本題に入る前に、KIRINJIが先ごろ公開したリレー・プレイリストを紹介しておこう。冒頭の10曲はリーダー・堀込高樹の選。カシミア・キャットの煌びやかなポップ・チューンに始まり、大胆な刷新を遂げたレディオヘッドやN.E.R.D.、アート・リンゼイの意欲作を交えつつ、ヴルフペックにBJザ・シカゴ・キッド、ジ・インターネットと、ソウル/R&Bの次世代が名を連ねている――6月1日に49歳を迎えた堀込は「影響源はJ-Wave」と自嘲ぎみに語っていたが、現在のKIRINJIが〈今日のポップ・ミュージック〉と繋がろうとしているのが、このセレクトからも伝わるだろう。

KIRINJIがバンド編成で再出発してから5年になるが、ギアが明確に入れ替わったのは2016年の前作『ネオ』だった。そして、昨年末のコトリンゴ脱退を経て、6月13日に発表される新作『愛をあるだけ、すべて』は、さらにその先へと突き進もうとする一枚だ。その一方で、かつてなくアーバンな音像を描くために、一時は〈バンドの解体〉も考えたと堀込は明かす。そんな現在のモードを確かめるために、今回はニュー・アルバムの全曲解説を打診。制作背景やサウンド面の創意工夫、「ストーリーよりも感情を歌うことが多くなった」という歌詞について、ひとつずつ掘り下げてもらった。

KIRINJI 愛をあるだけ、すべて ユニバーサルミュージック(2018)

――全曲解説に入る前に、ニュー・アルバムでめざした方向性について教えてもらえますか?

「前作の『ネオ』でも、バンド演奏とエレクトロニクスの融合に手応えを感じてはいたんです。ただ、あのアルバムの中心となった“The Great Journey”もそうだけど、まだ生々しさがある気がしたんですよね。ダンス・ミュージックやヒップホップを基調とした、今のポップ・ミュージックと並べてみたときに、その〈いなたさ〉はないほうがいい気がしたんですよ。今回はそれよりもっと、シャープで均一なサウンドにしたくて」

――それが先行シングル“AIの逃避行”での、ダンサブルな音楽性に繋がったわけですね。

「あの曲も生演奏は入っているけど、リズムは四つ打ちだし、トリガーを使ってキックを均一なヴォリュームにしてみたり、ダンス・ミュージックに近づけるような音像をがんばって作ろうとしていて。ここから次のアルバムも、この気分をさらに推し進めた内容になるのであろう、というのがぼんやり見えてきた。そうなると自ずと、エレクトロニクスや打ち込みの割合も増えていきますよね」

――生演奏とエレクトロニクスの折衷ということでいうと、個人的には『ネオ』と同じくらい、あのアルバムが出たあとのライヴにも感銘を受けたんです。ファンも口を揃えて〈今のKIRINJIは最高〉と言うくらい、ここ最近のパフォーマンスは凄まじいものがあった。それもあって、ステージ上からのフィードバックも大きかったのかなと勝手に想像していたんですが。

「いや、ライヴを受けての新作という感じではないかな。それよりはむしろ、KIRINJIが〈バンドっぽくないもの〉になるかもしれないと思ったんですよね」

――というと?

「ダンス・ミュージックに近づけることで、みんなでスタジオに集まって録音するという従来のスタイルからはかけ離れてしまったんですよね。それもまあ、やむを得ないだろうと。〈今回のアルバムに関しては、プログラミングやシーケンスの割合が多くなるぶん、もしかしたら自分のパートがなくなることも起こりうるかもしれない。申し訳ないけど、その感じでいくからごめんね〉って、メンバーにも事前に伝えましたし」

