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ニーコ・ケース “Buckets of Rain”

ニーコ・ケース。ディランによる75年のアルバム『Blood on the Tracks』はほぼ世界的に彼の最高傑作と認知されている。このアルバムは個人的な感情、ロマンスの香りや、愛による気持ちの高揚を表している。このアルバムを聞いて、夫人のサラ・ノジンスキーとの別離が影響を与えているのではという感想を持った人は多い。ディランの息子、ジェイコブ・ディランもこのアルバムは〈両親の会話だ〉とコメントしている。しかし、ディラン本人はこのアルバムが自伝的ではないと否定している。この曲はチャートのトップに輝き、ディランのスタジオ収録アルバムのなかでは最高の売り上げを誇っている。ディランとこの曲でデュエットを歌ったベット・ミドラーを始め、多くの女性シンガーがこの曲をカヴァーした。私にとっては、ニーコ・ケースの歌ったテキサス州オースティンでのライヴ・バージョンが最高の演奏とソウルフルな歌で本当に素晴らしかった。

 

エタ・ジェイムズ “Gotta Serve Somebody”

エタ・ジェイムズ。ディラン19枚目のアルバムになる『Slow Train Coming』は非常に評価が分かれたと言える。ディランはユダヤ人として育てられたが、組織宗教について常にシニカルな視点を持っていた。にもかかわらず、このアルバムで彼はアリゾナ州タスカンのホテルでの宗教的体験に影響を受けたとし、非常にキリスト教色の強いものになっている。一部のキリスト教信者は大喜びしたが、彼の古くからのファンの多くはこれに拒否反応を示した。アラバマ州マッスル・ショールスでレコーディングされたこのアルバムは〈無神教的ユダヤ〉と自称する著名なプロデューサー、ジェリー・ウェラーも参加して作られている。この曲はネオ・ゴスペルのスタンダードとなり、何度もレコーディングされている。エタ・ジェイムズはこの曲に教会とブルースのテイストを加えた。

 

シェルビー・リン “Don’t Think Twice It’s Alright”

シェルビー・リン。アラバマ州モバイルで育ったカルト・アーティストのシェルビー・リンは17歳の時に父親が母親を射殺した後自殺するのを目撃した。彼女は音楽にのめり込み、最初のレコーディングをカントリー・ミュージックのスーパースター、ジョージ・ジョーンズとのデュエットで飾っている。リンは〈カントリー〉ミュージシャンと呼ばれることが多いが、実際にはポップ、ソウル、カントリーとブルースに南部のテイストを加えた素晴らしいミックス・ジャンルの音楽家だ。99年にグラミーの新人賞を受賞したが、その時のアルバム『I Am Shelby Lynne』は実際には彼女の6枚目のアルバムとなる。彼女はジャンルに縛られることを嫌がりつつも並外れた音楽を作り続けている。また、彼女のレパートリーに含まれるディランの“Not Dark Yet”は、妹のアリソン・ムーアと共に録音している。

稀に、ディランは古いフォーク・ソングを自分のものとして発表すると糾弾されることがあるが、この曲もそのひとつだ。“Who’s Gonna Buy Your Chickens When I’m Gone”というフォークソングにコードやメロディーがそっくりなのだ。公共的な歌として認知されているこの曲をピーター・クレイトンが“Who’s Gonna Buy Your Ribbons When I’m Gone”として仕立て直し、発表した後にディランに原曲を教え、ディランも自分のヴァージョンを思いついたという。

 

ジョニー・ウィンター “Highway 61 Revisited”

テキサス出身の著名なアルビノ・ブルース・マン、ジョニー・ウィンターは69年、この曲を自分のアルバム『Second Winter』に収録した。ウィンター・ヴァージョンの“Highway 61 Revisited”は度肝を抜くようなスライド・ギターに飾られ、彼の生涯を通じてのスタンダード・ナンバーとなった。ハイウェイ61とは、ディープ・サウスと呼ばれるニューオリンズから北部のシカゴ、メンフィスや、セントルイスなどの各都市をつなぎ、その昔、アフリカ系アメリカ人が南部から脱出するのに使った道だ。ディランの育ったミネソタ州ダルースを起点としてもいる。1番の歌詞では聖書の創世記22節でのアブラハムの説話に触れている。他の部分ではほぼ不条理主義的でありながらうっすらと政治的な色合いも帯びていて、ウィンターの手により、焼けるようなブルースとなっている。