シャムキャッツの新EP『はなたば』がリリースされた。これまで以上にユニークで遊び心の効いた音作りが施された同作の魅力を解き明かすべく、今回行ったのは、ギター&ヴォーカルの菅原慎一と、彼が最近親交のあるライター/編集者である小柳帝との対談。伝説の書籍「モンド・ミュージック」を刊行し、モンド・ブームを牽引した小柳を迎えて、シャムキャッツのアヴァン・ポップとしての側面について大いに語ってもらう、というプランのもとに臨んだのだが、開始早々、プラン変更を余儀なくされることに。
ならばここはひとつ、ふたりがいつもお茶するときのような調子でざっくばらんに喋っていただくことにしよう。ということで、今回は筋金入りのポップ・ミュージック・フリークたちによる気ままな音楽放談と相成った。一応トークの筋道となるものとして、『はなたば』を読み解くためのキーワード集ともいえるプレイリストを、菅原が用意してくれていたことは伝えておこう。
菅原慎一のなかでキテる音楽を集めたプレイリスト
小柳帝「最近、〈アヴァン・ポップってナニ? モンド・ミュージックってナニ?〉って訊かれて、それをうまく説明できなかったりする自分がいるんですが(笑)。そもそも一言で説明できないおもしろいものを〈モンド・ミュージック〉って名付けたところもあったわけで。明確に説明できてしまったらおもしろくないと思うんです」
菅原慎一「いきなり取材の前提を崩してきますね(笑)。でも、僕もシャムキャッツでやりたいのはそういう名前が付けられない音楽で、何に似ているとか言われるのが嫌だから、いつもそういう意識を働かせるようにしているんです」
小柳「それはすごくよくわかる。もらったプレイリストを眺めていたんですけど、その曲のこの部分が新曲のここへと到達する、というつながりがほとんどわからなかった。これまでにも菅原さんとは好きな音楽や影響を受けた作品についていろいろと話してきましたが、それらを〈自分が作る音楽にダイレクトに反映させないようにしよう〉という考えが伝わりますよ」
――それにしてもメジャー感の強いアジアン・ポップスからアーシーなフォーク・ミュージックにフォーキー・メロウなMPBまでめちゃくちゃ雑多ですね。
菅原「このプレイリストはメンバーすら知らないもの。共有しちゃったら出てくるものが違ってきちゃうから。なのでレコーディングに向かうにあたり、僕の頭のなかだけに存在したものです。2019年に音楽を制作するにあたって自分の中でキテた音楽、やりたいと思える音楽とリスナーとして愛聴していた音楽の代表的なものを並べていて。どれも曲作りに間接的な影響を与えていますね。ただ直接的に、この曲のこの部分から引用して……といった作り方はこれまでしたことはないです」
シャムキャッツの〈キラキラ感〉はニューエイジ
小柳「(プレイリストを眺めながら)最近、ビヴァリー・グレン=コープランドの話を良くするね。男性と女性の名前が並んでいることからも察せられるように、この人はトランスジェンダーなんです」
菅原「もともとは女性歌手で、フォークとかブルースとか弾き語りをやっていたんですよね」
小柳「それが80年代になると、アンビエントをやりはじめちゃったという」
菅原「86年に『...Keyboard Fantasies...』という作品をカセット・オンリーで発表してるんですが……」
小柳「数年前にヴァイナルでリイシューされたことで、脚光を浴び、めちゃくちゃ有名になっちゃった。菅原さんとはこういう音楽の話題をよくするんです。シャムキャッツを聴いているだけでは、なかなかつながりが見えないかもしれないけど、彼と付き合ってみるとよくわかるようになった」
菅原「この曲“Ever New”は、DX7とTR-707というリズム・マシーンのふたつだけで出来ているんです。いかに少ない機材で良い曲を作るかの勉強として聴いてもいて、あと変拍子の組み合わせもおもしろい。そこは“我来了”にも取り入れていたりします」
小柳「なるほどね。ビヴァリー・グレン=コープランドの音楽スタイルの変遷っていうのはちょっとありえないものがあって、ここに至る流れがまったく見えないんです。女性名でデビューした後、自分の男性性に基づいて、アーティスト名に〈グレン〉という男性名を添えたように、まさにジェンダーをトランスしていくプロセスが大きく関わっているとは思うんですけど、とはいえあまりに⾶躍が⼤き過ぎて。
