今度のラッキーオールドサンはロックだ。新作『旅するギター』は、長年のライヴ・メンバーである田中ヤコブ(ギター)と渡辺健太(ベース)に、本日休演の岩出拓十郎(ギター)&渚のベートーベンズの西村中毒(ドラムス)という京都の鬼才を加えた6人編成で録音。すばらしかの林祐輔(キーボード)やroppen/bjonsの渡瀬賢吾(スティール・ギター)も曲によっては貢献し、田中と岩出それぞれがギター・ヒーローっぷりを発揮するプレイを両翼に、力強く艶のあるバンド・サウンドを鳴らしている。ラッキーオールドサンに、朴訥としたフォーク・デュオというイメージを抱いていたリスナーは少なからず驚かされるに違いない。
そんなロック・アルバムの基調となっているのは、気の置けない仲間たち=バンドで音を出す喜びと興奮。〈居場所がどこにもないから/身を寄せ合ったホーボーたち〉〈同じ目をしたふてぶてしい猫/君も一緒に行こうよ〉など自己言及的ともとれるフレーズが、歌詞には並んでいる。ラッキーオールドサン流のロック・バンド賛歌と位置付けられそうな作品だが、今回の取材で彼らは「バンドはもう終わったんです」と語った。その言葉の真意とは? そもそも、彼らがロック・サウンドに向かった背景とは? 先日、結婚を発表し、晴れて夫婦となった2人――篠原良彰とナナに話を訊いた。
東京と京都を繋ぐロックンロール
――このアルバムは、1曲目の“旅するギター”が鳴った瞬間、多くのリスナーが〈おっ、いつもと少し違う〉と思うんです。今回、おふたりがやりたかったことは?
篠原良彰(ギター/ヴォーカル)「バンド……ロックンロール。それをやりたいなと。ただ、念頭にあったのは、60年代のモノとかってよりは、真心ブラザーズや90年代の斉藤和義とかロックンロールからの影響を感じさせるシンガー・ソングライター。自分たちの環境の変化も関係しているんですけど、ロックンロールのアルバムを京都と東京を繋いだバンドで作りたいと思ったんです」
――環境の変化というのは、篠原さんが去年、東京から実家のある四国に戻られたことですか?
篠原「それは大きいですね。地元に戻ったことで、車に乗る機会が増えて、運転中に斉藤和義やボブ・ディラン、奥田民生の『股旅』(98年)とかを車でかけると、普段家で聴いているのとはぜんぜん違う感じがあった。スピードを出すだけではないアクセルの踏み方を知った人が、ぐーんと引力に導かれるみたいに進んでいく感じが、すごく新鮮だったんです。運転中に聴いてあらためて良さがわかり、こういうロックのアルバムを作りたいという気持ちが湧いてきました」
――それこそ奥田民生には『CAR SONGS OF THE YEAR』(2001年)という車についての曲を集めたコンセプト・アルバムがありますしね。では、ドライヴ感のある90年代の音楽と、東京と京都を結んだバンドでやるという2つのテーマはどう結びついていったんですか?
篠原「どちらが先というわけではなく、自然と重なっていったというか。京都のバンドに興味を持つきっかけを作ってくれたのは、西村中毒さんなんです。僕はもともと彼のファンで、京都に行ったときに面識もないのにDMしたら会ってくれて(笑)。それから中毒さんが、ネガポジ(京都のライヴハウス)とかに出ている本日休演や台風クラブとか、そういう京都のバンドのことを教えてくれた。
僕は京都をロックンロールやブルースとか昔のイメージで見ていたんですけど、いまもシーンがフレッシュに更新されているんだ!と驚いたんです。その興奮と自分もロックンロールをやりたいという気持ちがだんだん繋がってきたんですよね。その結果、いままで一緒にやってきた東京の人と、新しく出会った京都の人たちをごちゃまぜにして、ロックのアルバムを作りたいと思ったんです」
ナナ(ヴォーカル)「私ももともと本日休演が好きで、東京で何回かライヴを観たことがあって。ここ2、3年くらいで話すようになり、一緒にライヴもしたんですけど、それからドンドン仲良くなっていきましたね」
――本日休演らの音楽性に、自分たちがめざしてきたものと共通点を見出したのでしょうか?
