「ザ・テノール」から、より大きな「ザ・シンガー」へ。
がん治療で声帯と右肺の機能を失いながらも不屈の精神で困難な甲状軟骨形成手術に挑み、過酷なリハビリを経てステージ復帰を果たした奇跡のテノール。 その半生が『ザ・テノール 真実の物語』として映画化され各国で感動を呼んだのも記憶に新しい。幅広いジャンルの名曲を集めた待望のメジャーデビューCDでは甘くメロウな歌い口の《ラブ・ミー・テンダー》や《ベサメ・ムーチョ》(スペイン語)、《枯葉》(フランス語)で新境地を拓き、早くも話題を集めている。
「生の声をホール中に響かせる時と違い、マイクを上手く使うのがコツですね。オペラ歌手の自分にとっては挑戦でしたが、ファンの皆さんも聴けばきっと納得してもらえるはず。このチャンスに賭けました」
本作では、近年の公演にスペシャルゲストとして度々登場し、共演を重ねている日本ギター界の重鎮、アントニオ古賀とのコラボも大きな聴き処。
「医師の故・日野原重明先生を通じて知り合ったのがきっかけ。初めて会った時、お互いすぐに意気投合し、それ以来、お互いに尊敬しあういい関係が続いています」
特に美空ひばりの歌唱で大ヒットした、昭和期を代表する作曲家・古賀政男による《悲しい酒》は圧巻の仕上がり。古賀メロディには青春時代を過ごした韓国の音楽からの影響も指摘されているだけに必聴だ。
「子どもの頃から馴染みがある韓国の大衆歌謡トロットを思わせるところがあって、自分も違和感は全くなかった。何より、弟子として作曲家を誰よりもよく知っている(アントニオ)古賀先生のアドバイスのもとで歌うことができたのだから、最高の環境です」
《赤とんぼ》や《この道》など日本人の心にある原風景を歌った山田耕筰メロディでは、鼻濁音や母音へのこだわりなど、言葉の壁を超えて細やかに紡ぎ出していく歌唱に、ただただ圧倒されるばかり。
「事務所の輪嶋(東太郎)さんを筆頭に良い日本語の先生に恵まれたおかげ。レコーディング前に何度も何度も練習して、指導はとても厳しかったですが(笑)」
コンサートではお馴染みのアンコール曲である韓国民謡《アリラン》やオリジナル版《タイム・トゥ・セイ・グッバイ》(イタリア語)、そして新たに書き下ろしの歌詞(同)を付けられた作曲家・中島薫の代表作《グッバイ・モーニング》なども聴き逃せない。
「オペラ歌手なのでイタリア語はもはや母国語です」
そしてやはり《見上げてごらん夜の星を》や和製シャンソン《夜明けのうた》など、明日への希望の火を灯すようなポジティヴな佳曲に心を掴まれる。
「音楽は数学のようには計算できない。シンプルで心に響く歌(それがいちばん難しい)を探して行きたい」