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名盤『花と雨』の映画化をきっかけに、不世出のラッパーが歩んできた道程とその功績を改めて振り返ってみよう!

 例えばお茶の間にまで浸透するような知名度はなくとも、その時代にそのジャンルやシーンに熱中した者なら誰もが知る別格的なアーティストというのは、どんなフィールドにも存在するものだと思う。2000年代半ば以降の日本のヒップホップ/日本語ラップの範疇におけるSEEDAはまさにそういう名前だ。もっとも、その時期は2000年代初頭のバブル的な状況への反動もあってヒップホップの扱い自体が冷え込んでいた時期でもあり(そもそも音楽産業自体の在りようが変わりはじめた時期でもあった)、客観的な言えばその熱は局地的なものだったのかもしれない。とはいえ、追い風のない状況下でフットワーク軽くアクションを起こし続け、好き嫌いは差し引いても注目せざるを得ないほどのうねりをシーンにもたらしていたのがSEEDAとその仲間たちだったのは確かだ。

 そして、そんな彼がシーンの完全な信頼を獲得する決定打となったのが、2006年の暮れにリリースされたアルバム『花と雨』である。特に表題曲の認知度には絶大なものがあり、曲中で歌われる〈2002年9月3日〉の背景も当時から知られていたわけで、このたび同作が「花と雨」として映画化されるのを知った際に、〈あの題材〉をどう扱うのだろう?と感じた人も多かったかもしれない。

 しかしながら一方では、『花と雨』はもう13年も前の作品だという事実もある。当然ながらSEEDAはいまも現役のアーティストであるからして、無造作に〈レジェンド〉扱いしてしまうのも違う気はするのだが、昨今のリスナーや映画公開をきっかけにした人への説明的な意味も含めて、ここでは簡単に彼のキャリアを紹介しておきたい。

 

SHIDAからSEEDAへ

 東京出身、80年生まれのSEEDAは、映画の通りに幼少期をロンドンで過ごしている。後の“Nothing Change”(2003年)に〈96 Manewva 98 Da Gnome〉という一節があるように、TAMU(後にDOWN NORTH CAMP)、EGUOとMANEWVAなるユニットで活動を始めたのが96年。その後ソロに転身した彼は、99年にリリースしたSHIDA名義のデビュー作『DETONATOR』によってシーンの表舞台にエントリーしている。全曲のプロデュースは、D.O.Iに師事したエンジニア/トラックメイカーのI-DeAが担当。90年代末といえば日本語ラップ作品のタイトル数も限られていたため、当時のヘッズなら出ている作品をある程度はチェックしていたはずだが、『DETONATOR』が広く評判になることはなかった。まだ90年代半ば頃のブームの延長でメジャーなレコード会社がラッパーを引き上げる幸運な例も少なくなかった時期だけに、SEEDAも大きな挫折を感じたのかもしれない。

 その後しばらく表舞台から消えていたSHIDAが、SEEDAと名を改めて再登場したのは2003年。〈BBOY PARK〉のMCバトルに出場する一方、ふたたびI-DeAの全面バックアップを受ける形で2作目『Flashsounds Presents ILL VIBE』をリリースしたのだ。同作では前作以上の高速フロウでバイリンガル・ラップを披露し、異様な気迫と圧倒的なスキルの面で注目を集めるも広がるには至らず。ただ、この時期のI-DeAはD.L(DEV LARGE)主宰のEL DORADO作品やMSCの音源に関わるなど裏方として着々と名を上げており、翌2004年にはI-DeA名義のリーダー作『self expression』も出している。そこでDEV LARGEや漢、FUSION CORE、降神らと並び立つことによって、“Whoa”と“Dayz(just like smokey)”の2曲にフィーチャーされたSEEDAにもスポットが当てられるようになったのだ。

 その勢いのまま、2005年8月には3作目『GREEN』をリリース。オビに〈初の完全フルアルバム〉と記されているだけあって17曲に多彩なアイデアの詰め込まれたこの作品では、I-DeAと並んで大阪のBACHLOGICがプロデュースに初参加。主役のパフォーマンスも問答無用な高速ラップに止まらない広がりの片鱗を見せはじめ、客演もleccaやL-VOKAL、ESSENCIALなど多彩になったが、ここで重要なのはSEEDAが2003年に加入したSCARSの存在だ。川崎を拠点とするSCARSは、リーダーのA-THUGを中心にMCのMANNY、STICKY、bay4k、BES、トラックメイカーのSACとI-DeAが(当時)名を連ね、いわゆるハスリング~ストリート・ライフをリアルに歌う危険な存在感もあって、「実話ナックルズ」誌に特集が組まれるほどの話題を集めていたグループ。各メンバーは『GREEN』にも客演して期待を煽り、〈ハスラー・ラップ〉のトレンドを創出していくことになるが、ここで撒かれた種子は翌年の動きで一気に芽吹くことになる。

 