篠原「それはめちゃくちゃ感じましたね。僕やナナさんがCOPIESや箔※でやっていた音楽と、本日休演が京都大学やネガポジ周辺でやっていたことに、すごく近いものを感じたんです。コンセプトという言葉では捉えきれない、すごく純粋な気持ちでいろいろな音楽をバンバン繋げていく感じにすごく共感を覚えた。
僕らが本日休演と初めて対バンしたのは2年前の夏(2017年8月13日、京都ネガポジ)なんですけど、彼らはメンバーの埜口(敏博)くんが亡くなられて※※一発目のライヴで、すごく自分たちのことを考えるターム、間違いなく人生の岐路に立っていた。彼らが向き合っている状況に、僕らも違う形で関わっている気がしたんです……。まあ年齢もほとんど一緒ですし、なんか他人ごとではないというか。この人たちとは仲良くなりたいとすごく思った。そのシンパシーもまた、このアルバムの最初のポイントでしたね」
あの夏に録ったときのバンドは、もう二度と戻ってこない
――その後、本日休演の岩出さんはラッキーオールドサンのサポート・ギタリストを務めるようにもなり、新作にガッツリ参加しています。田中ヤコブさんと岩出さんが弾きまくるギター・アンサンブルが作品を特徴づけていますね。
篠原「なんかスーパーバンド感がありますよね。ツイン・ギターでギター・ヒーローが2人いて」
――ツイン・ギターのバンドで念頭に置いていたような存在はありますか?
篠原「えーと……バンドではないんですけど、雰囲気としては奥田民生“あくまでドライヴ”の後奏のギターとか。バンドでは……えーと初期のコーラルとかが話に出ていたかな。ビル・ライダー・ジョーンズがいた頃の」
――なるほど。伝わる人には伝わる喩えだと思います(笑)。篠原さんと京都シーンを繋いだ西村中毒さんも、今回全曲でドラムを叩いていて。彼も制作には初参加ですよね。
篠原「中毒さんの多面的で立体的なドラムがすごく今作のイメージに合っていたんです。ただ、自分たちとしてはメンバーを変えたという印象ではなくて、ラッキーオールドサンはあくまで2人でバンドっていう意識があるんです。そのうえで、いろんな人と関わっていたい」
――レコーディングは京都と東京の2か所で行ったそうですね。地方を跨いて制作を進めていくのは大変でした?
ナナ「私たち自身も東京と四国で離れていましたからね」
――ナナさんはいつ東京を離れたんですか?
ナナ「今年に入ってからです」
――いまはおふたりで四国に住まれている?
篠原「そうです。メンバーが増えたうえに、3つの地方にわたっているから、まずスケジューリングに苦労しました(苦笑)。で、普段会って話すことができないから、実際にバンドで音を鳴らさないと意思疎通ができない感じ。それをやりながら作っていくのが楽しくもあり、難しさでもあり……」
――じゃあ、録音自体が模索でもあり、手応えを確かめていく作業でもあった。
篠原「これはアルバムの核を話していく流れですね(笑)。制作の当初はバンド感をめざしたんですけど、結果的にそれが〈バンドそのもの〉になっていったんです。というのはメンバー間で初めて、表立ってのぶつかりがあった。(ナナと自分を指して)ここでもぶつかり合いがあったし、もうバンドをできなくなりそうなくらいの瞬間もあった……。なんとか乗り切ってこうしてアルバムを出せましたけど。
なので、すごく生々しい制作だったんです。個性の強いメンバーを集めてやっていくうえで、それぞれの想いや音楽への向き合い方、めざしている方向、さらには人生でそのときに立っていた位置とか、いろんなものが掛け算されたレコーディングだった。結果的にバンドを一個作って終わらせた、というアルバムになった感じがしています」
――アルバムが出来上がったことによって、すでに終わってはいるんですね。
篠原「僕は終わった気がします。いまも普通に彼らとは仲が良いし、一緒に演奏もするんだけど、あの夏に録ったときのバンドは、もう二度と戻ってこない」
ラッキーオールドサンが、自分たちの描いてきたものではなくなる不安
――田中ヤコブさんやベースの渡辺健太さんは以前から録音やライヴに参加してきたメンバーですよね。それが、このタイミングでぶつかり合いが出たというのは、篠原さんとナナさんがバンドに求めるもの自体が変わっていたんでしょうか?
