ボブ・ディランは多くの人に時代を越えた素晴らしい作曲家だと思われているが、ヒット曲と言われるものは非常に少ない。彼がチャートで1位に輝いたことはなく、トップ10入りした曲も“Like a Rolling Stone”Rainy Day Woman #12 & 35Lay Lady LayPositively 4th Streetだけである。彼の粗く、安定しない歌声を多くの人は特徴があって良いというが、彼は〈美しい〉声を持っているとは評されない。Gotta Serve SomebodyForever YoungKnockin’ on Heaven’s Doorのように、彼の歌は発表当時はそこそこしか評価されず、時間が経つにつれクラシックと評されるようになる傾向にあると言える。理由は人それぞれだが、彼の曲の一番好きなヴァージョンは、他のミュージシャンによるカヴァーだというパターンも多い。ボブ・ディランと彼の曲のファンとして、ここでは彼の素晴らしい曲の一番良いと思うカヴァー・ヴァージョンについて話をしたい。

 

ジミ・ヘンドリックス All Along the Watchtower(見張塔からずっと)”

ジミ・ヘンドリックスは、ボブ・ディランがこの曲を発売した6か月後、68年9月にカヴァーを発表した。レコーディングには非常にユニークな手法が取られた。彼のバンドであるエクスペリエンスの代わりにデイヴ・メイソンがリズム・ギターを、ブライアン・ジョーンズがパーカッションを担当、ヘンドリックス本人がベースを演奏。このシングルはイギリスチャートの5位、アメリカチャートでは20位に入り、これがジミ・ヘンドリックスのビルボード最高位となる。ディランはこのヴァージョンが非常に気に入って、彼自身のパフォーマンスもヘンドリックスのバージョンに影響を受けたと後に語っている。ヘンドリックスもディランの大ファンで、他にもLike a Rolling StoneDrifter’s Escape”Can You Please Crawl Out Your Window?もカヴァーしている。

 

ピーター・ポール&マリーBlowin’ in the Wind

ピーター・ポール&マリーはディランのカヴァーでヒットを飛ばした最初のミュージシャンになる。このフォーク・トリオは、ディランがセカンド・アルバムFreewheelin’ Bob Dylan』をリリースした3週間後にこの曲のカヴァーを発表した(ディランのデビュー・アルバムにはオリジナル曲は2曲しか含まれておらず、他はフォーク・ソングのカヴァーだった)。この曲はピーター・ポール&マリーのヴァージョンで世界的なスマッシュヒットとなり、ヒッピー時代のスタンダード・ナンバーとなった。平和への願いがテーマのため、キリスト教のいくつかの宗派や反戦運動家にも取り入れられている。この曲は100人を越えるアーティストに録音され、多くの言語に翻訳された。早期からのディラン・サポーターとして知られるジョーン・バエズも、日本語ヴァージョンも含み、この曲を何度もレコーディングしている。スティーヴィー・ワンダーのヴァージョンはチャートのトップ10に入るヒットになっている。ピーター・ポール&マリーのヴァージョンは若干古い印象ではあるものの、その素晴らしいハーモニーと悲しげなヴォーカルは、ジェファーソン・エアプレーンやママス&パパスに代表される、反骨精神を含むフォークとポップ、ロック音楽の素晴らしい融合の時代を反映している。

 

ニーナ・シモン I Shall Be Released

ニーナ・シモン。最初にこの曲がリリースされたのはザ・バンドのアルバム『Music from Big Pink』なので、こちらが1番のヴァージョンだと主張する人もいる。この曲はゴスペル様式で作曲され、不当に長期間収監された男の模様と宗教的な贖罪について描かれている。この曲はボビー・マクファーリンやアーロン・ネヴィルによるものを含む数々のゴスペル・アルバムに収録されている。これはディランの曲のなかでももっともカヴァーされた曲のひとつだが、ニーナ・シモンのゆったりとしたソウルフルなヴァージョンがベストと言えるだろう。

 

タートルズ “It Ain’t Me Babe

タートルズ。南カリフォルニア出身のポップ・グループ、タートルズが、このディランのカヴァーで65年の夏に初のヒットを飛ばした。ディランのオリジナル発表後1年を待たずにリリースされたこの曲は、チャートで8位となる。この曲は彼らのデビュー・アルバムのタイトル・ソングとなり、このアルバムには3曲ディランのカヴァーが収録された。他に特筆すべきヴァージョンとしてはジョニー・キャッシュ、ジョニー・サンダース(『Hurt Me』)、そしてケシャが2016年のビルボード・アワード授賞式で披露したパワフルなヴァージョンがある。タートルズはこの後数々のヒットを飛ばし、ヴォーカルのハワード・カプランとマーク・ヴォルマンはフロ&エディとしてフランク・ザッパのバンドで歌った後、人気のバック・コーラスとして引っ張りだことなり、T・レックスやブルース・スプリングスティーンらのアルバムにも参加している。