
僕にとって日本は並行世界
Fumina「で、Sashaくんはなんでこの活動スタイルを選んだの?」
――シンガポールと東京に住む2人で音楽をやるのは難しいと思うのですが。
Sasha「そうですね。でも……楽しいんです。僕はシンガポールの音楽ライフからはかなり遠い場所にいました。シンガポールは家のような場所で、そこの音楽にはあまり興味を持てなくて。
日本は僕にとって並行世界みたいに思えるんです。ここでは僕は〈Mr. Sardar〉ではなく、〈Sasha-kun〉。シンガポールではスーツを着て髪を整えますが、日本ではTシャツにジーンズ、髪の毛はめちゃくちゃで、眼鏡も外している――まったくちがう生活で、別の人生なんです。
一度シンガポールのレーベルに連絡したことはありました。でも、そこはシューゲイズ・レーベルだったから、僕の音楽は彼らが求めていたものじゃなくて。それがシンガポールで音楽をやろうとした最後の機会でしたね」
Fumina「Sashaくんはロックンロールをやりたかったんです。それを日本でやるおもしろさに勝るものはないっていうのが彼の考えで」
『Chiriziris』制作に至るまで
――では、Chirizirisがアルバム制作に至るまでのことを教えてください。
マーライオン「まず、Sashaくんがまた日本に来るってなったんだよね」
Fumina「〈これまでのEPを一緒に作ったメンバーもいるから、ライヴをしたいんだよね〉ってマーライオンに言ったら、彼が〈僕はマーライオンって名前だから、シンガポール繋がりだ〉って言いだして」
――それが去年のイヴェント〈シンガポール祭り〉に繋がった?
マーライオン「そうですね」
Fumina「最初は、ライヴ・メンバーで記念になにか録れたらいいな、ぐらいの気持ちでした」
マーライオン「でも、ちょうどいいスタジオがあったので、〈そこでがっつり録ればいいじゃん〉って思ったんです。Chirizirisみたいなバンドって他にいないと感じたんですよ。僕は音源制作のノウハウも知っていたし、これはちゃんと出したほうがいいなと」
Fumina「〈マーライオンっていう名前でシンガポールとは繋がりがあるから他のところに行ったら嫌だ、NIYANIYA RECORDSでやってほしい〉って言われて」
――(笑)。
マーライオン「ただ、当初録る予定だったスタジオがダブル・ブッキングしちゃって……」
――マーライオンの不運がそこでも発揮されたんですね(笑)。
マーライオン「それで泣きついたのがillicit tsuboiさんなんです。もともとマーライオンバンドで録りたいっていう話をしていたので、すごく親身になってくれました」
鳴らしたことはなかったけど、一度はやってみたかったJロック・サウンド
――それで準備を始めたら、特殊な譜面が出てきたと。
マーライオン「僕は常に誰もやっていないことやりたいと思っているので、これはきっとやったことないことをやることになるだろうなと。途中からかなり熱が入りましたね。
いざ譜面が来たときは困ったんですけど(笑)。でも、たまたま僕と手癖が似てたから、感覚的にも理解できた。〈これは他の人に頼めないな〉と思って、プロデューサー兼サポート・ギタリストになりました」

――Sashaくん不在のなか、日本のメンバーでリハをやっていたんですよね。バンド・メンバーは同い年で、J-Rockや日本のオルタナが好きだったことが共通項だったとか。
マーライオン「あれが鍵だったと思います。ASIAN KUNG-FU GENERATION、くるり、チャットモンチー、BUMP OF CHICKEN――僕らはそういう2000年代の邦楽ロックを聴いて中高生時代を過ごしていたので。鳴らしたことはなかったけど、一度はやってみたかったサウンドを鳴らしたんです。
そういうロック・アルバムって、いまの日本にはないと思うんですよ。メジャー7thを使うようなシティ・ポップのサウンドからは離れたかったこともあって」
シューゲイズ・バンドをやっていたら耳が聴こえなくなります(笑)
――Sashaくんはくるりを知っていますか?
Sasha「もちろん! くるりは自分で見つけたバンドで、僕にとってすごく重要です。『TEAM ROCK』(2001年)の“LV30”のメロディーは、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの“Only Shallow”じゃないですか。あれを聴いて、〈同じだ!〉って思って(笑)。それからどんどん好きになっていきました。“花火”は好きですね。あと、“さよならストレンジャー”も。“虹”はどっちのヴァージョンも好き」
Fumina「めっちゃ詳しいね(笑)」
――Sashaくんはシューゲイザーが好きなのに、どうしてシューゲイザーじゃなくてロックンロールをやりたいんですか?
Sasha「いい質問ですね。自分一人でアコギで作曲を始めたときは、シューゲイズ風の音を鳴らそうとしたんです。でも、だんだんイヤホンでモニターしやすい音に下げていって……。シューゲイズ・バンドをやっていたら、耳が聴こえなくなります(笑)。健康のためにロックをやることにしました(笑)。
“Rosenritter”のオリジナル・ヴァージョンはシューゲイズでした。アニメの『うさぎドロップ』を観ていて、その間に書いたんです。最初はくるりの“LV30”をコピーしていたんですけど、ギターにコーラスがかかっているから、どうやればいいのかがわからなくて」
Fumina「そうだったんだ(笑)」
――〈Rosenritter〉はどういう意味なんですか?