篠原「具体的に言うと、自分とヤコブくんとの間で齟齬があったんです。彼がラッキーオールドサンに対してアレンジャーやギタリストとしてめざすものと、僕がやろうとしていること――そこに少しずつ生じてきたズレをお互いに隠したままだったものが、今回はそれが顕わになるくらいバンドっぽくなっていった」
――おふたりだけでなく各メンバーにとっても、サポートという形を越えて向き合っていたんでしょうね。
篠原「すごく熱意を持って、みんな取り組んでくれました。抽象的な言い方なんですけど、同じものを見ていても、どっからそれを見ているかによって捉え方が変わってきますよね。今回は、それがいい意味で噛みあったり、悪い意味で噛みあわなかったりというのがたくさんあって。これまでだったら曖昧なままで自然と流れていたものが流れなかった。だから、一回一回確かめながらやっていくしかなかったんです。ライヴの際も、自分がちょっと追い詰められちゃって、〈これだったらできない〉とナナさんに言っちゃうとか。その直前までみんなで仲良くしていたのに」
――ロックンロール・バンド感ですね。
ナナ「私は、ラッキーオールドサンが自分たちらしくなくなってしまうという感覚を持っていた気がします。とにかく、みんなの個性が強いから、すべてを受け入れてしまうと……」
篠原「アルバムを良くしようと思ってくれているがゆえに、個々のキャラクターを出してくれるんだけど、それがいきすぎると自分たちが描いているラッキーオールドサンとは違ったものになる、そういう不安はありました」
――その不安をどう解決していったんですか?
篠原「よく話し合ったことが大事だったんじゃないかな。みんなともだし、ヤコブくんとも腹の内を明かした。そのうえでヤコブくんも〈やりたい〉と言ってくれたし、僕も彼のギターなしではアルバムが完成しないことはわかりきっていたんですよ。ぶつかる必然があったし、それを経てヤコブくんのことを理解できたのは大きかったと思います。彼はなんでもできるスーパー・ギタリストに見えるけど、田中ヤコブという1人の不器用な人間なんだって」
何回でも挑戦すれば、何回でも輝けるんじゃないか
――歌詞もラッキーオールドサン流のバンド讃歌というか、小さな集団のことを歌ったものが多い気がします。〈身を寄せ合ったホーボーたち〉というフレーズとか。
篠原「無意識的に出てくる言葉は、自分たちの気持ちや状態に影響を受けると信じているんです。まったく無縁のものを作ることは僕らはできないし、そういう嘘はつけない」
ナナ「そうだと思う」
篠原「自分のポリシーでもあるんですけど。矛盾していることがとても大事なんです。そもそもロックンロールってもの自体が、現実の社会に生きている実感とは真逆に、〈Alright〉と歌ってしまうという矛盾がある。そのうえでスパークさせるというか、一瞬でも輝いているように見えることが大事で。それが音楽なんじゃないかな。あらためてこのアルバムを聴いてみて、僕にはすごくスパークしているように響いた。何回でも挑戦すれば、何回でも輝けるんじゃないかと思えたんです。それにとても嬉しくなって」
――ナナさんから見て、篠原さんの歌詞に変化はあります?
ナナ「今回の歌詞は“ミッドナイトバス”にあったような青さとは違って、ちょっと成長というか大人の視点になった印象です」
篠原「自分では“とつとつ”の歌詞をすごく気に入っているんです。“ミッドナイトバス”で何かを切り取ったのと同じように、今回の“とつとつ”は自分が東京を離れるにあたってひとつ残せた気がした」
――“とつとつ”という言葉は、言葉を途切れ途切れに話すことを表す形容動詞ですが、篠原さんはどんな意味を託してるんですか?
篠原「とつとつと出てくる言葉って、たどたどしいけれどもすごく本心に近いというか、何かはっきりと覚悟がある言葉だと思うんです」
――とつとつと語る行為は、自分の気持ちを誤差なく伝えたいという想いがあるからこそ、慎重に言葉を選ぶんだと思います。篠原さんがこのフレーズを使ったことには、いま言葉がありふれすぎてて、軽くなっている状況に対するカウンターにも感じました。アルバム自体にも、いまの社会への違和感が下敷きとなっている面もあるのかなと。
篠原「なるほど。まあ生まれてからこのかた同調圧力が大嫌いなんで……(笑)。ただ社会はあんまり意識してなくて、個人的なことを歌うことが社会的になると思うし、いまやっていることがおのずといちばん新しい表現になると信じている。意図してもいなくても、勝手に社会を映したものになるんじゃないかという気はしているんです」
ロックは現象、音楽を超えていく
――音楽的にもこれまで以上に曲調やサウンドの面でもヴァラエティー豊かな作品になりました。
篠原「アレンジはメンバーとも意見を出し合って決めましたね。例えばナナさんの作った“愛はとこしえ”は当初レゲエっぽくしたいと言われていて、岩出くんなんかはすごく得意分野だと思うんだけど、最終的には異質なものになった」
――確かにレゲエの要素はあれど、言い切れるものではない。ほかにバンドと鳴らすことでアレンジが変わった曲は?
