結成から4年。そこからメンバー個々の活動範囲がジャズの外側へと広がり、〈歌〉へのさまざまな向き合い方を経験することで辿り着いた、この5人ならではのポップスとは……

歌との向き合い方

 ジャズ界隈に軸足を置くことの多い手練手管のプレイヤーたちが集まり、「深夜イヴェントの前座として、一夜限りのセッション・バンドとして〈ポップスやってみようよ〉とスタートした」(小西遼、サックス/キーボード/ヴォコーダー他)……というのが、そもそものCRCK/LCKSの始まりだった。しかし、そうしたふわっとした立ち上がりとは裏腹に、その非凡な演奏力に裏打ちされた新たな形のポップ・ミュージックは、瞬く間にフレッシュな音を求める多くのリスナーの熱狂を誘い、彼ら自身もまた、どこか自分たちの音にインスパイアされるかのように精力的に活動を開始。3枚のEPのリリースを重ね、このたび結成から4年を経て送り出される『Temporary』は、満を持してのファースト・フル・アルバムであり、一貫して〈ポップス〉というお題目と対峙してきたバンドの集大成と言えるだろう。イントロに導かれて滑り出す“KISS”の胸踊るドラマティックなメロディーや聴き手を真っ直ぐ射抜く言葉を耳にした途端に、誰しもがそう感じるはずだ。

CRCK/LCKS Temporary APOLLO SOUNDS(2019)

 「今回は制作に入る段階から小田(朋美、ヴォーカル/キーボード)と〈コンセプトを持って臨みたい〉と話をしていたのですが、ある時不意に〈Temporary〉というコンセプトはどうなんだろう、と思ったんです。縦横無尽に駆け回るメンバーたちと制作をすれば、否が応でも変化の多い音楽にはなるんだから、それなら〈今現在〉というものをパッケージするんだ、と。それは何よりクラクラ(CRCK/LCKS)が一つの転換期を迎えているという強烈な感覚があることも大きく寄与していると思うんです。実験的なスタートだったクラクラが4年の時を経て辿り着いた僕らなりの〈ポップス〉というものへ強烈に意識が向いている。それは〈そうやろうとした〉のではなく、〈そうしたくなった〉ことがとても大切なファクターとして『Temporary』というアルバムの意識に繋がっていると思います」(小西)。

 「実は“KISS”のスケッチは、もともとはクラクラのためではなく、別の機会で他の人が歌うために作ったものだったんです。自分ではなく他の誰かが歌うという想定をして曲を書きはじめたことによって、思っていなかった軽やかさが出たかなとは思っています。歌詞については、高校時代にメアドにするくらい(光GENJIの)“勇気100%”が好きで(笑)、でもこんな真っ直ぐな歌詞は書けないしキャラ的にも違うよね……と自分で決め込んでいたのですが、この曲の歌詞にもあるように〈君を縛ってるのは君自身だってこと 知ってた?〉とある時思って、自分自身を解き放つ気持ちで書きました」(小田)。

 時にフリーキーとも形容できるサウンドを駆使していたCRCK/LCKSが、初のフル・アルバムにおいてここまで普遍的で風通しの良いサウンドに到達したことが興味深い。彼らのポップスとの向き合い方に大きな変化があったということなのだろうか?

 「ポップスとの向き合い方と言うよりも、小田と、小田の歌との向き合い方が前とかなり変わりました。〈小田の歌う世界/人物像〉みたいなものを曲でどうやって表現できるんだろう、とか、どんな印象にするともっと伝わるんだろう、と思うようになりました。小田はceroへの参加、駿(石若駿、ドラムス)はくるり、オチ(越智俊介、ベース)もサポートを多くやって、銘(井上銘、ギター)も歌への意識は昔より強くなってきています。個人的なこととしては、TENDRE、中村佳穂、Charaを始めとする〈歌のサポート〉をする現場をたくさん経験できたことが大きく影響しています。歌が聴こえるようにするための音響的なことも、歌詞や世界観がよりリスナーに届くようにするための演出的なことも、本当にたくさんの現場でアイデアを盗みました(笑)。バンド全体が自然に歌への意識を強めていることは間違いありません」(小西)。

 

さまざまな〈現在〉

 もちろん、そんな本作を支えているのはこれまで同様、現行のジャズ/ソウルを咀嚼した芳醇なグルーヴやハーモニーであり、シンガーの高橋あず美に提供した曲を再構築した“ながいよる”や、リード・シングル“Seachlight”に顕著なメロウネスと複雑なビートが本作の大きな魅力となっているのは間違いない。また、デモやインタールード的な短い尺のトラックが数多く収録されているのも特色となっており、それらはポップスのフォルムを逸脱した「もう本当に好き放題(笑)、思いつくがままにやった」(小西)ものばかりで、アルバムとしてのバランスを取る意味でもキーになった曲たちだという。それらもいちいち最高なのだが、本作独自のカラーという意味で挙げるとするなら、越智俊介のペンによる“ひかるまち”と、石若駿が初めてバンドに提供した“春うらら”というシンプルなアンサンブルによるリラックスした雰囲気の2曲だろう。これまでに見たことのなかった自然体のCRCK/LCKSとでも言うべき、肩肘を張らないサウンドがさらりと体現されていることに驚かされる。

 「結果として〈Temporary〉というコンセプトにも大きく関わってくるのですが、今回のアルバム制作を開始した時点で全員のデモは聴きたいと思ったんですよ。前回の『Double Rift』は基本的に俺と小田の曲でしか構成されてなかったのもあって、皆の曲もやりたいな、他のアイデアも聴きたいなって。クラクラの凄い良いところは全員が作/編曲をしている人たちだってことなんですよね。そうすることでいろんな〈現在〉をクラクラのなかで感じられるなって思ったし、封入していきたいぞ、と」(小西)。

 「“ひかるまち”は越智くん作曲で作詞が私の曲なのですが、おっしゃる通り、リラックスした曲調が越智くんらしくてとても好きで。今までのクラクラにはあまりない一面だと思ったので、その雰囲気を大事にしつつ皆でアレンジを仕上げていきました。〈明日旅に出かけようか〉というワードを越智くんが出してきてくれたので、そこからイメージを広げていって、遠い旅を夢見ているんだけど、出かけたいようなここに居たいような、宙ぶらりんな夜明けの街の匂いを歌詞に込めました」(小田)。

 時代を問わないキャッチーで軽妙なポップスをしつらえてみせた『Temporary』はしかし、CRCK/LCKSというバンドにとっては成熟を示すものではなく、これもまた一つの実験なのかもしれない。数年後、彼らはまた別の地点に立っているだろうし、その時、本作の聴こえ方もまた変わっていることだろう。

 「制作直後なんですが、既に〈今だったらこうするな〉というアイデアが頭の中を回りはじめています。クラクラの過渡期とも言えるとても大切な時期をそのまま切り取ることができた、道標のような作品ですね。今はライヴで進化する収録曲たちや、次の楽曲のことで頭がいっぱいです。過ぎゆく一切は、儚いもんですよね。『Temporary』には〈儚さ〉という意味もあります。クラクラと自分の過ごす一瞬一瞬を大切にしていきたいですね」(小西)。

CRCK/LCKSの作品。

 

CRCK/LCKSのメンバーのソロ作品。