2013年の初作『Woman』が、インディーR&B屈指の甘美な傑作として話題を呼んだライが、ニュー・アルバム『Blood』をリリースした。昨年には片割れであったロビン・ハンニバルが脱退していたことが伝えられ、マイク・ミロシュによるソロ・プロジェクトとなった同ユニット。以降のライヴでは生バンドでのパフォーマンスにいっそう注力するようになったことが関係してか、前作と比較して『Blood』は、ソウルフルで親密な感触のアルバムになっている。そうしたサウンドの変化は、ライの特徴であった〈官能性〉にいかなる影響を及ぼしたのか? 恋愛の終わりとはじまり、セックス、現代的な女性像……彼らが聴き手にもたらす艶やかな体験の背後にあるものを、ライターの萩原麻理が紐解いた。 *Mikiki編集部
伝統的な枠から離れた、微妙なニュアンスを持ったものとしての〈性〉
あなたの太腿の震えに溺れてる/吐息がたまらない/そのお腹も好き/もう骨抜きなの(“Open”)
そんな甘い蜜のようなささやきで始まる2013年のデビュー作『Woman』。それを聴いた瞬間から、この謎めいたアーティストが愛、それも〈性愛〉について歌っていることがすぐにわかる。まだ顔の見えない、少しかすれたようなヴォーカルは女性の声に聴こえる。“Open”のミュージック・ビデオでは、さまざまな男女がベッドで親密な時間を過ごしている。
ただ、それだけでは愛やセックスを歌うR&Bやソウル・ミュージックの定石のひとつに過ぎなかったかもしれない。でも、歌っているヴォーカリストはマイケル・ミロシュという男性だった。そのときライは〈正体を明かす〉のではなく、むしろ濃密さを深め、そこで歌われるセックスはアンビギュイティー(両義性/多義性)の色を濃くすることになった。
中性というよりは、男でもあり、女でもあること。誰かの奥底にある官能というよりは、たとえつかの間であっても、二人の人間の間に湧きあがり、彼らを駆り立て、やがて消えていく感情や欲望を描き出すこと。ヘテロセクシュアルであっても、ホモセクシュアルであっても。それは〈Stay Open〉と呼びかけるコーラスや、緻密でありながら抜け感のあるサウンドとも響き合っていた。
もちろん、その感覚はいまの時代が求めるセクシュアリティーとも繋がっている。伝統的な男性、女性の枠から離れて、もっと微妙なニュアンスのあるものとして〈性〉をとらえること。ジェンダーに縛られず、あるがままのエロスにふけること。曖昧でありながらモダンで、本能的でありながらエレガントなライの音楽は、どこか解放的な陶酔を与えてくれた。
ある恋と次の恋の間に生まれる、さまざまなフィーリング
そして、4年ぶりにリリースされたセカンド・アルバム『Blood』。ファースト・アルバムのリリース直前にプロデューサー/コラボレーターのロビン・ハンニバルが脱退したこと、その後ずっとライヴやフェスティヴァルでバンドとして演奏を重ねたことが大きかったらしく、前作よりも緩さのある、オーガニックなサウンドになった。
とはいえピアノにベースライン、シンプルなビート、そしてミロシュのヴォーカルといった基本的な要素は変わっていないし、ロマンティックなラヴソング集であることも同じ。ただ、ファーストがある瞬間の心と体の反応を描いていたとしたら、このセカンドは一つの恋が終わり、次の恋が始まるときのトランスフォーメーションを描いている、とミロシュは語っている。それは彼がこの4年で経験したことだ、と。
〈何かが変わりはじめてる/私たちは変化を迎えてる〉と歌うオープニングの“Waste”。〈もう一度だけ私を味わって〉と呼びかける“Taste”。ファースト・シングルの“Please”では、相手の痛みを目の当たりにして謝るしかないような心情が歌われている。五つ数えることで〈あなたが欲しい〉という待ちきれなさを語る“Count To Five”。新たな恋に直面して、厳かに〈もう怖がらない〉と言い切る“Blood Knows”や、〈帰る場所を作ろう〉とつぶやく“Stay Safe”、〈間違った愛し方はしない〉と静かに決意する最終曲“Sinful”まで、『Blood』では、ほぼ曲順のままに、ある恋と次の恋の間にさまざまなフィーリングが生まれては変化していくさまが描かれている。
ダンスやセックス、身体的でパフォーマティヴな表現で愛を語る
『Woman』のジャケットと同様、『Blood』のアートワークには女性の写真が使われている。『Blood』の美しい裸体は、ミロシュが撮った恋人の身体。また、『Blood』の収録曲でこれまでに発表されたミュージック・ビデオはどれもダンス・ビデオだ。昨年夏に発表されたモノクロームの“Please”。振付家ノエル・マーシュとコラボレートした“Taste”は、女性と踊っていた男性が、彼女ともう1人の女性とのダンス=愛の行為を目撃する、というストーリー仕立て。“Count To Five”では日本人のmomocaをはじめ、ドイツ、ロシア、ギアナ、アメリカなど各国の女性ダンサーが街中で踊っている。
ミロシュ自身、以前はダンスの訓練を受けていたという。その背景とスタンスはやはりその表現のなかにダンス・パフォーマンスが織り込まれているアーティスト、FKAツイッグスを思い出させる。“Taste”のビデオからは、俳優のエレン・ペイジと振付家のエマ・ポーターによるフィルム「Slack Jaw」もちょっと連想した。昨年彼女たちが結婚する前、2人で愛の誓いのようなダンスを発表したのだ。
そう思うと、ヴォーカルの質感や歌詞だけでなく、ミロシュという男性には、コンテンポラリーな女性アーティストが見つめている〈新たなフェミニティー〉と重なる部分がある気がする。さらには踊ること、セックスで愛を語ること、という身体的でパフォーマティヴな表現も彼の核にある。それが音楽やライヴに自然に発露しているのだろう。だからこそ彼の音楽は、人と人の体が触れるときの親密さを、滑らかな動きを、そのスリリングな瞬間を伝える。彼が実際に感じたままに。それをリスナーやオーディエンスとして受け止めるのもまた、エロティックな体験なのだ。
Live Information
〈RHYE Japan Tour 2018〉
2018年5月17日(木)大阪 Umeda CLUB QUATTRO
開場/開演 18:30/19:30
前売り 6,800円(ドリンク代別)
お問い合わせ SMASH WEST 06-6535-5569
2018年5月18日(金)東京 ZEPP DiverCity Tokyo
開場/開演 18:30/19:30
前売り 1F:スタンディング 6,800円/2F:指定席 7,300円(ともにドリンク代別)
お問い合わせ SMASH 03-3444-6751