天野龍太郎「毎週金曜日にMikiki編集部の田中と天野がお送りしている〈Pop Style Now〉です」
田中亮太「今週も〈カニエ通信〉はあるのでしょうか?」
天野「アカ消ししたTwitterとInstagramを早速復活させました。新作『Yandhi』制作のために向かったウガンダで〈フェラ・クティとボブ・マーリーと2パックの魂が俺の中を流れているぜ〉と発言してフェラの家族に怒られたり……」
田中「……まずは〈Song Of The Week〉!」
Sampha “Treasure”
Song Of The Week
天野「今週の〈SOTW〉はサンファの新曲“Treasure”! 南ロンドン出身のシンガー/トラックメイカーで、2017年の初作『Process』は英マーキューリー・プライズに輝きました」
田中「この曲は、映画『Beautiful Boy』(2018年)に提供したもの。『君の名前で僕を呼んで』で全人類のハートを貫き、『レディ・バード』ではすべての観客を呆れ笑いさせたティモシー・シャラメくんとスティーヴ・カレルが親子を演じています。薬物中毒の息子を立ち直らせようと苦悩する父親の姿を描いた作品だとか」
天野「サンファは映画を観た後に曲を作ったそうで、彼は劇中の親子の姿に非常に共鳴を感じたみたいです。『Process』収録の“(No One Knows Me)Like The Piano”は、移民である両親が本国から持ってきたピアノに母親の姿を重ねる名曲でしたね」
田中「彼特有のホーリーかつソウルフルな声で歌われる〈君を家に連れて行けたら/君をもとどおりにできれば/なぜなら、君は宝物だから〉というリリックに涙が……」
天野「マジで泣いてる……。それにしても、ものすごく作り込まれたプロダクションが素晴らしいです。ポスト・クラシカル風のミニマルなピアノとストリングスが鳴り響くなか、ディレイやエコー、深いリヴァーブがかけられ、幾重にも重ねられた歌声がさまざまな定位から聴こえてくる」
田中「複雑に変調されたヴォーカルを耳で追うだけでも刺激的で、八木皓平さんの言う〈変声音楽の時代〉における讃美歌とでも言えそうな楽曲ですね」
Osquello feat. Poppy Billingham “Tired Creature”
天野「次はオスクェロの“Tired Creature”。ロンドン在住のラッパー/シンガーで、なんとまだ19歳……! ロンドン、逸材がどんどん出てきますね。すごいなー」
田中「この“Tired Creature”も、まさにいまのロンドンの音ですよね。都会的なエレクトリック・ピアノが鳴ってて、ビートはコンテンポラリーな感じで、ジャジー・テイスト。トム・ミッシュやジェイミー・アイザック、プーマ・ブルーのファンにはグッとくる音なんじゃないでしょうか」
天野「なんか、最近のロンドンのアーティストって、みんなメランコリックで憂いがある感じなのがちょっと気になってて。プーマ・ブルーやキング・クルールなんて〈現代のチェット・ベイカー〉な感じがありますし」
田中「確かに。この曲のタイトルも〈疲れた生きもの〉ですしね」
天野「坂本慎太郎ライクな……。歌詞も〈僕は常に闇の中にいる/月明かりを見せてくれ〉ってな具合ですし」
田中「ロンドン、というかUKは政治的にも経済的にも大変そうですしね……。その一方でインディー系はシェイムを筆頭に〈怒れる若者〉が元気なのも興味深い」
天野「ともあれ、音楽都市ロンドンからは、まだまだ目が離せなさそうですね」
Elujay “Little Thangs”
天野「3曲目はカリフォルニアはオークランドのミュージシャン、エルジェイの新曲"Little Thangs"です。PSNではアメリカ西海岸の音楽をたくさん紹介していますよね。先週のフリー・ナショナルズとか、ちょっと前のSOB X RBEとか」
田中「ジャズからインディー・ロックまで、あらゆる音楽が豊かな地域ですからね。エルジェイのこの曲もファンキーでメロウで、西海岸らしさを感じるサウンド! それにしても天野くんは、ニヒルな文学青年っぽいパブリック・イメージと異なり、踊れる軽薄な音楽も大好きですよね。意外にパリピっていうか」
