何もない感情に付箋を貼って、少しの言葉で残しておくことにしよう​

――『AINOU』では、どの曲が最初に出来たんですか?

「“SHE’S GONE”と“きっとね!”の2曲です」

――“SHE’S GONE”はどんなイメージで作られたんですか?

「サビのフレーズは、荒木さんがセッション中に〈めちゃくちゃイイ〉と録音したものがあって。それを先ほどお話したような感じで膨らませていった曲ですね。彼らの制作場所は穏やかなところで。田んぼに囲まれた一軒家だし、30分に一本しか電車が通らないんですよ。だから、ヒマになったら穂波が揺れているのをずっと眺めていて。私はそんなにジッとできるタイプじゃなかったのに、不思議と苦ではなかったんです。その感じをいつか思い出すために、何もない感情に付箋を貼って、少しの言葉で残しておくことにしよう、と。そういうことを歌った曲です」

――“GUM”も印象的な曲ですね。ここでの軽やかなヴォーカルは新境地じゃないですか?

「荒木さんと深谷さんのなかには、〈音楽は常にベストの状態でなくてもいい〉という解釈があって。例えば、合宿するなかで、寝起きのままレコーディングすることもあったんですよ。私はいつだってベストの声を出したいのに、朝起きてすぐ〈はい歌って!〉とか言われて。不本意な歌が録音されているので納得していなかったんですけど、エンジニアの奥田(泰次)さんにデモを聞かせたら〈“GUM”いいっすねー〉と言われるという(笑)。“You may they”でもエフェクティヴに歌ってほしいと言われて、声が掠れているテイクがエディットして使われてたりします」

――客観的な視点と信頼関係があるからこそ、自分にとってのベストとは別のポテンシャルが引き出されたと。

「あと、今回初めてわかったのが〈画竜点睛〉ということで。これまではフィジカルでやってきたので、デモを作った時点で良くなければ、その曲が輝くことはないと思っていたんです。でも、彼らはミックスとマスタリングのことまでを考えて作品を作っていて。ぼやけたビートを叩いて、〈これはマスタリングでキュッとなるから〉とか言われても、こっちはモヤっとするんですよ。〈じゃあ私、何も言えないじゃん!〉って(笑)。でも、本当にミックスとマスタリングによって、魔法みたいに音が変わったんですよね」

――吉田ヨウヘイgroupの西田くんやCRCK/LCKSの小西くんは、どういう経緯で参加するようになったんですか?

「CRCK/LCKSとライヴをご一緒するようになったのがきっかけですね。彼らはあれほどテクニカルなのに、みんなラヴに溢れている人たちなんですよ。小西くんは最初、リハが終わってから急にハグしてきて。〈うおー、誰だこいつ!〉みたいな(笑)」

――実に小西くんらしい話ですね(笑)。

「そしたら、小田(朋美)さんとかも肩を叩いてくれて、私と同じように、彼らも私に興味を持っていろいろ質問してくれたんですよ。そこから仲良くなり、小西くんにアルバムの話をしてみたら、〈僕にできることがあったらホーン・アレンジを考えたり、一緒に切磋琢磨したいんだけどどうかな?〉と言ってくれて」

――熱いですね。

「それから、忙しいなか何度も合宿に来てくれたのが西田くん。合宿地は三重だったんですが、わざわざ東京から来てセッションしては帰るという作業を一緒にやってくれたんです。ギターのフレージングについても、〈あなたのカッコイイ音色のまま、メトロノームっぽい感じで弾いてみてほしい〉とお願いしたら、それを録音して聴き直す作業もぜひやりたいと言ってくれて」

――西田くんもストイックですからね。

「〈いいギタリストですね〉と、奥田さんもびっくりしてました。〈そうでしょう〉って(笑)。私は自分の解釈をお伝えするけど、それでセンスがないと思ったら、RPGみたいに別れてほしい。ある意味、自分にも課しているところがあるし、そうあるべきだと思うので。だからこそ、彼らが私に食いついてくれるのが嬉しいし、私も全力で伝えようと思いました」

 

泣いたり怒ったり笑ったり、そんな人生を歌いたい

――あとは、どの曲も歌詞をじっくり掘り下げたくなるアルバムだと思いました。

「作品を作るときは、これを誰かに伝えたいというよりも、日記の延長線みたいな感じで。〈私はこう思っているんだけど、あなたはどう思う?〉というつもりで書いています」

――たとえば1曲目の“You may they”でいうと?

「友人やご一緒した人たちがTVに出演していて、〈わー嬉しいな〉と思っていたら、ネットでめちゃめちゃ叩かれてるやん!とびっくりしたことがあって。標的になるために出ているわけじゃないし、それが有名税なのかもしれないけど寂しいな……と思いながら、そこで攻撃的になるのではなく、ただ事実を書いてみようと。嫌な人もいるし、どこかで誰かの悪者になってしまうのは仕方ない。でも、そうやって叩かれることで、向かうはずだったヴェクトルが曲がってしまわないように、いつか見たその先を信じて、最高の気持ちをめざそうって。君たちが素晴らしいことを、対バンした私は知っているからと」

――では、“Fool For 日記”はどうでしょう?

