日常からふわっと浮遊しているような世界への憧れ

――映画音楽へは以前から興味があったんですか?

「昔からリスナーとしても映画音楽全般が大好きでした。このジャンルにしかない音楽的な魅力が確実にあると思っているし、以前からチャレンジしてみたかったんです」

――普段から映画を観るときもやっぱり音楽に注目してしまう?

「めちゃくちゃそうですね。でも、1ファンとして正直がっかりするパターンも少なくない……。いかにもプロの人がベタに作った劇伴とか、映画本編自体はスコア含めてすごく良いのにエンディング・テーマでずっこけたり。業界内の政治が絡んでそうな邦画にありがちですけど……」

――あ~、すごくわかります(笑)。今回はテーマ曲的な楽曲もタイアップではなくて、自身で作曲されてますね。

「そう。その点も良かったですね(笑)」

――個人的に好きな映画音楽や劇伴作家は?

「いろいろなところで言っているんですが、ジャック・タチの映画の音楽を手掛けているフランク・バルセリーニとアラン・ロマンという作家の音楽は本当に大好きですね」

ジャック・タチの58年の映画「ぼくの伯父さん」の劇伴
 

――ジャズとクラシックが融合したような室内楽的世界。

「そういう音楽が好きになったのは、バレエの先生だった親の影響かも。小さい頃からレッスン場や劇場に行って非ポップス的な音楽に慣れ親しんでいたというのが大きいような気がします。ああいう、日常からふわっと浮遊しているような世界に子供ながらすごくワクワクしたんです。〈バンドをやりたい!〉っていう軸とは別の志向が以前からあったんですね。それを自分なりのやり方でポップスと融合しながら実践しているのが、菅原慎一BANDなのかもしれない」

――邦画の音楽だと何がお気に入りでしょう?

「日本人音楽家じゃないけど、若松孝二監督の『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2008年)におけるジム・オルークの仕事とか……でも、聴くとヘコんじゃうんですよね、良すぎて……(笑)」

――たしかにあれは素晴らしい……。

「それと、相米慎二監督の80年作品の音楽はシンセサイザーの使い方がヤバ過ぎで。もちろん映画としても素晴らしいけど、僕はいつも音楽のほうにヤラれちゃう。プロレスラーの武藤敬司が主演の『光る女』(87年、音楽:三枝成彰) が特に好きですね。でも、80年代の映画や映画音楽の世界ってそれ自体が確立されたアートだと思っているので、あまりその方面に寄りすぎちゃうのは違うなというのはありました。誤解を恐れずにあえて言うと、いまの技術なら例えばパッド系のシンセ音とか電子音とか、簡単に作れてしまうものも多いんですよね。今回はそういうものとは別のものを作りたいなと思っていました」

「光る女」の予告編
 

――たしかに、シンセサイザーによるエレクトロニックな音と、菅原慎一BAND的な生楽器のアンサンブルが良いバランスで表現されているなと感じました。

「そう感じてくれたら嬉しいですね。あくまで、自分の手に届く範囲の〈ポケット・エレクトロニクス〉というか。それと、インスピレーション元が、楽器そのものだったりもするんです。リズム・ボックスも今回エーストーンの古いものを手に入れたんですけど、それを鳴らして自分なりのアンサンブルへのインスピレーションを得るという作り方をしました。プラグインとかでいろいろ音を出すことも可能ではあるんですけど、かえって際限がなくなってしまうので」

 

ニューエイジやエキゾを菅原なりにミックス

――“hare”や“Tennis”、“スコーン”といった曲でマリンバを使っているのも特徴的です。

「マリンバの使用は、監督からあった唯一の希望でしたね。トニー・スコット監督の『トゥルー・ロマンス』(94年、音楽:ハンス・ジマー)のイメージを参考として提案されて。マリンバの響きって、特定の感情に回収されないようなニュアンスを持っていると思うんです。悲しくもあり、楽しそうでもある。作品自体、監督してもそういう世界を狙っているんじゃないかなと思って。切ないシーンにそういう音楽をあてると、不思議に明るく聴こえたりする。その逆もしかり。『トゥルー・ロマンス』自体も、暴力的な映画だけどどこか儚い美しさもあるし……。」

『ドンテンタウン(Original Sound Track)』収録曲“hare”
 

――「トゥルー・ロマンス」の音楽も、テレンス・マリック監督の「地獄の逃避行」(73年、音楽:ジョージ・アリソン・ティプトン)へのオマージュになっているし、監督としてもそういう映画史的事実への敬愛があったのかもしれないですね。

「そうなのかも。実際に作りはじめたら、マリンバの音色がすごくしっくりきて、一気に作業が進みました。今回のレコーディングに吉祥寺Gok Soundというスタジオを使った理由も、そこに大きなマリンバが置いてあったからなんです。それと、オープン・リール・テープのレコーダーもあって、まさしく〈曇天〉らしいくぐもった音像を表現できたかなと思います。よく聴くと〈サー〉ってノイズが聴こえると思うんですけど(笑)。スクリーンで聴くとよりいっそう映えるサウンドに仕上げることができたと思います」

――生楽器や電子音の融合も含め、全体的な聴感としてバレアリックやニューエイジという昨今復権してきた音楽タームにも近しいものを感じました。それと、ちょっとアーサー・ラッセルっぽいミュータント・ディスコ感も……。

「そうですよね。ある時期からそういう音楽が自分でも恥ずかしくなるくらい好きなので……(笑)。あの時代に使われていたものの世界的な再発見と、もともと自分のなかにあった趣味趣向ががっちりとリンクするタイミングってあるじゃないですか。いままさにそういう感じ。菅原慎一BANDのメンバーからの影響も強いと思います。これもいろんなところで話してるんですが、芦田くんの家でアーサー・ラッセルのドキュメント映画『ワイルド コンビネーション:アーサーラッセルの肖像』(2008年)のDVDを観る会をしたんです。そしたらドハマリしちゃって」

――マリンバを使っていることで、マーティン・デニー的なエキゾ性も感じます。

「大好きですね。そういうラウンジ的なものはもちろん、ラテン圏の音楽とかブラジルのポップ・ミュージック、インドネシアの80年代のカセット・テープ作品とかもよく聴いてたので、その当たりからの影響を自分なりにミックスした感覚です」

――アジア音楽の紹介なども含めて最近の菅原さんの活動からは、いまふたたびリスナーとしてあらゆる興味が広がっていっているんだろうな、と感じます。

「アジアの音楽については、シャムキャッツのツアーとかで実際に自分が現地に行っていたというのが大きいと思います。現地で体験すると興味や知識がどんどん増えていく。そのなかで知ったものが素晴らしいものだったから、これはみんなにも広めたいな、と」

――バンドマン的な部分とは違ったチャンネルなんでしょうね。ある意味DJ的な発想というか。今回のサントラ作品からもそういうDJミックスに通じるセンスを感じました。

「まさしくそうだと思います」