©Karolina Wielocha

絶大な賞賛と成功を手に入れながらも、その強い信念は『NO THANK YOU』と発さずにはいられなかった――ー昨年末のサプライズ作がついにフィジカルで登場!

色濃いパーソナルな側面

 ナイジェリア人の両親を持ち、ロンドンの公営団地で2人の姉と共に育ったリトル・シムズ。彼女はUKラップ・シーンにおいて孤高の存在感を放つラッパーだ。2010年にデビュー・ミックステープ『Stratosphere』をリリースすると、その後も着実に作品と評価を積み重ね、いまではケンドリック・ラマーやストームジーなど多くの同業者から支持されるほどの表現者になった。

 そんな彼女の名を一躍有名にした作品といえば、2021年にリリースされた4枚目のアルバム『Sometimes I Might Be Introvert』だろう。彼女にとって初の全英アルバム・チャートTOP5入りを果たしたこの作品は、批評/商業の両面で成功を収めた。2022年度のマーキュリー・プライズにおいて最優秀アルバム賞を獲得し、ガーディアンやNPRといったメディアは年間ベスト・アルバムのTOP3にランクインさせている。音楽業界や女性差別など多くの社会的トピックと内省的な独白を絡めた歌詞はリスナーに知的興奮をもたらし、幼馴染みでもあるインフローがプロデュースしたサウンドは彼女の多彩な音楽的背景を見事に花開かせた『Sometimes I Might Be Introvert』は、いまのところリトル・シムズ史上最高傑作と称しても差し支えない作品だ。

LITTLE SIMZ 『NO THANK YOU』 Forever Living Originals/BEAT(2022)

 その最高傑作に続く作品として、彼女が完成させたアルバムこそ『NO THANK YOU』である。本作は2022年12月にデジタル・リリースされたもので、この6月にCD/LPのフィジカル版も世に放たれたばかりだ。プロデュースは前作と同じくインフローが務め、収録曲の半分以上にバック・ヴォーカルで参加したクレオ・ソルなど、ゲストも彼女と親しい者が多い。そうして制作が進められた影響か、前作以上に彼女のパーソナルな側面が色濃く、1対1で会話しているかのような親密感が際立つ。ジャケットもどこかラフな印象を抱かせ、ポージングから衣装まで細かなところも計算し尽くされた写真を用いた前作とは大きく異なる。アルバムを手に取ったこちらの目を力強く見つめるような彼女の目つきはとても凛々しく、挑発的だ。この姿勢は、〈ときどき私は内向的かもしれない〉という意味合いを持つ前作のタイトルとは正反対に見える。

 

シリアスな眼差しとサウンドの快楽

 こういった反骨心は歌詞でも顕著だ。スターに登りつめた自身を見つめた1曲目の“Angel”では〈奴隷船に乗せられるなんてお断り〉とラップし、商業主義に走ることを拒否する。さらに“Broken”では、彼女の視点から描いた黒人コミュニティーの内実とメンタルヘルスに言及し、持ち前の秀逸な社会批評を披露してくれる。本作の歌詞はひとつひとつのフレーズが難しくなく、特定の人にしか伝わらない固有名詞も多くないシンプルな言葉選びを特徴としているが、描かれる機微や情動はとても複雑だ。その複雑さは一度聴いただけで消化しきれるものではない。それでも、グルーヴとして心地良い彼女のフロウを筆頭に、繰り返し聴きたくなるだけの軽さを演出する要素がいくつもあるおかげで、一回聴いたら満腹ということにはならない。ゆえに本作は非常に中毒性が高い。

 そうした中毒性の助力となっているのがサウンドだ。随所で響きわたる甘美なコーラス・ワークはゴスペルのエッセンスが目立ち、シンコペーションを多用した肉感的なベースラインの数々にはファンクの香りが染み付いている。さらに豪快なストリングスと太いキックを刻むブレイクビーツが前面に出た“Gorilla”は、ア・トライブ・コールド・クエストあたりのジャジーなUSヒップホップを想起させる。これは恐らく、グライムから多大な影響を受けつつ、アメリカのポップ・ミュージックを愛聴してきた彼女の嗜好が強く反映された結果だと思う。本作は歌詞でシリアスな眼差しを見せつけながら、サウンドは気持ち良さという快楽性をアピールしている。このバランス感覚に筆者は、リトル・シムズの成熟と風格を見た。