篠原「“夜は短し”も最初は全然違うアレンジで、もっとスカスカでタイトなものを考えていました。ストロークスとか。それがバンドを経てまた別なものになった」
――あー、ストロークスっぽさはいまも入ってる気がします。ラッキーオールドサンには珍しくスタジアム感があるサウンド。
ナナ「“夜は短し”は珍しく2人よりもバンドで鳴らしたい曲が出来て新鮮でした」
――篠原さんが新鮮さを感じられた曲は?
篠原「僕は“Rockin' Rescue”ですね。ツイン・ギターがバキバキで、ヤコブくんと岩出くんがいないとできない、バンドじゃないと意味がないような曲。いままでの作り方では絶対にできなかった。このバンド用の曲であり、その集大成みたいな感じなんです」
――アウトロのギター・ソロの掛け合いが圧巻ですよね。本日、話を聞いてやはり〈ロックがやりたい〉という想いが変化の起点になった気がしました。でも、ロックっていったいなんなんでしょうね?
篠原「うーん……難しいですね。ただポップスという言葉はときにロックを内包するカテゴリーにもなる気がする。ロックは……なんか中学生みたいな会話してますけど(笑)、もっと音楽を超えている感じ。なかでもバンドっていう感覚はすごく特別。ロックは(名詞ではなく)動詞なんじゃないですかね」
――とすればポップスとロックは相反するものではない?
篠原「いや、相反するような気はします。こうしてたくさんの人と関わって作品としてリリースするという時点で、片翼はポップスというか商業ベースの平均台には必ず乗っている状態だと思うんです。世の中に出していく以上は平均台の上で綱渡りをしている状態だし、そこでバランスをとる危うさみたいなものがロックの魅力でもある。それを渡ってこそ……いままで僕が好きだった人はみんな平均台を渡ってきているので、そういうことを自分たちも未熟ながらやりたい。それは結成した最初からずっとあります」
――では最後の質問です。『旅するギター』のラッキーオールドサンはすでにピリオドが付いている。では、その次に2人が向かう道は?
篠原「次は2人だけで作りたいなと思ってます。最近SoundCloudにアップした“马马虎虎”は2人で作って、ギターをほとんど弾いていないし、打ち込みをやった曲なんです。今回のバンドを経たことで、そういうことすら普通にやっちゃっていい感じになれた。家に簡易なスタジオみたいなスペースを作ったから、自分たちだけでやれる環境もできて。一度僕とナナさんだけで完成させた作品を出してみたい気持ちがありますね」
――ちなみにどんな作品になると予想されます?
篠原「あんまり言いたくないですけど、ジョン・レノンの『Imagine』(71年)とか」
――おお! 楽しみにしています。
Live Information
〈ラッキーオールドサン 3rd full album release tour『旅するギター』〉
2019年5月5日(日)名古屋K.D JAPON
出演:ラッキーオールドサン(2人編成)/田中ヤコブ/いとうみお
2019年5月25日(土)宮城・仙台 誰も知らない劇場
出演:ラッキーオールドサン(バンドセット)/家主
2019年5月26日(日)群馬・高崎WOAL(フロアライヴ)
出演:ラッキーオールドサン(バンドセット)/家主
2019年6月29日(土)長野・松本Give me little more.
出演:ラッキーオールドサン(バンドセット)/家主/コスモス鉄道
2019年6月30日(日)栃木・宇都宮HELLO DOLLY
出演:ラッキーオールドサン(バンドセット)/家主/Lucie,Too
2019年7月15日(月・祝)京都 磔磔
出演:ラッキーオールドサン(バンドセット)/本日休演
2019年8月11日(日)東京・渋谷WWW
出演:ラッキーオールドサン(バンドセット)/台風クラブ
★各公演の詳細はこちら
〈インストアライヴ〉
2019年5月3日(金・祝)東京・TOWER RECORDS 新宿店7F
2019年5月4日(土)愛知・TOWER RECORDS 名古屋パルコ店1F
https://tower.jp/store/event/2019/05/015004luckyoldsun
2019年5月6日(月・祝)大阪・TOWER RECORDS 難波店5F
※全て観覧無料&対象店購入者に当日特典CD-R贈呈