COLUMN

アレクサンドル・デスプラ「サイレンス」 多忙な映画作曲家の新たな挑戦は、川端康成原作オペラ

Exotic Grammar Vol.66-2

©Lacombe

今をきらめく映画作曲家の、希少なオペラ実演
アレクサンドル・デスプラの川端康成原作「サイレンス」

 大きな挑戦を自らに課し、アーティストとして新たな領域へ。そんな感慨さえ抱かされるのは、2019年にルクセンブルクで世界初演され、2020年の1月に日本初演される、アレクサンドル・デスプラの初の室内オペラ「サイレンス」だ。言うまでもなく、この作曲家の活躍は、ギレルモ・デル・トロ監督「シェイプ・オブ・ウォーター」(2017年)でのアカデミー賞最優秀作曲賞獲得が記憶に新しい。関わった映画作品は紙幅の都合上書ききれないが、ジャック・オーディアールの「リード・マイ・リップス」(2001年)とピーター・ウェーバーの「真珠の耳飾りの少女」(2003年)を皮切りに名声を築き、例えば、「グランド・ブダペスト・ホテル」(2014年)や「ファンタスティック Mr.Fox」(2009年)など、ウェス・アンダーソン作品のユーモラスな魅力を音楽面から引き出してきた張本人としても知られる。映画作曲家として極めて多忙な彼が、惜しみなく労力と時間を注いで、長年のパートナーのソルレイ(ドミニク・ルモニエ)と共に、台本から作った作品。ロームシアター京都と神奈川県立音楽堂、日本のパフォーミングアーツ史において双璧をなす2つの空間で、映画より限定された数の観衆に向けて、作曲家は自らタクトを振う。

©Silvia Delmedico

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 まず、そのクリエイションの礎となった原作、川端康成の「無言」について少しさらってみよう。66歳の小説家、大宮明房は病の後遺症のため、喋ることや書くこと、さらには表情で何かを感情を表現することもない。本当は少し手が動かせるはずなのだが、どう言うわけだか意思表示する様子はない。妻に先立たれた大宮を世話するのは、40近くになった、未だ独身の娘、富子だ。大宮は過去にある小説を書いていた。そこには、脳に障害を抱えた息子が、白紙の原稿用紙に小説をかけたと思い込み、息子の病状を知っている母が、不在の小説を読む場面がある。富子がその小説をなぞって、自分が父の作品を読めたらと呟く場面があり、現在の大宮の境遇へとフィードバックする。無反応なはずの父と娘との、第三者には窺い知れぬコミュニケーションが描かれる。世間離れした2人は、どこか怪しい。読者が唯一信頼感を寄せることができるのは見舞い客である三田なのだが、彼がタクシーで聞いた、逗子から鎌倉にまたがる小坪トンネルで現れる若い女の幽霊の噂話は、作品世界の存在と不在の間、あるいは現実と虚構の間を曖昧にさせ、この短編全体に幻想性を与えている。

 デスプラが今まで手がけてきた作品から、この「サイレンス」に補助線を引くことができるだろう。なぜなら、彼の繊細でメランコリックな音世界は、障害を持つ登場人物に、人間味に溢れた色彩を、そしてときに幻想的な、ときに怪奇的な色合いを与えてきたからだ。例えば 「英国王のスピーチ」(2010年)は、吃音の王の話だったし、「シェイプ・オブ・ウォーター」は発話障害の女性清掃員と不思議な生き物の異種間恋愛の話、また 「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」(2008年)の、年老いた容貌の赤ん坊として生まれた主人公が次第に若返っていく話を思い出すこともできるだろう。こうした観点から見ると、川端の「無言」を選んだのも納得できる。曰く、どこか悲劇自体を相対化するような軽妙さとアイロニーのバランスをこの短編から感じているとのこと。

 しかし何より、彼のミューズ、ソルレイの〈転向〉についても述べなければならない。デスプラが、映画音楽作りを開始した1980年代末、音楽面で意気投合してからの付き合いで、以降流麗なストリングスのパートが大きな地位を占める彼の作品に、美学的な、あるいは技術的なアドヴァイスをし、実際に演奏で関わってきた。彼女個人も、音楽と実験的な映像の組み合わせに創意を見せ、映画音楽を新たに提示するトラフィック・クインテットの創立者でもあった。しかし2010年に脳の手術の後遺症により、左手に麻痺を残ってしまった。リハビリの末に一度は再起に成功したものの、2015年には演奏活動を停止し、演出、映像、ディレクションの方向へと向かう。つまり「サイレンス」は彼女が6歳の時から生活の中心にあった芸術表現の〈不在〉が大きなテーマとなっている。表現手段を失った人間の表現はいかに可能か。アーティストとしてのメタ視点がここに立ち現れる。

 着物や浮世絵を所有し、大の日本文化好きとしてもよく知られるが、音楽面でも日本への関心は深い。過去にも、伊福部昭の仕事を参考にした「GODZILLA ゴジラ」(2014年)や、黒澤明作品の音楽を思わせ、日本的な太鼓の音や木管楽器や打楽器の絡みが見られる「犬ヶ島」(2018年)があった。その深い研究によって、単純なオリエンタリズムや端的な模倣には終わらず、独自のカラーを出すことに成功してきた。日本音楽への関心は楽器編成にもある。室内オペラという楽器編成は、3人の歌手と10人の演奏家からなり、フルート、クラリネット、弦楽器という風に、3人の楽器奏者が同種の楽器を (ときに打楽器も加えながら)演奏するが、伝統的な雅楽の編成を踏襲している。

