はこの雑誌を抜きには語れない。

 『COME ALONG』が当初カセットとして商品化されたのは、こうした時代背景が大きく関係している。前述したように70年代後半になると、音楽はカセットテープとして持ち運ぶことが可能になって、ドライブの車中やアウトドアで聴いたり、スケートボードやジョギングをしながら聞くことができるようになった。しかも『COME ALONG』は、きらきらと輝く夏のビーチやプールサイドなどによく映えた。それゆえ日本に居ながら、アメリカ西海岸にいるような“気分”を味わうこともできた。『POPEYE』の79年49号の特集のタイトル〈気分はもう夏〉――このPOPEYE独特の文体&表現を借りるなら、『COME ALONG』を聴くと、何時だって“気分はもう夏”であり、しかも一瞬にして“夏少年”になることができた。このように『COME ALONG』は、『POPEYE』が広めたアメリカ西海岸のライフスタイルの流行や携帯カセットプレーヤーの普及と自然な形でクロスし、80年代に入ると、“夏だ、海だ、達郎だ”というキャッチフレーズが世間に浸透した。今でこそ山下達郎の代表曲は《クリスマス・イブ》だが、同曲が収録されている『メロディーズ』が発表されたのは、83年6月8日のこと。しかも同アルバムから最初にシングル・カットされたのは、ANAの沖縄キャンペーン・ソングだった《高気圧ガール》である。この事実が物語っているように80年代初頭の山下達郎の代表曲は、ビーチ・ボーイズと同じように“夏”を表象しているものが多かった。

 『COME ALONG3』は、その《高気圧ガール》から昨年シングルとしてリリースされた《CHEER UP! THE SUMMER》まで――アルファ・ムーンからムーン/ワーナー時代までの12曲で構成されている。イラストは、もちろん鈴木英人。小林克也がDJとして曲を紹介していくスタイルも、このシリーズを踏襲している。ただし、今回の冒頭を飾るのは、小林のナレーションによる「Keoki la Molokai Kid 偉大なサーファー伝説?!」であり、全体的にも過去2作に比べると、ナレーションの比重が増えている。

 振り返ってみれば、山下達郎がブレイクしたのは、80年のこと。そのきっかけは、《Ride On Time》が使われ、本人も出演したマクセル(maxell)UDのCM。高音質カセットテープの広告だ。この広告が掲載されている『POPEYE』の80年92号が僕の手元にあるが、キャッチコピーは“いい音しか残れない。”――そして“いい音楽が決してファッションに終わらないように、いいカセットテープには信念があり、思想があります”と書かれている。今となっては、山下達郎の音楽そのものを表している文章のように思える。

 


山下達郎(Tatsuro Yamashita)
1953年 2月4日生まれ。'75年、シュガー・ベイブとしてシングル「DOWNTOWN」、アルバム『SONGS』でデビュー。'76年、アルバム『CIRCUS TOWN』でソロ・デビュー。'80年発表の「RIDE ON TIME」が大ヒット。アルバム『MELODIES』('83年)に収められた「クリスマス・イブ」が、'89年にオリコンチャートで1位を記録。20年以上にわたってチャートイン。'84年以降、CMタイアップ楽曲の制作や、他アーティストへの楽曲提供など、幅広い活動を続けている。

 


寄稿者プロフィール
渡辺亨(Toru Watanabe)

音楽評論家。雑誌等での執筆活動に加えて、NHK-FM『世界の快適音楽セレクション』の選曲と構成をレギュラーで担当および自己のコーナーに出演。著書に『音楽の架け橋 快適音楽ディスコガイド』(シンコーミュージック)、『プリファブ・スプラウトの音楽 永遠のポップ・ミュージックを求めて』(DU BOOKS)。今年も毎年恒例のトーク・イベントを、名古屋市(10/12)と岐阜市のsongs(10/13)で開催予定。後者の場所は、後日twitter@watanabe19toru等で発表します。

 


CINEMA INFORMATION

(C)2017「ナミヤ雑貨店の奇蹟」製作委員会

映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟』
原作:東野圭吾『ナミヤ雑貨店の奇蹟』角川文庫刊
監督:廣木隆一
脚本:斉藤ひろし
主題歌:山下達郎「REBORN」(ワーナーミュージック・ジャパン)
出演:山田涼介/村上虹郎/寛 一 郎/成海璃子/門脇麦/林遣都/鈴木梨央/山下リオ/手塚とおる/PANTA /萩原聖人/小林薫/吉行和子/尾野真千子/西田敏行
配給:KADOKAWA 松竹(2017年 日本 129分)
◎9/23(土) 全国ロードショー
http://namiya-movie.jp/