――バンド編成で生まれ変わったはずのKIRINJIが、そういう局面を迎えたというのは驚きです。

「結果的に、打ち込みも増えたし、生演奏もいわゆるバンド・サウンドではない使い方をたくさんしています。例えばドラムで言うと、楠(均、ドラムス/パーカッションほか)さんが踏んだキックをサンプリングして、それを均等かつジャストに貼っていく。それに合わせてハットとスネアを叩くと、キックは打ち込みっぽい感じなのに、ハットとスネアは人間的なグルーヴを出せるんですね。ほかにも、16ビートの細かくてテクニカルなフレーズはTR-808(ドラムマシーン)に任せて、生のハットでシンプルな8ビートを刻むと、人間の推進力と機械の繊細さが共存できるんですよ」

――ここ数年のKIRINJIはやっぱり尖ってますよね(笑)。

「もちろん、そこまで過激なことはやってないけど、自分が作ったポップスをただ生演奏で録音してもいつもどおりにしかならなくて。〈良質ですね、いつもの感じでいいですね〉で話が終わってしまう。それだと面白くないんですよ。そういった意識は『ネオ』の頃からあったけど、それが今回はより極端になったと言えるのかな」

――間違いないと思います。

「あとはやっぱり、この数年で音楽の聴かれ方もそうだし、ポップスの成り立ち方も随分変わりましたよね。ヒップホップやダンス・ミュージックを基調にした今のポップスは、どれもワンアイディアを広げていくスタイルじゃないですか。〈イントロです、Aメロです、はい、サビきましたよ!〉という感じではなくて。同じようなテンションのまま自然にサビへと移るみたいな」

――そうですね。

「かくいう僕は〈A→B→C〉みたいな作曲スタイルに慣れ親しんできたわけだけど、それを今、生演奏で普通にやったら、とてつもなく懐かしい感じのものになってしまう。そのカビ臭さはどうにかしなくちゃいけないわけですよ(笑)。だから、ループを軸としたポップスと並べても違和感のない音作りにしたいし、なおかつJ-Popの〈A→B→C〉構成を上手い具合に両立できないかなというのは、ずっと考えていますね」

 

1. 明日こそは/It’s not over yet

――日々の葛藤や後悔と向き合い、反省と決意を込めたリリックが感動的ですが、実は〈明日こそは宿題がんばるぞ!〉みたいなニュアンスの曲なのかなとも思って(笑)。

「それです、がんばれない人特有の(笑)。この曲はマイナー調で音もソウルっぽいじゃないですか。だから歌詞も、多少ブルージーな内容がよさそうな気がして。ただ、あんまり後ろ向きになるのもどうかなと思い、〈前向き+しょうもない〉みたいな歌詞にしようと考えているうちに、〈明日こそは 昨日よりマシな生き方したいね〉というタームが曲とハマったんですよね」

――歌詞も曲調もブルージーなオープナーといえば、“奴のシャツ”(2003年作『For Beautiful Human Life』の1曲目)もありましたけど。

「でも、あそこまでのストーリー性はないですよね。この曲は同じメロディーを繰り返しているから、何かストーリーを組み立てるよりも、感情を乗せた言葉をひとつのフレーズで繰り返したほうが、よりグッとくるかなと思って」

――ループを踏まえた作曲スタイルの変化が、作詞の在り方にも影響を及ぼしていると。サウンド面ではどんなことを意識しましたか?

「他の曲ではエレクトロニクスを駆使しているのに比べて、この曲は生々しいですよね。これは60年代後半〜70年代頭のモータウンをもう少しダーティにして、音圧を増やしたイメージです。曲調そのものは古いソウルを意識しているけど、下の音(低音)をもっと強調していて」

――近年のソウル/ファンクはそんな感じですよね。演奏自体はオーセンティックなんだけど、音圧がファットになることで今っぽく聴こえる。

「そうそう、それだけで随分変わるんですよね。あと、この曲は音域のレンジも低くしてあるんですよ。通常はエレキベースってEまでしか出ないんだけど、DかCまで出していて。バンドでやると楽器の特性に縛られがちだけど、ダンス・ミュージックやヒップホップも含めて、シンベ(シンセ・ベース)を使った音楽はもっと全然低いし、Eまでしか使ってないと〈おやっ?〉となるくらい腰高に聴こえてしまうので」

