©Jesse Crankson

先鋭的な話題作に美声を注いできた〈時代の声〉がサウンド・クリエイターとしても覚醒。躍動的かつ予測不可能なビートを操る指先で、その創造性が爆発している……

 その登場時から現在に至るまで、サンファは〈時代の声〉であり続けてきた。キャリア初期にXXやSBTRKTにフックアップされたのを皮切りに、ドレイクやカニエ・ウェスト、フランク・オーシャンなど錚々たる面子の作品にゲスト・ヴォーカリストとして参加。最近ではケンドリック・ラマーやトラヴィス・スコットらの最新作で歌声を響かせていたのも記憶に新しい。メインストリームの先鋭的なヒップホップやR&Bの大物たちから、サンファは寵愛され続けている。

 そんな八面六臂の活躍を見せているからこそ、サンファのことを〈美声のシンガー〉という一面的な見方で捉えている人も少なくないだろう。だが本人が各所で語っているように、もともと彼はグライムのトラックメイカーやフライング・ロータスに憧れていたサウンド・クリエイター志向のアーティスト。初作の『Process』(2017年)でも、全楽曲でプロデュースを手掛けている。その歌声が突出して素晴らしかっただけに、これまではシンガーとしての側面ばかりに脚光が当たってきたが、今後は人々の見る目が変わるに違いない。なぜなら7年ぶりの新作『Lahai』は、サンファがプロデューサーとして覚醒した大いなる飛躍作だからだ。

SAMPHA 『Lahai』 Young/BEAT(2023)

 エル・グインチョやイェジ、ローラ・グローヴス、ブラック・ミディのモーガン・シンプソンら気鋭の音楽家たちが力添えした今作で何より耳を引くのは、“Stereo Colour Cloud (Shaman’s Dream)”“Spirit 2.0”などで聴けるドラムンベースも視界に入れた高速ブレイクビーツ。エッジが立ったビートと毛布にくるまれているかのように温かな歌のコントラストが、アルバム全体に心地良い緊張感を与えている。彼のトレードマークであるピアノも今回はメロディアスな演奏がメインではなく、打楽器のように鍵盤を打ちつけるフレーズのループが目立つ。ときにサンファの歌もラップのように言葉が跳ねる瞬間があるのも新鮮だ。総じて『Lahai』のサウンドはリズミックで躍動的。特にドラムは予測不可能な展開が多く、聴き手に息をつく暇を与えない。

 今作でこのようなサウンドが実現した理由のひとつに、サンファが新たに導入した機材の影響が挙げられる。今回、彼が取り入れたのは、本人いわく「ロボットドラマーのドラムマシーン」。一般的なドラムマシーンとの違いは、機材に内蔵されたドラム音をプログラミングで再生するのではなく、MIDIで制御された機材が指示通りのパターンで動き、実際に生ドラムを叩くこと。つまりこのアルバムの高速かつ複雑なビートは、基本的に生演奏のドラムによるものだ。ビート・パターンは人間の演奏能力の限界を超えているので機械的に感じるが、音自体は生ドラムなのでオーガニック。これまでにない音の質感を生み出せる機材の導入がサンファの創造力を刺激し、サウンドメイカーとしての覚醒へと導いたのは想像に難くない。

 また、初作の『Process』は制作中に母親が他界したことがアルバムの内省的なトーンを決定づけていた。対して『Lahai』は、制作中に娘が生まれたことが作品のヴァイブに影響を与えている。サンファによると、娘が生まれたことで自分と祖先との繋がりを意識するようになったという。自身のミドルネームであり、祖父の名前でもある〈ラハイ〉をアルバム名に冠したのもそういうことだ。いまサンファは一個人の狭い視点からではなく、数千年、数万年と続く命の円環を意識して世界を見つめている。〈我が子の目を通して 僕にはあなたが見える 思ったのは、もしかして終わりなどなく あるのは無限性だけ 始まりもなくて 架け橋があるだけなのかもしれない〉という“Satellite Business”の歌詞は、現在のサンファの物の見方を象徴しているだろう。こうした意識の変化があったからこそ、『Lahai』はこれから進むべき道が照らされているかのように迷いがなく力強い。そして、ジャケット写真の澄んだ青空のごとく晴れやかだ。

 もうサンファは美声を愛される客演の名手に留まらないだろう。あらゆる面において刮目すべき成長を遂げた『Lahai』で、彼はひとりのアーティストとしてさらなる高みに到達した。

『Lahai』に参加したアーティストの関連作を一部紹介。
左から、エル・グインチョがプロデュースで参加したロザリアの2022年作『Motomami』(Columbia)、イェジの2023年作『With A Hammer』(XL)、ローラ・グローヴスの2023年作『Radio Red』(Bella Union)、ブラック・ミディの2022年作『Hellfire』(Rough Trade)

サンファの過去作と近年の参加作。
左から、サンファの2017年作『Process』(Young)、SBTRKTのニュー・アルバム『The Rat Road』(Save Yourself)、トラヴィス・スコットの2023年作『Utopia』(Cactus Jack/Epic)、ケンドリック・ラマーの2022年作『Mr. Morale & The Big Steppers』(Top Dawg/Aftermath/Interscope)