名曲が愛された背景を照射し、讃美する珠玉盤
曲順未定(ラフミックスの音源)を逆手に取り、全13曲をシャッフルで何度も賞味した。周回の度、気づくのは曲毎の強度に甲乙つけがたい事実だった。「それぞれの曲を愛しました。そのことは自信を持って言えます。そして、その〈愛しました〉という想いは伝わるのかな、と」。ソプラノの第一人者は開口一番、そう語った。「2011年の震災以降、日本の歌をもっともっと歌いたいという想いから創ったのが6枚目の『ふるさと~日本のうた~』なのですが、9枚目の今回がJ-POPの名曲カヴァーというかたちになった一番の源は“糸”でした」。中島みゆきの傑作だ。「“糸”は1998年の作品ですが、 震災後も多くの人たちが紡いで繋がって共感してはまた、次の誰かに伝えようと歌われてきた。私の場合もこの曲があったから進むべき次の道が見えたし、その扉が開いたことで集ってきた曲たちという感じなんですね」。最新作は『優歌(ゆうか)~そばにいるうた、よりそううた』と名づけられた。人々が音楽と共にある為に歌手は何をすればいいか、多忙や入院などの理由から劇場まで足を運べない人々の為にCDが何かの役に立てればいい――常々、そう公言してきたオペラ歌手が13篇の愛しい歌を厳選し、まろやかな美声で丁寧に丹念に織り込んだ話題作である。
「最も苦労した曲ですか? さだまさしさんの“奇跡~大きな 愛のように”でしょうか。私はこの歌を知らなくて、ディレクターさんに薦められて歌詞を読んだ途端、涙が出てきて。凄い曲に出逢ってしまいました。しかも出逢った相手が難しいんですよ、コレがまた。今は〈凄い高い山を登り切りましたーっ! 〉みたいな感じですね(笑)」。少女時代、お小遣いで初めて買ったシングル盤は「ピンク・レディー」、LP盤は「大好きなオフコース」だった。「小田和正さんはもう天才・ 天才・天才、天才過ぎて〈じぶんがチャレンジしてはいけないんじゃないか〉〈聴いているほうが幸せかも〉みたいな気持ちもあって」、2005年作品の“たしかなこと”にも苦労した。「リスペクト心と距離感、小田さんとじぶんとの方法論の遠さですよね」と語る実力派歌手、じつは学生時代以来20数年ぶりのカラオケ店通いもした。「友人に入力の仕方を習い、最後はダメ押しに六本木で一人カラオケにも行きました(笑)」。クラシックの超絶技巧を必要としないぶん、「より集中しないと差が出にくい、という神経はもの凄く使う」「ある意味〈裸〉、より裸感はあります」と、微笑む本人。飾らぬ故の、自立性に富んだ強度だろう。全編に透明感が満ちつつも、〈癒し〉〈絆〉〈心の闇〉的な常套句を越えるコトバのヒントが隅々に隠されているような耐振性に秀でた一枚。言霊の糸は決して解れない。
LIVE INFORMATION
シリーズ杜の響きvol.37 幸田浩子ソプラノ・リサイタル
○12/17(日)14:00 開演
会場:杜のホールはしもと・ホール
出演:幸田浩子(S)寺嶋陸也(p)
演奏曲目:シューベルト:アヴェ・マリア、楽に寄す/リスト:愛の夢第3番/ラフマニノフ:ヴォカリーズ/寺嶋陸也:『星の組曲』より星の旅 ほか