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Photo by Mary Kang

越境的で横断的な愛されバンド

――クルアンビンについてよく言われるのが、タイ・ファンクから影響を受けている、ということですよね。バンド名もタイ語です。ここまでその話がほとんど出ていないのがおもしろいと思いました。

松永「それこそマークのインタビューで読みましたけど、バンドを結成した頃に聴いていた音楽がタイ・ファンクだっただけなんだと。〈クルアンビン〉は〈飛行機〉って意味で響きがいいんじゃないってローラが言って、あまり深く考えずに付けたんだとか。まさか毎日のように飛行機で移動するような暮らしになるとは思わなかった、って本人は笑っていたけど」

黒田「タイ・ファンクが中心にあるって感じは全然しないですよね」

松永「そうですね。むしろ、自分たちがエイリアン(外国人)であるっていう感覚を失っていない」

黒田「彼らが文化盗用だと言われないのも、いろいろなものが混ざっていて、〈取り入れてみました感〉がまったくないからだと思うんです。原型がなくなるくらい、いろいろなジャンルが溶解している」

2018年作『Con Todo El Mundo』収録曲“Cómo Te Quiero”

松永「取材したとき、ドナルドのスーツケースに自分たちが前座を務めたミュージシャンのバックステージ・パスがいっぱい貼ってあったんです。それがおもしろくて。C・J・ラモーン、ライ、ヨ・ラ・テンゴ――その3組と共演できるのって強みですよね。去年なんて、リオン・ブリッジズの全米ツアーで前座をやっているわけじゃないですか。そんなふうに越境的に好かれるバンドって、なかなかいないですよ」

――愛されバンドですよね。あらゆるジャンルのミュージシャンに好かれている。黒田さんのマークへのインタビューで印象的だったことは?

黒田「マークの住むテキサス州は保守的な人が多く、他文化に不寛容な傾向が強いと思うんです。そんななかで、彼がいろいろな文化に興味を持っているのはどうしてなのか気になって訊いてみたんです

彼が住んでいる(テキサス州)オースティンにはいろいろな人種の人たちが住んでいて、友だちの家に遊びに行くと、TVで彼らの出身国の番組が流れていたんだそうです。マークはそのTVの音楽をおもしろいと思って聴いていたんだとか。いろいろな国や地域の音楽を聴くと、自分がその国に行ったような気持ちになれるんだと言っていました。

クルアンビンって、ツアーをした土地の音楽を取り入れているんですよね。〈フジロック〉でもマークはヨナ抜き音階のフレーズを弾いていました。そういう感覚もおもしろいですよね。もともとは音楽を聴いて旅をしていたけど、いまはバンドで旅をして、その土地の音楽を取り入れている」

 

ハッタリ上等、漫画みたいな正体不明の3人組

松永「それにしても、あの3人のキャラクターは漫画みたいな感じなのかも(笑)。たとえば、マークとローラはズラなのかどうかって言われていますけど、もしズラだったとしてもがっかりしない(笑)。虚実ない交ぜでいいんだって思えるキャラじゃないですか。そういうバンドってひさしぶりだなって。

クルアンビンについては、〈あんなのハッタリでしょう〉って言う人もいるわけです。でも、〈ハッタリ上等〉っていうのが音楽やポップ・カルチャーにはあるわけで。とはいえ、僕らが思うよりも彼らはタフに自分たちを鍛え上げているし、それがマッチョにならないように細心の注意を払っていると、ライブを観て思いますね」

黒田「バカテク集団にはならないようにと」

松永「あと、ギャグにならないようにも注意していると思う」

黒田「彼らって何歳くらいなんだろう?」

松永「マークとドナルドは10年間教会で一緒だったから、30代半ばか……若く見積もってですけど。前歴もないから、その正体不明感も功を奏してるのかも」

 

クルアンビンが日本でウケる理由は寺内タケシ~YMO~SAKEROCKの系譜?

――クルアンビンが日本のリスナーに受容されていることについてお伺いしたいです。

黒田「さっきベンチャーズの話が出ましたけど、日本ってインスト・バンドがあんまりメジャーにならないんですよね。先日、(クラシック・ピアニストの)清塚信也さんにインタビューしたとき、その話になったんです。日本でインストがそれほど流行らないのは、音階や和声の概念を受け入れてからの歴史が浅いから、歌詞がガイドにならないと音楽に入っていけないんだと。

それでもクルアンビンがこれほど日本でウケているのはなんでなのかなって思います。松永さんはどう思います?」

松永「僕はまず、YMOの“Firecracker”をカヴァーしているって知ったときは興奮しましたね。日本のインスト・バンドの歴史を考えると、寺内タケシがいて、YMOがいて……。その後、SAKEROCKが売れたときは〈YMO以来だ!〉って言われた。そのSAKEROCKはバンド名をマーティン・デニーから取っている。で、その由来になった“Sake Rock”をテンポ・アップしたヴァージョンが“Firecracker”。それをYMOがカヴァーしていて、さらにクルアンビンがカヴァーしている――そんな螺旋的な謎解きもあって、僕が好きにならないはずがないんです(笑)」

KHRUANGBIN 『The Universe Smiles Upon You』 Night Time Stories/BEAT(2015)

『全てが君に微笑む』収録曲“Firecracker”。YMOのカヴァーで、さらにその原曲はマーティン・デニー

黒田「たしかに、その流れっていうのは大きいヒントですね。主旋律がはっきりしているっていうのは大きい。クルアンビンはどの曲もメロディーが印象的で、ずっと残りますし。

しかも、それを歌声で表現するときも言葉をほとんど乗せずにスキャットで歌う。声もインストになっているから、無国籍感が出ているわけです。特定の文化を想起させないようにしているのかなと思いますね」

松永「アフリカや中南米、アジアの音楽を摂取するときに、現代ではまずリズム面への興味や分析が大きく先行すると思うんですが、彼らはむしろメロディーやリズムも含めた広い意味での〈旋律のグルーヴ〉を取り入れようとしてるのかな。そういうところもどこか鼻唄的というか、くすぐられますね」