 『NO THANK YOU』は、言葉やサウンドなど、あらゆる面にいかなるものにも媚びないとする彼女の鮮烈な宣言が見受けられる。安易に時代の潮流と交わらず、自分の表現と想いにどこまでも忠実な姿はイギリスの音楽シーンのみならず、世界的に見ても稀有だ。UKラップ・シーンのアイコンとして注目を集めながらも、アフロスウィングを開拓したJ・ハスのように特定のジャンルという色を付けられずにここまで歩みを進められたのは、ひとえに自分の表現を追い求めてきたからだろう。

 そのような表現がイギリスのハードな世情とも共振し、いまを生き抜くので精一杯の人たちにとっての光になっている様に、筆者はレベル・アーティストとしての側面を彼女に見い出してしまう。そんな戯言を言いたくなるほど、本作の批評眼は現在を鋭く射抜いている。 *近藤真弥

インフローの関連作を一部紹介。
左から、ソーの2022年作『Untitled(God)』(Forever Living Originals)、ブロークン・ベルズの2022年作『Into The Blue』(AWAL)、アデルの2021年作『30』(Columbia)

リトル・シムズの作品。
左から、2015年作『A Curious Tale Of Trials + Persons』、2016年作『Stillness In Wonderland』、2019年作『Grey Area』、2021年作『Sometimes I Might Be Introvert』(すべてAge 101)

 

『NO THANK YOU』と並べて楽しみたい、真摯で芳醇でソウルフルな作品たち

CLEO SOL 『Mother』 Forever Living Original(2021)

『Grey Area』以降のシムズ作品に参加し、『NO THANK YOU』ではより多くの曲に声を添えてアルバムの雰囲気作りにも深く貢献しているロンドンのシンガー。パートナーでもあるインフローの全面プロデュースしたこの2作目ももちろん必聴だ。

 

FLOHIO 『Out Of Heart』 Flohio/AWAL(2022)

モードセレクターやストリーツとのコラボで脚光を浴びた、ラゴス出身ロンドン拠点のラッパー。往年のグライムからイヴのようなUSの先駆者までの影響を反映した彼女ならではの鋭角的なカッコ良さは、このダンサブルな初作でも存分に堪能できる。

 

SAMPA THE GREAT 『As Above, So Below』 Loma Vista(2022)

豪メルボルンを拠点に成功を収めたザンビア出身ラッパー。コージェイ・ラディカルやデンゼル・カリーら多国籍の大物を迎えたこの2作目でも、スピリチュアルな魅力は全開だ。シムズとの共通項はローリン・ヒルからの影響を例に挙げるまでもない。

 

GREENTEA PENG 『Man Made』 AMF(2021)

ナイトメアズ・オン・ワックス曲の客演やネナ・チェリー『The Versions』へのエントリーも記憶に新しいロンドンのシンガー。サイケデリックを標榜しつつエリカ・バドゥや往年のミス・ダイナマイトを想起させる濃厚な音楽性が実に折衷的で妖しい。

 

SPEECH DEBELLE 『Sunday Dinner On A Monday』 Monday Sessions(2023)

リトル・シムズの躍進時にふと彼女のことを思い出した人も多いはず。マーキュリー・プライズに輝いた初作から時を経たこの6年ぶりの4作目でも、アコースティック・ソウルと芯のあるラップを詩的かつコンシャスに行き交う歌世界は健在だ。

 

RAY BLK 『Access Denied』 Island(2021)

ゴリラズやストームジーとの手合わせを経てアルバム・デビューを飾ったナイジェリア出身のR&Bシンガー。ステフロン・ドンやギグズの参加もありつつ、90年代のUSマナーを下地にした明快なサウンド世界は『NO THANK YOU』にも繋がるものだ。