花のち晴れ

 そんな発芽を迎えた2006年。まず1月にI-DeAが2作目『Da FRONT and BACK』でメジャー・デビューし、SEEDAもソロ及びSCARSで登場している。続いて9月にはSCARSが初のアルバム『THE ALBUM』をリリース(最近やっとリイシューされたばかり!)。個性的なメンバーたちの振る舞いが不穏でユーモラスでかっこいい名盤となっているが、ここでのSEEDAが以前のスピード上等なマイク捌きから離れ、柔軟なフロウと共に日本語のパンチラインをしっかり聴かせる新たなラップ・スタイルに辿り着いているのも重要だ。そこから11月にはBESの率いるSWANKY SWIPEの『Bunks Marmalade』も登場して周辺が大いに盛り上がるという相乗効果のなか、実り多き年の締め括りとして12月23日にリリースされたのが『花と雨』というわけである。

 BACHLOGICが全面プロデュースしたこのアルバムでは、SCARS作品でも表面化したフロウの変化も踏まえ、その語り口はよりリリカルな形に進化している。ビートとラップのしっくり噛み合った耳馴染みの良さは幕開けの“ADRENALIN”から顕著で、ハスラー暮らしをユニークに表現した“不定職者”やOKI(GEEK)と都会の園芸模様を歌った“Sai Bai Man”など過去のライフスタイルに根差したものもあれば、思い出をメランコリックに振り返る側面もあって内容は実に多彩。“ILL WHEELS”でスキルを競うBESをはじめ、STICKYやK-NERO(NORIKIYO)、GANGSTA TAKA(林鷹)の客演も効果的だ。なお、ラストに控えるメロウな表題曲にヴォーカルを挿入したEMI MARIAは後にSEEDAと結婚している。

 

シーンを背負う存在として

 同作の高い評価によって、SEEDAは次代のリーダー/トレンドセッター的な存在として一気に認識を新たにすることになった。2017年4月にヒップホップ専門誌の「blast」が終刊した際には〈日本のヒップホップの未来〉を担う一人に選出され、ANARCHY、サイプレス上野、COMA-CHI、SIMONとのエクスクルーシヴ曲に参加。一方で、時期は前後するものの、DJ ISSO(SD JUNKSTA)との共同で『CONCRETE GREEN.1(改)』(2016年)を皮切りに始まったミックスCD〈CONCRETE GREEN〉シリーズの精力的な動きは、当時の界隈において大きなムーヴメントとなった。その中身はSCARSやSD JUNKSTAのメンバーを中心に仲間や気に入った顔ぶれの楽曲やフリースタイル音源をコンパイルしたもので、MONJU(ISSUGI、Mr. PUG、仙人掌)やSIMON、神戸薔薇尻、THUG FAMILY、4WD、田我流、鬼、PUNPEE、YAMANE、RAU DEF、呂布カルマ、KLOOZ……と、ここでのフックアップを足がかりに飛躍していった面々は数知れない。そのようにインディペンデントなスタンスによってシーン全体に動きを与えようとする姿は、もはや大手のフックアップに期待できなくなった時代にあって、同世代や下の世代のラッパーたちに大きな希望を与えたはずだ。

 そうやって〈シーンを背負う〉ような意識があったかどうかはさておき、当人はKREVAやILL BOSSTINOとのコラボを含む『街風』(2007年)をメジャー流通で発表したり、またインディーに戻ったりしながら身軽にリリースを続けていく。2009年には界隈を騒がせた“TERIYAKI BEEF”やそこから派生したGUINNESSとのビーフが話題を集め、裏方に専念すべく『SEEDA』リリースをもって引退を宣言するも、年末にはILL BOSSTINO、EMI MARIAとのシングル“WISDOM”(オリコン週間チャートで8位を記録)で復帰。AKLOやSQUASH SQUADらを抜擢した“NO ONE BUT US”(2010年)など当時は珍しかったフリーダウンロードの音源をたびたび投下するなど、まだSNSがポピュラーではなかった時代に強い求心力を発揮しながら自由に活動を展開していった。

 そうした濃密な時期の反動か、2011年にメジャー発の『瞬間 IN THE MOMENT』(ここではSALUをフックアップしている)を出した頃から作風はさらにパーソナルなものとなり、現時点で一般流通のアルバムは続く『23edge』(2012年)以降リリースされていない。Chaki Zuluの手掛けた“Come Back”を含む限定流通作『8 SEEDS』(2016年)は聴いたことのない人がほとんどだろう。2017年からはヒップホップ関連のインタヴュー動画をアップするYouTubeの人気チャンネル〈ニートtokyo〉を主宰して裏方として活躍する一方、タイプライター & YMGの“BOSS UP”でMACCHOと手合わせしたり、あるいはMall BoyzやLil YamaGucci、Showyら若手とのコラボも繰り広げているが、やはり本人作品にも期待したいところ……と思っていたら、この12月にはKAMIYADA+とJIN DOGGを迎えたトラップ・メタル調の新曲“Roppongini”を発表したばかり。やはり、この不世出のラッパーを安易にレジェンド扱いしたくはない。 *出嶌孝次

SEEDAの参加したI-DeAの作品。

 

SEEDAが参加した近年の作品を一部紹介。