「荒木さんたちがデモを作るときに、必ず仮タイトルを用意しているんですけど、この曲は〈fool for〉と先に入っていて。〈●●〜に目がない人〉という意味だから、それってどんな人かなと考えたときに、(たまに見る)梅田で終電を逃したカップルのことを思い出して。彼らを眺めていると、お互いを見つめ合うカップルは、相手のことばかりを考えているんだなと思えてきた。そこまで集中している人って、そう見つけられないじゃないですか。みんな何に目がないのかなーと考えながら、〈目がない人たち〉の目を見て、私は思ったことを日記につけていったんです。そんな私は日記に目がないということで、このタイトルにしました」

――いまの世の中って、マクロとミクロを問わず、〈こうあるべき〉って意見を押し付けあう場面が多い気がして。でも、中村さんの歌詞やサウンドは、いろんな人生の在り方を否定しないというか。他人から見たらくだらないかもしれないことにも向き合って、一緒に考えようとしている感じがするんですよね。

「誰かを揶揄したいとかではなくて、何かにずっと悩んでいたりする人、そのとき・その瞬間と真摯に向き合っている人が好きなんです。“アイアム主人公”もそうで、〈私たちは主人公よ〉というのではなくて、自分の人生にしっかりフォーカスを当てている人が好みと言いますか。何も考えずに生活することもできるとは思うけど、それだと何のために私は私であるんだろうとか思っちゃいそうで。いま私が仲良くしている人たちは、自分の人生にめちゃくちゃフォーカスを当てている。それこそ旅先で出会った音楽をやっていない人たちも、みんな泣いたり怒ったり笑ったりしている。そこに私は心動かされるし、それを詞にして歌いたいと決めた人生なので」

――そう聞くとアルバムの終盤、“そのいのち”で〈GO GO〉と背中を押す感じも、なおさら意味深く思えてきます。

「彼らから見ている私は私だし、私から見ている私も私だから。そこに差異があることも、擦り合わせることができるのも知っている。とはいえ、無理なところがあるのもわかる。それでも、私はあなたが好き。あなたもきっと、私のことが好きだと思ってくれている。〈じゃあいいじゃん、みんながんばろう!〉みたいな気持ちの曲で。だから、押し付けがましくせず、穏やかに歌いたかった。〈みんな生きてこう〜!〉じゃなくて、〈わからんこともあるよね、でも大丈夫〉くらいの感じで、軽い風のように歌おうと作った曲ですね。いつか広い会場で歌えたらいいなと思いながら」

――いいですね。

「その歌を流動的な音楽に乗せたくて。馬喰町バンドの武(徹太郎)さんに、稲穂がうねるようなギターを弾いてくださいとお願いしました。パッと聴いたらキャッチーかもしれないけど、じっくり聴くとそのなかにうねりや悩みがあったりして。いつかもう一回聴き返したときに、新しい気づきが音楽や芸術にはあるんだよって言えるような作品にしたかった。だからこそ、この曲で軽く歌えたのは嬉しかったですね。最後、奥田さんがマスタリングしたものを聴きながら、目の前に稲穂が見えたのも感動しました」

“そのいのち”のライヴ映像
 

――『AINOU』と名付けた理由も訊くつもりでしたが、いま話してくれたなかに答えがあった気がします。

「そうですね。もともと〈A〉から始まるちょっと変なタイトルにしたいと考えていたし、海外の人にも見つけてほしかったので、あえて既存の英語ではなく、誰も知らない〈AINOU〉にしようと。漢字やカタカナよりも検索に引っ掛かるだろうし、ジェイムス・ブレイクや、最近仲良くなったハイエイタス・カイヨーテにも伝わるような造語がいいかなって」

――ハイエイタス・カイヨーテと仲良くなったんですか?

「もともとすごく好きだったんです。あれだけテクニカルで、サウンドもクリエイトされてるなかに歌があるのが素晴らしいなって。なので、ネイ・パームが今年3月、CLUB METRO(京都)でライヴをしたときも観に行ったんです。それが終わったあと、ちょうどMETROの上にあるカフェで友達もライヴをしていたので、終演後にピアノを弾いて遊んでたんですよ。そしたら、ネイ・パームが入ってきたんです。彼女が言うに〈グッド・サウンドじゃん!〉って」

――ええっ!?

「〈あなた、さっき(物販の)レコードに並んでた子だよね〉と話しかけてきたので、〈あなたのことが大好きで、東京にも何回も観に行ってます〉と伝えました。そんなに英語は喋れないけど、あなたの曲は歌えるからと弾いてみたら、めっちゃ仲良くなって。〈オーストラリアには対バンって文化があるんだけど、日本にもある?〉って言うから、〈あるある、すんごいある。日本は対バンだらけだから〉と答えたんです。そしたら、日本で一緒にやりたいと言ってくれて」

――マジっすか(笑)。

「けど、その共演をイメージした瞬間に、まだ足りないものがあると感じて。〈すごく対バンしたいんだけど、あなたのことを意識して新しいアルバムを作るから、CDが出るまで少し待って〉と伝えました。彼女は、本当に音楽が好きで、ラヴリーな女の子なんですよ。そんな彼女やバンドに聴かせてあげられる作品にしたかった。このアルバムは、ちゃんと贈れるものになったなと思っています」