時代に追われたり立ち止まったりの19年があってこそ描ける、さまざまな色合いを帯びたブルー。節目を控えた2019年の矢井田瞳は、いまも等身大で歌いかける!
もう一度走り出さなきゃ
2000年夏、矢井田瞳のデビューは鮮烈だった。エレクトリック・ギターを抱えた、凛とした立ち姿。破天荒でスピーディーな、洋楽志向のロック・チューン。ころころと気持ち良くひっくり返る、独特の発声。“My Sweet Darlin'”をはじめ、ヒット・チューンを連発して時代の寵児となり、ドーム公演を何度も成功させたその雄姿は、いまも目に焼き付いている。
「無我夢中で、目まぐるしい日々でした。デビューして1、2年は在学中だったので、月~金は大阪で大学に行って、土日は東京でぎゅっと詰めてお仕事してましたね。私は六畳の部屋で弾き語りで作ったものがきっかけでデビューまで行けたので、見るものすべてが新しいことばかりで、必死についていってた感じです。時代的にも、1年に3枚シングル出して、1枚アルバム出すのが当たり前だったので、めっちゃ体力あったなと思います(笑)。(ブレイクした理由は?)えー、何だろう? いまだに不思議な感覚でもあるんですけど、私だけではなくて、時代のタイミングと、スタッフのチームワークがハマったんじゃないかな。曲を書いて歌うのは好きだし、一番自分が〈生きてるな〉と感じることなんですけど、それがどれだけ売れたかとかどれだけ有名になったかとか、そういう執着はまったくないので。本当に良いチームワークだったなと思います」。
ラッキー・ガールはやがて大人になり、母になり、音楽家としてヴェテランと呼ばれる領域に入ってきた。その喜怒哀楽のたっぷり詰まった20年間の歩みは、来年また語ることとして、時間を現在に戻そう。アコースティック弾き語りツアーなど、より等身大でマイペースな活動を経て、3年ぶりに届いた新作。それが〈yaiko〉名義によるミニ・アルバム『Beginning』だ。
「ここ2、3年は、少し神経質になりすぎていた反省が自分の中にあって、曲を書いても途中で勝手に諦めちゃったりしてたんですけど、ふと〈来年で20周年じゃん〉と思った時に、〈ここからもう一度走り出さなきゃ!〉と思えたんですね。こんなことを言うと大袈裟ですけど、まだ自分には使命がある気がして、〈せっかくもらった音楽道だからやらなきゃ!〉と思ったのがきっかけになったと思います」。
4曲の内訳は、代表曲3曲の再録音と、5月に書いたばかりだという最新曲1曲。近年活動を共にしているアコギ・ヴォーカル・デュオの高高-takataka-と、サウンド・プロデューサーのGAKUとの共同作業で作り上げた音は、しっかりとビートの効いたアレンジの、躍動感溢れるアコースティック・ロックだ。
「高高-takataka-はアコギをパーカッシヴに使ったり、エフェクトを使ったりして、一緒にやったらいろんなことができそうというワクワクがありました。過去のイメージを壊しつつ、新しい未来を感じてもらえるサウンドにしたかったので、みんなでアイデアを出し合いながら、〈それいいね、やってみよう!〉という感じでした。“My Sweet Darlin'”とか、お客さんへのいい裏切りとして〈今回はバラードでやってみよう〉とか、やってみたことあるんですけど、大体すべるんですね(笑)。〈あー、私のエゴだったな〉って反省したり、そういうことも経たうえで、みんなが共存できるポイントを探して今回の形になったと思います」。
変に若作りしたくない
セルフ・カヴァー3曲は、インディーズ・デビュー曲“How?”、初のTOP10ヒットとなった“My Sweet Darlin'”、そして「この19年間のライヴでいちばんお客さんが育ててくれた曲」だという“Life's like a love song”。原点回帰の意味を込めた選曲に20年後の再解釈を加え、2019年のいまをポジティヴに生きるヤイコがここにいる。
「20年前に書いた曲を歌うと、解釈が変わることもあります。例えば“My Sweet Darlin'”の〈ビルも道路も世界も/ひと思いに壊れていい/だってそのほうがあなたを見つけやすいでしょう?〉とか、本当にホラーだなと思うんですけど(笑)。なんて自己中なんだと思うけれど、それはその時にしかない輝きだったと思いますし、変えて歌うよりは、歌い方の柔らかさとかでホラーを和らげて(笑)。そういうことはありました。“How?”も、その年齢にしかない景色が見えるし、妹が書いた歌詞みたいな感じがしますね」。
そして出来立てほやほやの新曲“いつまでも続くブルー”。優しさに溢れた美しいメロディー。3本のアコースティック・ギターの、会話するような軽快な絡み。柔らかく、しかし力強く前進する4つ打ちのビート。さらに〈これはレースじゃないし、そもそもゴールなんて無い〉というパンチライン。同じ時代を生きてきた同志への、ストレートなメッセージが心に沁みる。
「〈20周年に向けてがんばるぞ!〉という気持ちはあるけど、変に若作りしたくないし、いまの私を等身大で表現したかったんですね。20代の頃は夢や希望、勢いや怒りで突っ走れるけど、もうすぐ41になるんですけど、この年になってくるとそれだけじゃ無理なので。大きなものの中の個としてできることは何だろう?と考えたり、〈自分が自分が〉ではなくなってくる部分もありますよね。いっぱい失敗したり、いっぱい傷ついたりという経験をしてもなお、もう一度走り出したいと思える年代だと思うんですけど、同年代の方に響いてくれたらいいなと思って、その層を思い浮かべて書いたら迷いなく書けました。憂鬱なブルーだけでなく、明るい空や海のブルーにも聴こえるように、ポジティヴな言葉を散りばめたり、聴く人の心情によって自由に聴いてもらえる曲になったと思います」。
そして、来年はいよいよアニヴァーサリー。いたずらっ子のように瞳を輝かせ、さまざまなプランを計画中のヤイコは、20周年をめいっぱい楽しむつもりだ。
「来年の頭にアコースティック編成でワンマン・ライヴをやります。その後はまだ決まってないですけど、おもしろそうなことを、しなやかに、どんどんできたらいいなと思ってます。(この19年で変わったこと、変わらないことは?)変わらないのは、曲が生まれた時の喜びです。子供が新しいおもちゃを見つけた時みたいに、すごく嬉しくなっちゃうんですよ。変わったのは……老いですね(笑)。でもそれも付き合い方がうまくなってきて、自分の体力を先読みして、ボキッと折れないようにすることもできるようになってきました。でも相変わらずライヴ前はドキドキするし、気持ちはまだまだ新鮮ですよ」。
高高-takataka-の2019年作『It's too late?』(Village Again)