チルなサウンドとピアノマンの感性、シンガー・ソングライター的な表現……変化を恐れず創作に挑んできた彼ならではの日本語ポップスが美しいアルバムに結実した!

ルーティーンからの脱却

 作詞作曲から歌唱、演奏、ミックスまでを一手に手掛けるマルチ・プレイヤーにして、プロデューサー/トラックメイカー/キーボーディストとして、Charaや絢香、iriや藤原さくらなど、幅広いアーティストの楽曲やライヴ・サポートを手掛けるKan Sano。前作『Susanna』から約1年半ぶりとなる通算6作目となるアルバム『Tokyo State Of Mind』は、作品ごとに異なる表情を投影してきた彼がシンガー・ソングライターとして日本語の歌ものポップスに取り組んだ作品だ。

 「2019年にそれまで自分のなかで培ってきたネオ・ソウルやソウルを吐き出したアルバム『Ghost Notes』を経て、2020年の前作『Susanna』では自分の中になかったものを積極的に取り入れて、全然違うことがやりたかったんです。ただ、作るのは僕ひとりだし、やり方も変わらないので、作風はそこまで大胆に変えられなかったんですけど、いま振り返ると転機になった作品ではあって、今回はさらなる変化を促すべく、10年くらいアップデートもせず、20年近く使ってきた制作ソフトをCubaseからLogic Proに移行したんです。物理的に新たな制作環境に身を置くことで、慣れるまでは大変だったんですけど、ルーティーンから脱却できたというか、モチベーションが高まって、音楽制作がよりいっそう楽しくなりましたね」。

Kan Sano 『Tokyo State Of Mind』 origami(2022)

 想像のその先へ。Kan Sanoのディスコグラフィーを飾る作品の数々には、新たな音楽世界を切り拓こうという彼の貪欲な姿勢が投影されている。

 「30代になってから、昔好きだった音楽を聴き直すことが多くなって、新しい音楽を聴かなくなっていた時期もあったんですけど、この2年、リスナーの方とライヴの現場で会う機会が減ってしまったコロナ禍にあって、自分が聴いている音楽を毎月プレイリストでシェアするようにしていたら、自然と新しい音楽を聴くようになっていって、それもまた新たな創作にいい影響をもたらすようになりましたね。よく聴いていたのは、クルアンビン、メン・アイ・トラスト、あと、サブスクで毎週新曲を発表しているオーティス・マクドナルドとか。さらにいうと、曲単位で気に入ったものをプレイリストに放り込んで、気に入った曲が何曲もあるアーティストはアルバムで聴いたり、レコードを買ったりしていて、自分の中でサブスクで聴く音楽とアルバム、レコードで聴く音楽が二極化してきているんですけど、自分も〈これはCDやレコードで持っておきたい〉と思ってもらえる作品を作りたいなって」。