――さらにこの曲は、SANABAGUN.の髙橋紘一さんと谷本大河さんによるホーンセクションも効いていますね。

「昨年、〈人間交差点〉(RHYMESTER主催のフェス)に出演したときに谷本くんが声をかけてくれて。それをずっと覚えていて、今回参加してもらおうと思いました。いわゆるセッション・ミュージシャンを呼ぶ手もあるけど、バンドで鍛えられた人にはまた違うノリがあるんですよね。今回はそういう人に吹いてもらうのがいいのかなと思ったんです。緊張していたみたいですけど(笑)」

 

2. AIの逃避行 feat. Charisma.com

――他のインタヴューで読みましたけど、Charisma.comのいつかさんも割と緊張していたそうですね。

「まあ、こっちもコラボ慣れしていないですしね(笑)。RHYMESTERは全然なんともなかっただろうけど」

――共演の経緯はそちらの記事に譲るとして、Charisma.comのラップ・パートに〈ロマンティック街道でhide and seek〉と、かつてのシングル曲の名前が織り込まれているのが気になりました。

「ああ。それはヨーロッパを旅している風景を入れようと話をして、名勝をちょこちょこ盛り込むことにしたんですよ」

――パリのポンデザール、ドイツのアウトバーンみたいな。

「そうそう。だから、キリンジの“ロマンティック街道”とはそんなに関係ないんですよね。そもそも、あの曲の歌詞にしたって、実際のロマンティック街道とはなんら関係ないし(笑)」

――ただ、あの曲が収録されている『DODECAGON』(2006年)は、キリンジがエレクトロニック・ミュージックに接近した一枚として、当時かなり騒がれましたよね。当たり前かもしれませんが、その頃と今とで、エレクトロニクスとの向き合い方は異なったりするのでしょうか?

「どうなんだろう。あの作品を振り返って(今回のアルバムを)作ったというのはもちろんないけど、当時はまだエレクトロニクスの扱いが不慣れだったなとは思います。ただ、『DODECAGON』では硬質で機械っぽい、いかにも打ち込み然としたサウンドを使いたかったのもあって。というのも、それ以前のキリンジはずっとシミュレーショニズムで曲を作っていたけど、『DODECAGON』ではそうじゃないものを作りたかったんです」

――なるほど。

「あの頃はそれまでのキリンジに対し、どうやって別のイメージを備え付けるかが念頭にあった。でも今回の場合は、現在の音楽シーンにどれくらい寄せていけるかという意識のほうが強くて。当時と今の違いというと、そこなのかな」

――この曲のモダンでスペーシーな80'sサウンドに対して、個人的には2006年当時のキリンジもフェイヴァリットに挙げていた、ラー・バンドを思い浮かべたりしました。

「ラー・バンドはたまに言われますね。自分のなかでは、プリファブ・スプラウトがダンス・ミュージックをやっているようなイメージです」

プリファブ・スプラウトの楽曲“If You Don't Love Me”
 

3. 非ゼロ和ゲーム

――目を引くタイトルについては歌詞にもある通り、各自でググっていただくとして、なぜ曲のモチーフとして使おうと思ったのでしょう?

「『メッセージ』という映画のなかで、重要なタームとして出てくるんですよ。それを観てからしばらくして、曲ができたときに歌詞を考えていたら、この言葉を思い出したんですよね。変わっているじゃないですか。〈非〉という接頭語があって、〈ゼロ〉とカタカナがきて、それから〈和〉でしょ。最初は足し算じゃなくて、和風の〈和〉かと勘違いしていたから、どういうことだと思ったし(笑)。そういう字面や語感の面白さが、この曲のキャッチーなファンクに上手くハマる気がしたんです」

