〈いま使ってる自分のベッドは本当にフカフカなのか〉

――ホセはジャンルを一括りにできないさまざまな作品を発表されてますけど、そういった音楽家としての姿勢を社長はどう捉えていますか?

社長「常にチャレンジしてますよね。でもヴォーカリストとしての基本的な素養がすごく高いから、何をやっても自分の色に染めることができる。例えばエレクトリックな作品でも、これまでの作品と変わりはなく声がちゃんと刺さるし、むしろそういう作品を出すことでリスナー層も広がってるし。だから今回、ビル・ウィザーズに焦点を当てたっていうのもうれしかったですね。僕にとってもビルは大きな存在なので。ホセはいつも刺激をくれるなあ」

ホセ「アリガトウ(笑)」

社長「でもエレクトリック・サウンドのライヴをした際に、イヤモニ(イヤーモニター)で耳を傷めたって聞いたからそこは心配してて」

――それはいつですか?

ホセ「去年の夏だね。すっかり忘れてたけど、思い出させてくれてありがとう(笑)」

社長「すごい心配してたんだよ(笑)!」

ホセ「あの時は怖かったけどね。音楽を長く続ければ続けるほど、これからももっと続けていきたいっていう気持ちになるけど、その一方でテクノロジーは常に進化しているから、新しいものが出たらそれを試したいって気持ちにもなるんだ。例えば、〈いま使ってる自分のベッドは本当にフカフカなのかなあ〉ってことを知るために、他のベッドを試してみて、〈ああ、やっぱり自分のがいちばんフカフカだ〉って思いたい。だから前のツアーではAbletonを取り入れたり、プロジェクターを使ったりしたんだけど、そういう経験があるからいまは〈生バンドっていいな〉って思って、そこに戻ってきてるところなんだ」

※音源の同期やDJパフォーマンス、エフェクトなどさまざまな機能を持ったライヴ用音楽ソフトAbleton Liveのこと

社長「SOILはいまAbletonを使ってるよ」

ホセ「あれはすごいよね。でもきっと社長も生バンドに戻ってくるよ(笑)」

社長「ちょうどいま、生バンドと打ち込みの融合みたいなものに挑戦してるからね」

ホセ「ここ5年でもすごい進歩があったよね。Thanks Ableton(笑)!」

 

天才、ビル・ウィザーズ

――ところで、先ほど社長からもあったように今作『リーン・オン・ミー』はビル・ウィザーズのトリビュート作となりました。そうなった経緯はどうしてですか?

ホセ「ここ5年くらい、自分のヒーローたちが次々と亡くなって、すごく心を痛めていたんだ。特にプリンス。彼が登場するまではミネアポリスなんて何もない街で、それを有名にしてくれたプリンスは、マイケル・ジャクソンと並んで僕のヒーローなんだ。でも悲しんでばかりいても仕方がないし、4年くらい前からビルの曲を歌っていたら、ファンから〈トリビュートをやってほしい〉っていう意見があって。それに今年ちょうど彼が80歳になるという話を聞いて、ぜひトリビュート・アルバムを作りたいと思ったんだ。彼の音楽は知られているけれど、彼自身はまだ過小評価されているとも思ったし」

社長「なるほどね」

ホセ「それにプラスして、アメリカの社会はいま、銃の事件が起こったり、政治的にも慌ただしかったりするから、どこかでみんなの心がひとつになれたらいいなと思ったんだ」

――今作を聴いて社長はどう感じましたか?

社長「僕の音楽経歴にとってもビル・ウィザーズは非常に重要なアーティストで、特に“Ain't No Sunshine”という曲は、僕が高校生の時にボサノヴァ・ヴァージョンのカヴァーを聴いて、すごく良い曲だと思った曲なんです」

――今作の1曲目にも入っていますね。

社長「そう。その曲のクレジットを見たらオリジナルはビル・ウィザーズと書いてあって、そこで初めて彼の存在を知って。それからレコード屋に行って手にしたのがビル・ウィザーズのアルバムだったんです。僕が人生で手にした最初の20枚に入るんじゃないかな、けっこう高かったんだよな。そこから他のアルバムも聴いていって。なかでも“Better Off Dead”という曲は、いまでもDJをやる時にかけるくらい好きな曲なんです。もちろんその曲も今作に入っているし、やっぱり同じセンスしてるんだろうな(笑)」

ホセ「(笑)」

――今作ではよく知られた曲から、比較的マイナーな曲まで取り上げてますよね。お二人はビル・ウィザーズという音楽家に対してどういう評価をされていますか?

社長「ヴォーカリストに留まらず、プロデューサーとしても有能な人で、アレンジメントや楽器の使い方を取ってみても素晴らしいものを持っている人ですね。ヴォーカリストとしてはもっと上手い人もいるだろうけど、彼の声もまたオンリーワンだと思うし、その声を活かすアレンジの仕方をよくわかっているという、トータルで視野の広い人なんじゃないかな。そういう点においてもホセはビルに対してのリスペクトがあると思うんです。例えばキーをほとんどオリジナルのまま歌ってるし」

ホセ「その通りだね。作曲家の人って、そのキーで書いてることに意味があるんだよね。それを、歌い手が歌えないからって勝手に変えるっていうのはダメだと思う。こんなこと言ったら(キーを変えてる人に)嫌われちゃうかもしれないけど、でもクラシックやオペラでそんなこと言える?って思うよ」

社長「例えばある曲でピアノ・パートのキーだけを変えたとしても、響きがまったく変わっちゃうからね」

ホセ「そう。すべての楽器で変わる。フィーリングも変わるよね」

社長「同じマイナー・キーでも、CマイナーとDマイナーで全然違う響きを持ってるから、〈原曲からキーを変えない〉っていうことがすごく大事なんだよね。わかってるね、ホセは(笑)」

ホセ「CマイナーとDマイナーの違いくらいならわかるよ(笑)」

社長「(笑)」

ホセ「やっぱり人間の耳には聴こえないオーバートーン(倍音)がそのキーごとにあるから、CマイナーにはCマイナーの響きがあるんだよ。ひとつおもしろい話があるんだけど」

社長「何?」

ホセ「ビル・ウィザーズの“Ain't No Sunshine”は、もともと“Harlem”っていうシングルのB面の曲だったんだけど、それでお金を儲けて〈俺はソングライターになったんだからピアノを買うぞ〉って言って、ウーリッツァー(エレクトリック・ピアノ)を買ったんだって。ところが楽器のキーの変え方がわからないから、キーはそのままで白鍵だけで弾いたのが“Lean On Me”のイントロだったらしいんだよね。そんなだから〈この曲は売れても売れなくてもいいや〉って感じだったらしい。それくらい才能のある人なんだよ」

社長「おもしろい話だね」

ホセ「そういう天才的な話を聞くと、僕たち若いアーティストはもう嫌になってくるよね(笑)」