気休めの希望は口にしない

 そんな最中に彼女の独創的な音世界の全貌を知れる機会が訪れた。そう、ファースト・フル・アルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』がリリースされる運びとなったのだ。これまでのEPと同様にゲスト・ミュージシャンを招くことなく、兄フィニアスと膝を突き合わせて作り上げた本作。全体のコンセプトは先行シングル“Bury A Friend”が決定付けたとか。

BILLIE EILISH 『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』 Darkroom/Interscope/ユニバーサル(2019)

 「この曲はベッドの下に潜んでいる怪物の視点から描かれているの。自分がその立場になった気持ちでね。同時に実は私自身がこの怪物なんだってことも認めているわ。私の最大の敵は私自身だから。もしかしたら、あなたのベッドの下に隠れている怪物も私かもよ」。

 暗い部屋でベッドに腰かけ、不気味な笑顔を浮かべたジャケも、同曲からイメージを膨らませていったのだと語るビリー。その他のナンバーに関しても、思いを寄せる異性に素っ気ない態度を取られ、〈彼が同性愛者だったら思いを断ち切れるのに〉と歌った“wish you were gay”をはじめ、ありふれた日々のなかに転がるグルーム(憂鬱)な感情を吐き出したリリックがほとんどだ。また、これは過去の音源にも当てはまるのだが、彼女の場合は楽曲に〈救い〉や〈答え〉を用意しない。気休めの〈希望〉も口にしない。目の前にある現実を見つめ、それとどう向き合っていけばいいのか悩み苦しんでいる姿を、ただ淡々と表現しているだけなのだ。ここが、同じく〈答え〉を見い出そうともがき苦しむ若者のハートを掴んだ要因のひとつではないだろうか。

 プロダクションについて言えば、ドレイクやフランク・オーシャンのようなヒップホップ/R&B、トラップ、そしてジェイムズ・ブレイクに代表されるベース・ミュージック経由のUKポップと共振した、メランコリックで無機質なものが大半を占めている。その一方、アコギの弾き語りを要所で挿入し、幼い頃から染み付いているビートルズ流儀の美旋律や、合唱団で磨いたイノセントな歌唱法を活かす場面も。モダンとトラディショナル──今作では一見相反する2つを絶妙なバランス感覚で同居させ、ビリー・アイリッシュならではの世界観を形にしている印象だ。

 トレンド感を持ちながら、しかし自分は自分の信じるアートを追求しようという強い意志もはっきりと感じられる『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』。周りの評価を気にして炎上にビクビクするいまの風潮において、彼女の眼差しの鋭さは人々に大きな刺激をもたらすに違いない。

ビリー・アイリッシュの2018年の日本編集盤『Don't Smile At Me+5』(ユニバーサル)

 

ビリー・アイリッシュが参加した作品。