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夜に向き合いたくなる音楽

 選び取られた日本語詞の言葉もまた、歌い手としてのKan Sanoのキャラクターを特徴づけている。私的な感情を何気ない言葉で綴った詞世界は、ソウル・シンガーよりもむしろフォーキーなスタイルのアーティストとの共通項が見出せるし、そのことが作品のパーソナルな有り様の下地になっているように感じられるのだ。

 「“Stars In Your Eyes”では音楽用語をたくさん使っているんですけど、それは音楽用語が自分にとっていちばんリアリティーのある身近な言葉だからです。僕は、七尾旅人さん、長谷川健一さん、寺尾紗穂さんといった日本語の響きに重きを置いている弾き語りの人が好きで、そういう人たちって、やっぱり私的なことを歌っている。僕も、自分の感情に基づいた曲しか作れないなと。だから、個人的な気持ちを吐露するような歌が多くなりましたし、それは普段聴いているものの影響なのかなとも思いました」。

 自身のルーツと真摯に対峙し、サウンドをストイックに研鑽し、個人的な言葉を紡いだ本作は、流麗な歌もの中心のポップな仕上がりではあるのだが、カラフルな装いだった前作『k is s』とは対極とも言える、ディープな滋味とメランコリックな美しさを備えている。

 「前作の頃までは、世の中の状況とか音楽シーンに希望を持っていたんですけど、いまは世の中と自分との縮めようのない距離を感じていて。ネガティヴになっているわけではないんですけど、世の中にあまり期待していない。自分が聴きたい音楽はトレンドとは別のところにあって、それを実現できるのは自分しかいない。自分を満足させるのは自分しかいない。そういう気持ちで作ったので、すごく個人的なアルバムになったんです。だから、もっとアヴァンギャルドになる可能性もあったと思うんですけど、結果的には意外とポップになったなと感じてますね」。

 なお、初回限定盤には、ディアンジェロやマーヴィン・ゲイ、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、サム・クックといったレジェンドの名曲をソロ・ピアノで取り上げたカヴァー集が付属するのだが、こういった先達の名作と同様に、夜にひとりで向き合いたい内省的な感情に訴えかける力を『Ghost Notes』は持っているし、そのことが本作の最大の魅力と言えるだろう。

 「僕自身が音楽に、夜に向き合いたくなるようなものを求めているんですよね。普段聴いているものって、ひとりでヘッドフォンで聴くような音楽で、みんなでワイワイ聴くようなものではないんです。歌詞にしても一対一のイメージで書いているし、聴き手の心の奥深くに潜り込めるような音楽を作りたい。今回で自分のバックグラウンドのなかで大きな位置を占めるネオ・ソウルにひとつ決着を付けられた気はしているので、これで次に進めるかなと。なので、次は全然違うものを作るかもしれないですね。ピアノ・トリオとかフュージョンとか、やってみたいことはいろいろあるので」。 

 

Kan Sanoの2016年作『k is s』(origami)

 

文中に登場したアーティストの作品を紹介。