――タイトルに負けないくらい、サウンドにもクセになる魅力がありますもんね。

「あとはそこから、このタームを解説する歌詞を書こうってアイディアが浮かんで。ピザをシェアする話とか入れて、噛み砕いて説明していこうと。ただ、Wikipediaの解説とかを読んでみても、なんか釈然としないんですよ」

――あれを読んでもよくわからないですよね(笑)。(参照:非ゼロ和 - Wikipedia

「win-winみたいな意味なのかと思っていたけど、これで本当に合ってるのかしらって。だから最後は〈わかんない〉って締めたんです。誰かに怒られないように(笑)」

――こういう曲を作ったのは、世相や時代のムードを反映させようとしたのかなとも思いました。

「新自由主義におけるトリクルダウンのように、お金持ちがガツンと儲かることで、一般層もおこぼれを貰えるといった構造がある一方で、もっとみんなが豊かになれるような仕組みを考えようって動きもありますもんね。ベーシック・インカムがまさにそうだけど。そういう意味では、時代性を反映している……と言ってもいいのかなー。あんまり自信がない(笑)」

 

4. 時間がない

――リード・シングルだけあって、今回のアルバムを象徴する一曲ですよね。どういった背景で生まれたのでしょう?

「久しぶりに軽快な曲ができたと思って、先にライヴで新曲として披露したんです。そのときは、僕は来年50歳になるんですけど、それをそのまま歌って。でも、リハの時は何とも思わなかったけど、ライヴの数日後に聴き返したときに、〈50歳になる〉と歌っているのは強烈すぎると思い直して(笑)」

――まあ、そうですよね(笑)。

「〈ある年齢に達して、残り時間を意識した人の歌〉っていう、もっと普遍的なものにしようと。曲調については、自分がかつて作ってきたようなスタイルの曲でもあるので、それをどう料理しようかと考えましたね。あんまり打ち込みでバキバキにしてもあんまりだし。それで、さっき話したようにキックを貼って、マシーンっぽい音と生音を合わせたものにしようと。結果的に、いつものKIRINJIっぽさもありつつ、新鮮なものを自分でも感じています」

――普遍性でいうと、ブリッジで弓木(英梨乃、ヴォーカル/ギター/バイオリン)さんのヴォーカルが入るくだりも、間口の広いポップネスをもたらしているように感じました。

「今のKIRINJIでは、僕一人のヴォーカルだけで曲が終わると、彩りとして物足りなくなっているんですよ。彼女があそこで歌ったほうが華やかだし、場面転換のようなムードも出せる。それと、弓木さんの声にはキャッチーな響きがありますよね。女の子っぽい感じのなかに、男の子っぽさもあるというか。録るたびに不思議な声だなーと思っています」

――それと、この曲はペダルスティールも凄いですね。現在のKIRINJIがエレクトロニクスに傾倒していくことで、田村(玄一、ペダルスティール/スティールパン他)さんの存在感もさらに際立っている印象です。

「デジタルな音色と生ドラムを組み合わせたトラックに、こういうウワモノが入ると味が出ますよね。そもそも、ペダルスティールって特殊な楽器じゃないですか。僕らはペダルスティールの音だってすぐわかるけど、若い人は〈シンセの音かな?〉と思うかもしれないし」

――たしかに。

「あと普通に弾くと、どうしてもアーシーで土臭いニュアンスになりますよね。でも、この曲はこういう(ダンス・ミュージック的な)サウンドで、先にシンセが入っていて、リズムもすでに出来上がっている。きっと、そのなかでどんなアプローチをするべきか考えながら、玄さんは弾いてくれたんだと思います。そうやって、楽曲に合うプレイを意識してもらえるのはありがたいですよね」

 

5. After the Party

――パーティーとひとつの恋が終わったあと、午前3時の切ない心情を歌った曲ですね。弓木さんがメイン・ヴォーカルを務めているのもあって、前作収録の“Mr. BOOGIEMAN”で弾けたあとの後日談みたいにも映りました。

