©Thibaut Grevet

スター性とアーティスト性を見事に兼ね備えた現行UKシーン最高のアーティストが入魂の新作『Lotus』を完成! 葛藤を超えて美しく開いた蓮が象徴するその奥深い世界とは……

直接的であること

 「これらは日記に書くような内容よ。レコードにしなかったとしても、誰にも聞かせなかったとしても、私は自分自身に伝えたいと思う。私は自分が言いたいこと、言うべきことにもっとフォーカスした。方向性にはあまりこだわっていなかった。なぜなら、この作品がどこに行くのかあまり確信が持てなかったから」。

 完成したニュー・アルバム『Lotus』を前にリトル・シムズはこう告白する。疑いなく現代の英国音楽シーンを代表するアーティストの一人となった彼女ではあるが、実は制作に取りかかる前には自信を喪失し、音楽キャリアの限界を感じる境地にまで追い詰められていたそうだ。そう書くと心配になってしまうが、そうした浮き沈みを投影して『Lotus』を仕上げたことで、現在の彼女はもう一歩前へ進むことができたということでもある。

LITTLE SIMZ 『Lotus』 AWAL/BEAT(2025)

 あくまでも傍から見ればリトル・シムズのキャリアは順調に推移している。その名を一気に高めた『Sometimes I Might Be Introvert』(2021年)とそれに続いた『NO THANK YOU』(2022年)は批評的にも高く評価され、比べるもののない個性として彼女の存在感と地位を確立している。『NO THANK YOU』は2024年のブリット・アワードで3部門にノミネートされ、彼女にMOBOアワードの〈最優秀ヒップホップ・アクト〉を授けた。同作のリリースに伴って北米ツアーも開催される一方、本国UKではアレクサンドラ・パレスでの公演を即完させ、2024年には〈グラストンベリー〉でピラミッド・ステージに立った。同年にはコールドプレイの“WE PRAY”にバーナ・ボーイらと並んで客演し、BTSのRMとは“Domodachi”でコラボするなど、外向きの動きも見られた。そんななかで用意されていた『Lotus』は、本人も「明確であること、直接的であることが私にとって本当に重要になった。最終的には、それがそのまま形になった」と語るように、またひとつステップを上がるタイミングに相応しい作品となった。

 今回の制作パートナーとして全曲のプロデュースを務めたのは、ロンドンのマイルス・クリントン・ジェイムズ。マイケル・キワヌーカやネイオ、フォールズらの作品に関わってきたほか、近年はユセフ・デイズやココロコらを手掛け、シムズの作品では『GREY Area』(2019年)収録の“Wounds”を共作したり、『Sometimes I Might Be Introvert』収録の“I See You”をインフローと共同プロデュースするなどの関わりがあった人だ。逆にここ数年の作品をガッチリ支えてきたインフローは不在。こうした状況の変化が何を意味するのかは不明だが……結果的には彼女自身も新たなチャレンジに取り組み、そのことが『Lotus』を花開かせることになった。