母と娘のシンプルな物語の中に流れる、無償の愛。

 「ママ」の韓国語タイトルは「わたしのオンマ」。イタリア語版は「Mi mamá」。原題を直訳すると〈わたしのおかあさん〉なのだが、邦題はシンプルに「ママ」。

 赤ちゃんが初めて口にする「マンマっ」に始まり、ページをめくると、成長するごとに「まぁま!」「ママー!」と変化していくのが面白い。思春期になった娘は 「ママァ…」とつぶやき、心配性の母は「…」悩む。紙芝居のような構成の中で、母と娘のスライス・オブ・ライフのシーンが続き、菊の花が描かれたページが強く心に残る。しばらく佇み涙ぐんでしまう。そのシーンは無音だ。(作者・カンギョンスは、「花をおくるよ」という絵本も描いているのだが、植物の描写は、古の絵師の如し。)大胆な構図で語られる絵本は、シンプルな映画のコンテのようでウイットに富み、誰にでも伝わる。ボローニャの絵本見本市でも、言葉を超えて、多くの人々を魅了したという。

カン・ギョンス ママ 永岡書店(2019)

 1974年ソウル生まれのカン・ギョンスは、漫画家として10年活動し、絵本の世界へ。2011年『うそのような話』でボローニャ・ラガッツィ賞ノンフィクション部門優秀賞受賞した。炭鉱トンネルやカーペット工場で働く児童労働者の辛い現実を描き、子供の人権を訴える社会派作品だ。シンプルな画風の中に、ドラマと哲学を忘れないようにしている大人の絵本作家であることを感じる。

 カン・ギョンスが、これまでインスパイアされた作品は、佐野洋子の「百万回生きたねこ」と、シェル・シルヴァスタインの「おおきな木」。「惜しむことなく愛を与える」ということに心を動かされるそうだ。

 それゆえに「ママ」に込められた思いは、無償の愛への感謝の心を未来に伝えることなのだろう。近年、出生率低下の韓国と日本ではあるけれど、絵本「ママ」の表紙の帯に仕掛けられた小さな魔法に心があったかくなる。

 実は「お父さん」をテーマにした絵本も発表しているカン・ギョンス。実生活では子煩悩なパパに違いない。次作はSF作品との噂。日本語訳が待ち遠しい。