「ああ、そういう捉え方もできるかもしれないですね。今回はバラードを入れたくなかったんですけど、ミディアム〜スロウな曲が一曲は欲しかったので、それで書いた曲です。最近のジャズやR&Bのバンドって、リズムのよれた演奏をしているじゃないですか。その感じをやってみたくて」

――うん、ドラムを聴いてそう思いました。

「これはドラムを打ち込みでスクエアに貼ったうえに、ベースやギターをずらして演奏しているんですよ。そこはベースの千ヶ崎(学)くんが上手くやってくれて。この手のサウンドはぼちぼちありますけど、ソウルフルな歌やラップが入っているものが大半ですよね。でも、弓木さんみたいなヴォーカルが乗っている曲は珍しいんじゃないかと思って」

――少なくとも、ロバート・グラスパーはやってないですね(笑)。

「きっと今後、どこかのアイドルが真似すると思います(笑)」

――高樹さんが提供するのはどうですか? Negiccoの“愛の光”に続く形で。

「そんな曲が届いたらびっくりされるだろうな(笑)。5連符とかやってるよって」

――アイドルではないけど、冨田ラボさんの『SUPERFINE』(2016年)がそれに近いんでしょうね。

「ああ、たしかに。あのアルバムも楽しく聴かせてもらいました」

――〈現在地おしえてよ、siri〉という一節がありますが、siriはよく使うんですか?

「ほとんど使わないです(笑)。日本人だからか、〈hey, siri〉と呼びかけることに照れがあって。昼寝するときに〈30分後にアラーム〉って伝えるくらいかな(笑)」

 

6. 悪夢を見るチーズ

――この曲は千ヶ崎さんと高樹さんの共作ですよね。

「全体的にポップな曲が多いから、ちょっと変な曲がほしいなと思っていたら千ヶ崎くんからこれが送られてきて。まさしく渡りに船でしたね。送ってくれたデモは物凄くシンプルで、ドラムとベースと仮歌だけ入っていて。当初は自分でハーモニーもつけていたらしいんだけど、それは僕がつけることになったので、ブラジル音楽っぽい変わったハーモニーをつけてみて」

――サウンドもそうだし、曲名と歌詞(作詞は堀込)も大胆でインパクトがあります。

「曲調も変だし、千ヶ崎くんが歌うことも決まっていたので、あまり感動的なことを歌わせても仕方ないし。それより、変な歌詞を歌ってもらおうと。たまたま、イギリスにそういうチーズがあることを知って、それをテーマにしたんです。〈悪夢を見るチーズ〉って、なんかしらドラッギーなものがある気がするじゃないですか。その効果を高めるために、歌詞も曲について自己言及したものにしようと」

――歌詞にあるようにBPM120だし、スラップでファンキーなベースも弾けてますもんね(笑)。

「そうそう。この曲を聴きながらそのチーズを食べたらヤバイでしょ、みたいな(笑)」

7. 新緑の巨人

――今回のアルバムは、ここからラストにかけてのメロウな展開がすごくいいんですよね。

「最終的に随分遠いところにいきましたけど、これはもともとはウィークエンドみたいな曲にしようと思って、サビはそんなつもりで作ったんですよね。この曲もさっき話したように、サビでは録音したキックをスクエアに貼り直しているんですけど、その前段のパートはポストロックっぽい(不均一な)生ドラムを使っていて。そこから均一なビートへと自然に移行させるために、ミックスで試行錯誤しました。それもあって、トラックとしても気に入っています」

ウィークエンドの楽曲“I Feel It Coming ft. Daft Punk”
 

――この曲名はやっぱり、「進撃の巨人」からきているんですか?