 ただ、今作の音楽語法に関して、日本の旋法も使用しているが、ドビュッシーの「ペリアスとメリザンド」を大いに参考にしているとのこと。おそらく自己の伝統の中に存在する、ある種の東洋趣味のアップデートを考えているのだろう。また、オペラと言えど、フランス語の抑揚が聞き取りやすいと評判なのはそのせいなのだろう。演奏はルクセンブルクを拠点とするアンサンブル・ルシリン。細川俊夫、フィリップ・マヌリ、パスカル・デュサパン作品の初演なども任されている現代音楽を中心に演奏するアンサンブルで、特に細川作品から、日本的なものの表現世界の影響が見られるだろうし、先端の現代音楽演奏の豊富な経験から、古風なメロディもありながら、情動表現自体は常に清新さを求める、作曲家の要望に応えることができるはずだ。

 そこへ、諸芸術にも精通するソルレイの手がける演出が、彼の音世界へと融合していく。その意気込みは尋常ではない。まず、2016年にVALENTINOの単独のクリエイティヴ・ディレクターとなったことがファッション界でも話題をさらい、ハイブランドの新たな方向性を提示するピエルパオロ・ピッチョーリ。色とりどりの鮮やかな衣装は、演奏家の存在感を照らし出すとともに、どこか無意識と意識の狭間にあるようなファンタジーを醸し出す。美術・照明を手がけるのは、フランスの演劇賞であるモリエール賞(視覚芸術、照明部門)の常連エリック・ソワイエ。映像の撮影監督は、セザール賞撮影賞受賞歴を持つ、フランス在住の永田鉄男。そしてソルレイ自身による、全ての登場人物が日本人と設定されたヴィデオが映し出されることになる。

 この経験を通して、通常とはだいぶ異なる思考回路を手にいれたと語る。すでに与えられた〈絵〉(映像)に対して、限定された〈尺〉で監督の要望に応えながら音楽を制作すること(そしてその周辺には予想だにしなかった編集や音響があてがわられることもあるだろう)と、台詞、物語性、役者の動きなどの全体の関係性の中で、〈尺〉が定まっていない状態から作曲し、〈ミゼンセーヌ〉を、生身の総合芸術を、一から制作するのでは、根本的に自由度が異なることは容易に想像がつく。

 なお、最新の仕事を追うと、来年には、シアーシャ・ローナン、エマ・ワトソン、ティモシー・シャラメらがキャストのグレタ・ガーウィグ監督による「Little Women(原題)」日本公開が決定している。トレーラーからは今まで以上に自由闊達さを感じられる音楽が聴こえてくる。「サイレンス」の経験がどのように影響するのだろう。稀少な実演に触れたならば、今後の彼の創作がまた違って見えてくる。大きな愉しみが1つ加わるはずだ。

 


Alexandre Desplat(アレクサンドル・デスプラ)
フランス/パリ出身。映画音楽の作曲家としてヨーロッパのアート作品からハリウッド大作まで幅広く手がけ、グラミー賞、ゴールデングローブ賞で音楽賞を多数受賞している。2005年、「真夜中のピアニスト」でベルリン国際映画祭銀熊賞とセザール賞を受賞した。また、2006年の「クィーン」、2008年の「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」、2010年の「英国王のスピーチ」でアカデミー賞にノミネートされている。2014年の「グランド・ブダペスト・ホテル」でアカデミー賞を初受賞。「シェイプ・オブ・ウォーター」はゴールデングローブ賞最優秀作曲賞、アカデミー賞作曲賞を受賞。

 


寄稿者プロフィール
大西穣(Joe Onishi)

バークリー音楽大学作曲科卒。佐々木敦と東浩紀が主催するゲンロン批評再生塾に参加し、現在は様々な媒体で執筆をおこなう。イチベレ・オルケストラ・ファミリア・ジャパンの一員としてFestival de Frueに参加。「ジョン・ケージ 作曲家の告白」(アルテスパブリッシング刊)の翻訳本が今年7月に発売された。

 


LIVE INFORMATION

開館65周年記念 神奈川県立音楽堂室内オペラ・プロジェクト
ボーターレス室内オペラ/川端康成生誕120周年記念作品
「サイレンス」日本初演(フランス語上演/日本語字幕付)

○2020/1/25(土) 13:00開場/14:00開演
終演後、デスプラによるトーク有り
【会場】神奈川県立音楽堂
【原作】川端康成「無言」(「中央公論」1953(昭和28)年4月号初出)
【作曲・指揮】アレクサンドル・デスプラ
【台本】アレクサンドル・デスプラ/ソルレイ
【演出・映像】ソルレイ
【美術・照明】エリック・ソワイエ
【衣装】ピエルパオロ・ピッチョーリ
【演奏】アンサンブル・ルシリン
【出演】ジュディス・ファー(S)/ロマン・ボックラー(Br)/ローラン・ストッカー/(コメディーフランセーズ/語り)
【上演時間】約90分(休憩なし)

京都公演
○2020/1/18(土)18:00開演
会場:ロームシアター京都 サウスホール
www.kanagawa-ongakudo.com/detail?id=36015

アレクサンドル・デスプラ(作曲・台本・指揮)とソルレイ(演出・映像)によるトーク・イヴェント開催!
○日時:2020/1/23(木)19:00~(無料、事前申し込み不要)
○会場:アンスティチュ・フランセ東京
詳細は、特設サイト
www.ongakudo-chamberopera.jp/

EN SILENCE © Silvia Delmedico


CINEMA INFORMATION

映画「Little Women(原題)」
監督・脚本:グレタ・ガーウィグ
音楽:アレクサンドル・デスプラ
出演:シアーシャ・ローナン/エマ・ワトソン/フローレンス・ピュー/エイザ・スカンレン/ローラ・ダーン/ティモシー・シャラメ/メリル・ストリープ/他
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(2019年  アメリカ  2時間9分(予定))
◎2020年全国ロードショー
www.sonypictures.jp/movies/

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