Sasha「それはまた別の、『銀河英雄伝説』っていうアニメから取りました。(日本語で)初代のヴァージョン」
――かなりアニメ好きなんですね(笑)。
Sasha「本当にクールなキャラクターで、〈ローゼンリッター〉という名前の宇宙の騎士団がいるんです」
illicit tsuboiと録った『Chiriziris』
――それで、Sashaくん来日後にリハに入り、レコーディングに入ったと。
マーライオン「予算の関係で1日で録りました。〈せーの〉で歌も同時の一発録りです。めちゃくちゃ楽しくできましたね」
Fumina「tsuboiさんのおかげだよね」
マーライオン「げらげら笑いながら録ってましたね。レズリー・スピーカーをヴォーカルにかけたりとか、いろんなアイデアを出してくれて。すごくいい時間でしたね」
――Sashaくんはクリックに合わせて歌うことには慣れていない?
Sasha「バンドの演奏に合わせて歌うことは難しくないんです。ただ、僕はヴォーカル・ブースでマイクに向かって歌っていて、メンバーは別の場所にいたから、エネルギーを感じられなかった(笑)。
個人的にはギターなしで歌うことが難しくて、苦労しましたね。曲を書くときにはいつもギターを弾いているから、ギターを持たずに歌ったことがないんです」
――じゃあ、Sashaくんはレコーディングでギターを弾いてないんですね。
Fumina「1日だけのリハとレコーディングでやるとなると、Sashaのリズム・ギターではどうしても演奏が崩れちゃうんです」
マーライオン「Sashaくんが弾いたのは“Lighthouse on the Shore”のイントロだけで、後は僕とYuki Utagawaくん。だから、僕にとっても最新作って感じで、気持ちが入りました」

――Sashaくん的にマーライオンのギターはどうでした?
Sasha「最初に聴いたときはうれしかったです。まず、僕が書いた指示書が読めたっていうのがすごい(笑)。音楽教育を受けたわけじゃないし、不完全だから、僕のギター・スタイルは簡単なものじゃないので。タブ譜も書けないから、〈これがコードで、このタイミングで弾いて〉って教えて、実演ビデオを見せることしかできないんです。あとは〈がんばって!〉と言うしかなくて(笑)。
だから、リハーサルでは本当に感動しました。ちゃんと理解してくれていたから。彼は本当に才能がありますね」
――Fuminaさん的に作品の仕上がりはどうでしょう。
Fumina「アルバムのサウンドはSashaくんが出したい音とは若干ちがっているんです。それでも、私が聴きたかったSashaくんの曲が一生聴き続けられるようなアルバムに収められているので、もう……」
――感慨深い?
Fumina「そうですね。いま、アジアのポップスがいま盛り上がっているじゃないですか。インターネットやサブスクによって、いままでアジアのみんながやっていたことが見えやすくなった環境がある。ChirizirisやSashaくんの音楽はそのなかでトピックになれると思っているんです。いろんなところにリーチできると思います」
――ちょっと話を戻しますが、Sashaくんはどんなサウンドが理想なんですか? もっと汚れた音?
Sasha「おもしろい質問ですね。僕が一人でやるときは、常にヘヴィーでサイケデリックな音が鳴っているんです。オーディエンスは僕一人だけ。
でも他の人とやったり、他の人に聴かせたりっていうことを考えると、サウンドは変えないといけない。バンドに入るとなると、Fuminaさんやマーライオン、Utagawaセンパイ、ドクター(kauai hirótomo、ドラムス)の考えがあるし、僕もみんなのことを考えないといけない。
僕の好みはヘヴィーな音。でも、それはあまり関係ないんです」
日本の音楽のDNAの一部になりたい
――Fuminaさんやマーライオンは〈アジア〉という視点を重視していますが、サウンドもバンドのスタイルも土着性からは離れていますよね。だからこそ、世界中の人が聴ける作品になっていると思います。
Fumina「Sashaくんのネッ友にはなぜか有名なミュージシャンがいるんですよ」
Sasha「ダンディ・ウォーホルズ(米ポートランドのバンド)のドラマーのブレント・デボアですね。14歳の頃、Facebookでいろんな有名人に友だち申請を送ったんだ(笑)。それで、みんなに曲を送っていたんです。
もちろん、誰も聴いてくれなかったんだけど、ブレントだけは聴いてくれて、アドヴァイスをくれました。僕は自分の声が嫌いであんまり意識してなかったんですが、ブレントは〈なんでちゃんと歌わないの? やってみなよ〉って言ってくれて。Chriizirisのアルバムも聴いてくれたみたいです」
Fumina「あと、もう一人いるんですよ」
Sasha「元ストーン・ローゼズのアジズ・イブラヒムです。ジョン・スクワイアが抜けた後のギタリストで、マンチェスターに住んでいます。彼は本当に上手くて、すばらしいギタリストなので、尊敬しています。彼からは〈これは本当にマンチェスター・サウンドだね。ストリングスを加えたほうがいいよ〉って返信がありました(笑)。
2人ともUKロック的な音だって、同じことを言っていました。特に“Never the Same”はマンチェスター・サウンドやオアシスっぽいって。本当にうれしかったです。だって、2人とも僕が影響を受けた音楽家だったから」
――それはすごい! ChirizirisにはいつかUKのフェスに出てほしいですね。
Sasha「Chirizirisとして僕が望んでいることは、日本の音楽のDNAの一部になることなんです。もちろん国際的なバンドと思ってもらうのもいいんですが、いちばん重要なのは日本で活動しているという事実。
僕の夢は、異国から来たよそ者の感情を日本のみなさんに理解してもらうこと――たとえ言語がちがっていてもね。僕らは僕らが愛する音楽を作りつづけるためにベストを尽くしますし、そんな僕らのことをサポートしてもらえたら本当にうれしいです」
