エレクトロニック・ミュージックの天才児として華々しく登場したハドソン・モホークと、モントリオールの鋭才、ルニスによるTNGHT(トゥナイト)。2011年に活動をスタートするやいなや、トラップを大胆に採り入れたサウンドがフライング・ロータスやカニエ・ウエストなどを魅了するも、2013年に活動を休止。トラップがメインストリームのポップにおいても存在感を高めていくなか、長らく沈黙してきた。
ところが2019年に入って突如、再始動。2作目となるEP『II』をリリースした。日本では前EP『TNGHT』を合わせた独自編集版として現在店頭に並んでいる同作。このリリースを機に、TNGHTの登場はいかに衝撃的だったのか、なぜ休止を選び、なぜ復活したのかを、トラップがEDMに接近してきた歴史を振り返りながら、ライターの高岡謙太郎が考察した。 *Mikiki編集部
7年ぶりの復活
ラップ・ミュージックではなくダンス・ミュージックとしてのトラップ。その黎明期を形作った2012年の歴史的ヒット・チューン“Higher Ground”を手掛けたハドソン・モホークとルニスのユニット、TNGHTが、なんと7年振りに新EP『Ⅱ』をリリースした。
いまだトラップやそこから派生したサウンドが幅を利かす現在のEDMシーン。『Ⅱ』は、フロアを瞬間風速的に沸かす機能性を持つEDMとは違った、TNGHT2人の出自である先鋭的なエレクトロニック・ミュージックの潮流に位置づけるべきアルバムだ。
2010年代のビート感を刷新したトラップ
元を辿れば、トラップとはアメリカ南部のヒップホップ・シーンから派生したジャンル。そこからメジャーなフィールドを含め、2010年代のヒップホップ・シーンではトラップ(を採り入れたトラック)が爆発的に増加し、発祥の地であるアトランタには〈Trap Music Museum〉ができるほどまでの盛り上がりとなった。
2010年代初頭からラップが主体ではない、ダンス・ミュージックとしてのトラップも派生。BPMは140で縦ノリのビート、TR-808の強烈なベースとシンセサイザーによるダークなメロディーで聴衆を煽る。そしてビルドアップの後の仰天するようなドロップで大騒ぎすることがトラップの醍醐味となった。
テクノやハウスなどミニマルなフレーズをクラブで楽しむ伝統的なエレクトロニック・ミュージックと、巨大なフェスでプレイするために大げさな曲調が増えていったEDM。両者のシーンが現在に比べて線引されていなかった2012年に、TNGHTはEP『TNGHT』をリリース。同作に収録された、けたたましいフレーズが高らかに轟くドロップを持つ“Higher Ground”がシーンを跨いでの大ヒットとなる。トラップ的なサウンドを持つこのEPが、エレクトロニック・ミュージック・シーンにおいては歴史あるレーベル、ワープからリリースされていたことも注目の一因となっていた。
そこから2013年には、コンピレーション・アルバム『All Trap Music』がダンス・ミュージックとしてのトラップのシーンを形作り、バウアーの“Harlem Shake”を使ったダンス動画がインターネット・ミームとしてバズを起こす。そして、DJスネイクと、クランクの象徴的なラッパー、リル・ジョンのシングル“Turn Down For What”がフロア・ヒット。この曲のMVはYouTubeでの再生回数が現在9億回以上にも及んでいる。ドロップとともに大騒ぎする曲調は、世界中に定着した。
結果としてダンス・ミュージックとしてのトラップは、EDMシーンを中心に盛り上がり、EDMトラップとも呼ばれるようになった。バウアー、RL・グライム、フロストラダムス、ディロン・フランシス、ディプロ、DJスネイク、 イエロー・クロウなどベース・ミュージックを基調としてきたプロデューサーがトラップの手法を採り入れた。近年ではスクリレックスを中心にダブステップとのハイブリッドとなった挑戦的な作風も増え、トラップやダブステップなどEDMにおけるベース・ミュージックは、進化を続けつつ、ビッグなフェスでは必ずプレイされるジャンルとなった。
EDMトラップが浸透したシーンへの、TNGHTからのクールな返答
帰属するシーンによって、表現の形式は変わる。遊びで作ったプロジェクトがたまたまヒットしたからなのか、EDMシーンに帰属意識を持たなかったTNGHTはその後活動を停止する。それから7年が経過し、EDMシーンでトラップが定着しきったこのタイミングで突如復活EP『II』をリリースした。
本作は、現在のEDMシーンが強烈なドロップ至上主義になった状況で、あえてエレクトロニック・ミュージック・シーンならではのミニマルな解釈でトラップの要素を盛り込んだ、現状へのカウンターとも捉えられるアルバムだ。ドロップでブチ上げるのではなく、ダブステップなどのUKベース・ミュージックのDJにとってプレイしやすい、ジワジワと盛り上げていく楽曲たちは、彼らの帰属意識はエレクトロニック・ミュージックだということを表明している。
曲ごとに聴いてみると、トラップだけではなくさまざまなジャンルの要素を無意識的に盛り込んだ、ボーダレスな作風となっている。先行リリースされた1曲目の“Serpent”は、クラップやカウベルがカオティックに叩かれるなか、トラップ的なサブベースを鳴らして曲をグッと引き締めた、既存のトラップの構造からは逸脱した挑戦的な構造だ。
サンプリングしたケーナの音をいじくり倒す“First Body”、ハードコア・テクノのシンセと素っ頓狂なヴォイス・サンプルが四つ打ちの上で絡む“Club Finger”、枯れたフューチャーベースのようなシンセが後半に物悲しく響く“Im In A Hole”など、すべての曲がひとつのジャンルに区分できないところがおもしろい。これは彼らが制作に明確なコンセプトを打ち立てず、センスやインスピレーションを重視して遊び感覚で楽曲を作っているからだろう。
この縦横無尽な遊び感覚は、EDMトラップの胸焼けするようなゴリゴリのドロップがしんどくなってきた人には丁度よくハマる作品となっているはず。モホーク&ルニスが普段遊んでいるクラブの現場で耳にした楽曲からのフィードバックのようにも感じる。エレクトロニック・ミュージック・シーン自体には帰属意識を持っているが、特定のジャンルに対しては帰属意識を持たない彼らならではの、○○だと言い切ることのできない感覚的な楽曲たちを体感してほしい。