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元ジャパンのスティーヴ・ジャンセンが辿り着いた、エグジット・ノースという美しい新天地

 イギリスのニュー・ウェイヴ・シーンで異彩を放ったバンド、ジャパンのドラマーとして注目を集めたスティーヴ・ジャンセン。バンド解散後は、高橋幸宏、坂本龍一など交流が深い日本のアーティストの作品やライヴに参加したり、兄デヴィッド・シルヴィアンのユニット、〈ナイン・ホーセズ〉に加入したりと様々なアーティストとコラボレートしてきた。そんななかで、新バンド、〈イグジット・ノース〉を結成。2018年にデビュー・アルバム『Book Of Romance And Dust』を発表し、今年9月に日本で世界初のライヴを披露した。ライヴを目前に控えた休日の昼下がり。原宿のカフェでスティーヴはバンド結成の経緯を語ってくれた。

EXIT NORTH 『Book Of Romance And Dust』 Exit North(2018)

 「ファースト・ソロ・アルバム『Slope』に参加してくれたトーマス・フェイナーが、私のインストの曲にヴォーカルを入れたいと言ってきたんだ。それでやりとりをしているうちに何か一緒にやりたいと思うようになった。そして、トーマスが同郷(スウェーデン)のウルフ・ヤンソンやチャーリー・ストームを紹介してくれてバンドを結成することになったんだ。歌詞はほぼ私が書いているけど、曲のアイデアはメンバーそれぞれが持ち寄って、オープンで民主的な姿勢でアルバムに取り組んだよ」

 レーベル契約はせず自主制作だったため、曲作りからレコーディングまで、たっぷり4年の年月をかけることができた本作。「時間も重要なプレイヤーだったんですね」と言うとスティーヴは頷いた。

 「そのとおり。時間はクリエイティヴに大きく関係している。数ヶ月でレコーディングするような作品だったら私達は満足しなかっただろう。でも、それだけ時間をかけた結果、シンプルなものになるというのもおかしな話かもしれないね。今回は出来上がったものを、ある意味、破壊していく。いらないものを削ってミニマルにしていく、というのが重要なプロセスだったんだ」

 データで音源をやりとりしながら、緻密にデザインしたサウンドは、まるで4人の庭師が丹誠込めて作り上げた音の庭園のようだ。そこで4人が大切にしたのは「エモーション」と「チームワーク」だったという。

 「サウンドの鍵になるのはトーマスの声だった。彼は独自のスタイルを持つシンガーで、親密感と緊張感を併せ持っている。彼の歌声が持っているエモーションを最大限に伝えるために必要なのはピアノなのか、それともストリングスなのかを常に考えた。彼の歌声がサウンドを導いて行ったんだ。でも、時にはピアノのメロディを引き立てるためにヴォーカルを控えめにすることもあった。君は僕らを庭師に例えてくれたけど、庭作業にはチームワークが大切だったんだ」

 ミニマルなサウンドで際立つ間と静寂。その幽玄ともいえる美しさは日本文化からの影響もあった。

 「例えば小津安二郎や是枝裕和のような日本の映画のスロウなテンポが好きなんだ。映画を観ながら、自分自身を振り返ったり、自分なりの解釈をする時間を与えてくれるからね。その感覚を音楽に当てはめるなら、リスナーが曲を聴きながら〈次はどうなるんだろう?〉と考える時間がある音楽を作りたいと思っているんだ。もし、私達の音楽を聴いて何か映像的なイメージが浮かんでくるのなら嬉しいね。全員がそういう音楽を目指して作ったアルバムだから。もちろん、一緒に歌ってくれても構わないけど、それだけでは終わらない、何かを考えさせる音楽であってほしいんだ」

 そして、音楽を続けていくうえでの大切なことは「音楽に対して興味を持ち続けること」だと言うスティーヴ。「音楽を続ける動機が金だという人もいれば成功だという人もいる。僕の場合は常に新しいやり方を試すこと。その大切さに気付いたのがジャパンの『錻力の太鼓』だったんだ」と振り返る。アルバムを出すごとに進化していったジャパン。彼らのラスト・アルバム『錻力の太鼓』から始まったスティーヴの旅は、いまエグジット・ノースという新天地に辿り着いた。そこは彼の音楽への探究心が見出した、小さなユートピアなのかもしれない。

 


エグジット・ノース(Exit North)
ジャンセンのソロ・アルバム『Slope』(2007)にフェイナーが参加したことがきっかけとなり、2014年にウルフ・ヤンソンとチャールス・ストームが加わり、Exit Northが結成される。ジャンセン、ストーム、フェイナーはマルチ・プレイヤーとして、ヤンソンはピアノ、キーボード奏者として参加。リード・ヴォーカルはフェイナー。2018年10月にデビュー・アルバム『Book Of Romance And Dust』をリリース。音楽配信サイト〈Bandcamp〉でトップ・セラーを記録し、数多くの音楽メディアのアルバム・レビューで高い評価を受けている。