天野「(どんなイメージなんだろう……)ケンドリックもチャンスも最前で観ましたからねっ! エルジェイのこの曲、シンセもギターも気持ちいいな~。フィール・グッド!!」
田中「サンダーキャットやルイス・コール、ブランドン・コールマンなど、最近のブレインフィーダーの音楽のファンや西海岸のコンテポラリー・ジャズに入れ込んでる方にもおすすめしたいですね」
天野「あとケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』のファンにも。“These Walls”とかのテイストにそっくり」
田中「本人はチャイルディッシュ・ガンビーノの新曲にインスパイアされたって言っていますね。言われてみれば、確かに」
天野「まだ21歳で、注目株ではないでしょうか。これからセカンド・アルバムを出すらしいので、それも楽しみですね」
Flohio “Wild Yout”
天野「さて。4曲目はフローハイオの"Wild Yout"です。彼女もロンドンのラッパーで、しかもサウス・ロンドンです」
田中「やっぱり南ロンドンすごいなー。ロンドンの特にサウス・サイドから多くの優れたアーティストが出てきていることは、ゴート・ガールに絡めた特集でもお伝えした通りです」
天野「ですね。フローハイオがいるのはサウス・イーストみたいです。あんまり〈フィメール・ラッパー〉っていう言い方は好きじゃないんですが、彼女のようなパワフルな女性のラッパーが出てくると、やっぱり気になってしまいますね。これもメイル・ゲイズかもですが……」
田中「ビョークの"Bachelorette"をサンプリングしたビートでフリースタイルする動画もカッコイイですね! この曲も最近のトラップのようにダウナーじゃなくてアッパーですし、矢継ぎ早に攻撃的な言葉を畳みかけるラップは、グライムMCのような勢いで」
天野「この"Wild Yout"はトラップ風ではありますが、ロー・ビットでノイジーなベースやサイレンのような音色のシンセ、激しいキックの連打が、アトランタじゃなくてロンドンの音を感じさせます」
田中「ステッピーなところが、かの国独特のノリですね。久しぶりにレディー・ソヴァリンを聴きたくなりました。ちなみに〈Pitchfork〉は〈次世代UKラップのケイオティックな一例〉なんて書いています」
天野「カッコつけた表現だな~。11月2日(金)に同タイトルのEPをリリースするようですし、そちらにも期待です!」
Ashnikko feat. Kodie Shane “Invitation”
田中「最後はアッシュニッコの“Invitation”! アメリカ生まれで、少女期を中東欧のラトビアで暮らし、現在はロンドンを拠点にしているという、複雑な経歴を持つラッパーです」
天野「〈1883 Magazine〉のインタヴューによると、言語環境の変化に苦労したことが、彼女を音楽での表現に向かわせたんだとか」
田中「しかしながら、まだ家父長制が強い場所なので、音楽シーンもそういったムードらしく、女性というだけで悪い意味で目立ってしまうことも多かったとか」
天野「日本もバリバリ家父長制っすよ!」
田中「そのとおり。この“Invitation”は、(それがラトビアでなのか、他の地方で起きたことなのかはわかりませんが)男性から性暴力を受けた経験が歌われているそうで」
天野「なるほど。女性としての服装や身体のラインを指して、〈これは(男を誘う)招待状じゃない!〉と中指を立てているんですね。さっきのインタヴューを読んでも、ポップ・ミュージックが持つ若い世代に与える影響、世の中を変えていくパワーにはかなり自覚的みたいです」
田中「すでにメジャー・レーベルと契約していますし、こうした発言にも覚悟が窺えますね。カッコイイ。とはいえ、決して行儀のよい歌じゃなく、サウンドはダーティーで不穏なグライム調。サビも〈fuck you〉と言いまくりなのが痛快です。〈fuck you〉という言葉について、最近良い考察をしていた天野くんとしてはどうですか?」
天野「日本語話者にとって卑語って扱いが難しいので、下手なことを言わないためにも来週までにさらに考えを深めておきます! ではまた!!」