でも本人のなかではきっとフォークやブルースもアンビエントも同居しているんですよ。もしかしたら、そういうものが今回菅原さんの曲にも影響しているんじゃないかなって思うんです」
菅原「まさにそうです」
小柳「シャムキャッツのサウンドって、オレンジ・ジュースというバンドじゃないですけど、その辺のギター・ポップ系のバンドを好きな方が言うところの〈柑橘系〉的なキラキラ感があるようにも思われていますが、それとは別のキラキラ感が今回のEPにはあるように思うんですが」
菅原「シャムキャッツのキラキラ感っていうのは僕のなかでは〈ニューエイジ〉なんです」
小柳「言わんとしていることはわかる。最近の若いインディー系の人たちも、80年代のアンビエントやニューエイジ、バレアリック系の音をよく聴いていると思うんですが、共通した何かを感じ取っているんでしょうね。でも今回、〈キラキラ感〉ってワードはわりと重要なのかなと思う。このプレイリストの楽曲も時代はバラバラなんだけど、80s的な音の質感がどこかしらに反映されている」
菅原「そうですね。ブライアン・イーノの“Apollo”や細野(晴臣)さんの80年代の諸作などに共通しているのがDX7の音色。今回のレコーディングではDX100を使ったんですが、FM音源※を用いたシンセサイザーの音って今回かなり大きなテーマで、“我来了”はイントロからすでにそんな音が鳴っている。最近はバレアリックな感じが流行ってますが、いまのシャムキャッツでそれを表現したら、どういうふうに合流できるのか。その答えのひとつが“我来了”なんです」
踊るシャムキャッツ
――EPにおいてハイライトと言ってもいい“我来了”が生まれた経緯について、さらに詳しくお話してもらえますか?
菅原「2018年に〈フジロック〉に出演したり、アジアの大きなキャパでライヴをやらせてもらって、ダンス音楽の力を感じたというか、身体を動かす音楽を表現したいって気持ちに駆られたんです。前作『Virgin Graffiti』(2018年)のなかに夏目が作った“逃亡前夜”という曲があるんですが、あれは彼がテクノやハウスからの影響をもとに作った曲で、そこに夏目と僕のいまの合流点があると考えた。そこで、シャムキャッツの次の作品はきっと〈ダンス〉がモードになるだろうという予測が、自分のなかだけで生まれていたんです。
そうやって楽曲作りに勤しむなか、あるとき友達の家でアーサー・ラッセルのドキュメンタリー映像の鑑賞会があって。そこでアーサーがフォークや歌モノからダンス・ミュージックへと向かっていく過程を知り、すごく感銘を受けたんです。で、〈アーサー・ラッセル的なダンスをシャムキャッツが表現したらどうなるんだろうか?〉って発想が生まれた。あと、タウンズ・ヴァン・ザントが作るようなどフォークなメロディーにBPMの早いビートを乗せるっていう実験もやっていて、それらをひとつにまとめあげたのが“我来了”。
あともうひとつ軸となっているのは〈アジア〉。僕がアジアで出会ったいろんな友達から何かを借りたいなと思い、彼らの言葉を使わせてもらったんです。〈俺たち来たぜ〉って日本語で言うのは少し気恥ずかしいところもあったんで」
小柳「アーサー・ラッセルを参考にしたっていうのは、納得できますね。いまの若い人からするとエクスペリメンタルな人なんだろうけど、元々はカントリーやフォークをやっていたし、宅録した曲なんかはほとんどそういう感じ。音の作り込み方ということにおいては、菅原さんのアプローチに似ている気がしますね」
菅原「そうなんですよねぇ。僕はリスナーとしても大学の頃は偏屈というか、アンダーグラウンドなものや素っ頓狂なものに惹かれて、ジャニスに行って〈辺境/マージナル〉の棚ばっか見ているような学生だった。そういうアヴァンギャルドでエクスペリメンタルな部分と、歌モノのフォーキーな部分のふたつがバンドの軸になっています。そもそも僕と夏目は中学時代にフォーク・デュオをやってたんですが、シャムキャッツはその延長というふうに捉えているんですよ。いま初めて言いますけど(笑)」