「そうですね。あるとき、小学3年生だった子どもがうろ覚えで〈シンリョクの巨人〉と言ってて。最初は〈深緑〉かと思ったけど、〈新緑〉とも書くなと気づいて。石神井公園でも光が丘公園でもいいんだけど、大きな公園はぶわーっと緑が広がっているじゃないですか。あれを巨人が横たわっているふうだと思ったら、なんだか面白い気がしたんですよね。池がそいつの足跡で、巨人が起き上がると夏がやってくる、みたいな」

――素敵です。

「とはいえ、そのファンタジックなモチーフだけで終わってもしょうがないから、もう少し自分の感情と結びつけようと思って。実はここ数年、〈新緑〉が芽吹く3〜4月頃に、いつも心身の調子が悪くなるんですよ。今年はアルバム制作があったから憂鬱になっている暇もなかったんだけど。そういう春先のメランコリックな気分が、夏がくることで早く晴れないかなと考えて作りました」

――それがウィークエンドに結びついたと。

「どちらかというと、シンプリー・レッドみたいになりましたけどね(笑)」

 

8. ペーパープレーン

――パッと聴いたときは、アイ・アム・ロボット・アンド・プラウドのように、キュートで懐かしい感じのエレクトロニカが思い浮かんだんですよね。でも実際は、2分に満たない楽曲のなかに、オーガニックな音色もたくさん詰まっていて。

「ずっと歌ばかりだから、インストがほしくなってきて。ただ、メロディーがついていると構成とか変に考えてしまうので、シンセのアルペジオだけで作ろうと思って。そのアルペジオだけメンバーに送って、いろいろ弾いてもらってから送り返してもらったんです」

――弦楽器やドラムパッドの音色がいろいろ重なることで、プログラミングだけでは生み出すことのできない、多層的で深みのあるサウンドになっていますね。

「自分が思ってもみなかったアイディアが返ってくるから、そのおかげで曲として魅力的になったのはよかったですね」

 

9. silver girl

――この曲もアルバムのハイライトですよね。高樹さんのオートチューンを用いたヴォーカルも含めて、ここ数年のアーバンなR&Bに接近したサウンドになっています。

「最初は普通に歌ってみたんですけど、どうもイマイチで。この曲自体も、もともとハウスっぽい四つ打ちを取り入れた、割とクールな感じのサウンドだったんですけど、なんかパッとしなかったんですよね。それでどうしようかなと思っていたときに、ドレイクの“Passionfruit”がすごく好きで、自分でも弾いているうちに、あの曲のリフとこの曲のメロディーの相性がいいことに気づいたんです。そこから、あの〈タンタンタン〉ってリフの音形を活かしてみると、いい感じに出来上がったんですよね」

――そこにスティールパンやパーカッションが絡まり合うことで、“Passionfruit”とはまた違う味わいが生まれています。

「この曲のリズムはほとんど打ち込みですけど、エレクトロニクスっぽい音色のなかに田村さんのパンが入ると、すごく生々しく感じるし、より存在感が引き立つんですよね。こういうふうに、〈もしかしたら自分のパートがなくなるかもしれない〉と話を振った割には、それぞれの存在が有機的に絡まっているなって、アルバムを作りながら気づいたんですよね。むしろ、結果的にプレイヤーとしての資質はより前面に出ている気もする。バンドだからといって、メンバーの個性を生かすことに拘泥していたら、こうはならなかったと思います」

――それは高樹さんが、ご自分の作家性に拘泥しなかったからとも言えますよね。インタヴューを通じて、今のポップ・ミュージックや時代性と積極的に打ち解けてきたことが、本当によくわかりました。

「90年代より以前の、自分が慣れ親しんできた音楽はもう身体に染み付いているから、出したくなくても出ちゃうんですよ。この“silver girl”も一見ループの曲みたいだけど、実はベースが細かく変わっていたり、いろいろ展開しているんですよね。そんなふうに、どうしても曲を構成したくなってしまう。そこは(今日的な観点でいうと)ダサいことなのかもしれないけど、それが自分の特徴でもあるわけだから。そこをなくして本当にワンループの曲を作ってしまったら、KIRINJIを聴いてきたファンも物足りなく感じるかもしれないし。ポップスや歌謡曲からの影響を殺すことなく、今の感じにアップデートさせようというのは心掛けましたね」