「打つ」ことの自由さと高みを見せる、ゲラシメスの来日
一般的なクラシック音楽ファンにとって、打楽器のソロ演奏は不思議な存在である。クラシック楽器としては歴史的に新しく、民俗音楽や電子音楽といったジャンルや、視覚性の強いパフォーマンスとも隣接していく。単に多彩なリズムを刻むだけではなく、マリンバなどで伝統的なメロディやハーモニーも奏でる。プリミティヴかと思われていた楽器群が、その性質ゆえに開かれており、他の楽器にはない自由さを持つ−−。
11月4日に彩の国さいたま芸術劇場でこのような打楽器の魅力を見せてくれるのが、ドイツ生まれのアレクセイ・ゲラシメスだ。コンテンポラリーダンス界の振付家サシャ・ヴァルツやタン・ドゥン指揮NDRエルプフィルハーモニー管との共演でも知られ、高い技術もさることながら、その尽きることのない音楽的探究心と、既存のジャンルに囚われない視野の広い活動で知られる。この来日公演では、 斬新なプログラムで多くの人々に感銘を与えることが予想される。
まず日本の打楽器学生にはよく知られた本人作曲の《アスヴェンチュラス》は、自然な音楽的展開を考慮しながらも、スネアドラムの各部位を限りなく多様な音色で鳴らすのが特徴的で、その奥深さに心うたれるだろう。また、他に3曲のゲラシメス作品が演奏されるが、いずれも日本初演とのことだ。
全体的に難易度の高い作品が並ぶが、民俗性へのアプローチには興味深いものがある。マーク・グレントワース作曲《ブルース・フォー・ギルバート》はジャズ的フィールやタイム感が要求される叙情的なヴィブラフォン作品だし、ネボジャ・ジヴコヴィッチの《イリヤーシュ》はバルカン半島の民俗音楽に影響を受けた変拍子やスケールの使用が特徴的なマリンバ作品。燃える水を意味する、ハビエル・アルバレス作《テマスカル》は、電子エフェクト的音源の上に、2本のマラカスでラテンアメリカのリズムパターンが演奏される。作曲家ジョン・アダムズの言葉を借りれば、「時代や場所を超えた大衆文化性が露わになる」のだが、ヤニス・クセナキスの《ルボンB》も、難解な現代音楽というよりどこか想像上の民俗音楽のような趣がある。また、パフォーマンス的要素において斬新な作品もある。ケーシー・カンジェローシ作曲《バッド・タッチ》は、人の声や自然音なども含まれた録音と同期した演奏を聴かせ、一人芝居のような演劇的要素が強い。
どこまでも打楽器演奏の可能性を拡張していくゲラシメス。叩く者の身体と密接に結びつき、そこから放たれる多彩な空気の振動は、会場に集う観衆の鼓膜と肉体へと深く響いていくことだろう。
LIVE INFORMATION
アレクセイ・ゲラシメス パーカッション・リサイタル
○11/4(日)15:00開演 ※終演後、アフター・トークあり
会場:彩の国さいたま芸術劇場 小ホール
【曲目】
アレクセイ・ゲラシメス:アスヴェンチュラス
アレクセイ・ゲラシメス:スピラトン (日本初演)
ハビエル・アルバレス:マラカスとテープのための”テマスカル”
マーク・グレントワース:ブルース・フォー・ギルバート
ネボジャ・ジヴコヴィッチ:イリヤーシュ
アレクセイ・ゲラシメス:ソウル・オブ・ボトル (日本初演)
アレクセイ・ゲラシメス:エラウィ (日本初演)
ケーシー・カンジェローシ:バッド・タッチ
ヤニス・クセナキス:ルボンB
www.saf.or.jp/